18.ツガイ対策の切り札
ブライアンは現国王に旅立ちを告げた。グウェン亡き後も国に残り、近隣諸国に平和をもたらしたブライアンとリリアンに、王家は深く感謝した。
「長い間、我が国にとどまってくださり、ありがとうございます」
「ここは妻と娘の祖国で、私の第二の祖国でもあります。離れても、この国を思う気持ちは変わりません。また来ます」
国王やお世話になった人たちに別れを告げ、ブライアンとリリアン、竜人の側近たちは竜の姿になって飛び立った。
この国で竜化するのは初めて。王都中の人たちが通りに出て、空を見上げている。ブライアンたちはゆっくりと王都の上を旋回したあと、ゾーイの国に向かって飛んでいく。
途中にある王国にも短時間、立ち寄って「旅に出るけど、また戻ってくるから、あの国に悪さしないでね。今まで通り仲良くね」と伝え、釘を刺しつつ移動する。
自分たちのいない間に、戦争など始められたら、怒りで隣国を燃やしてしまうかもしれない。
ゾーイのいる王宮庭園に、竜の姿で着地する。人化していく間に急いでガウンをまとい、マスクをつけた。リリアンだけは兜をかぶる。
ブライアンがエーミールに挨拶をし、リリアンがはにかみながらゾーイに微笑みかける。
「ようこそいらっしゃいました。やっと会えましたね」
「ゾーイ様。色々ありがとうございました。会えて嬉しいです」
ゾーイとリリアンは見つめ合い、笑い合い、手を握った。
「国外に出たのは初めてなのです。ゾーイ様のおかげです。マスクと兜があれば、怖くありません」
「よかったですわ。他にも色々と研究しておりますの。マスクはともかく、兜をずっとかぶっているのは大変ですもの。どれが効くか、試してくださいな」
「パパに試してもらいますね」
リリアンはニコニコ笑った。
部屋に案内し、着替えてひと息ついたら、早速試作品の実験だ。ブライアンとリリアンは、ゾーイの研究所に案内される。
「これは」
「すごいですわ」
白衣を着た老若男女がいっぱい。忙しそうに働いている。
「私の夢と妄想と欲望を実現するための研究所です。儲かっています。税金に頼らず、自力で稼げ、尚且つ民にお金を回せる公共事業の側面も持ちたいと。私、欲張りなのです」
ゾーイはイタズラっぽい笑顔で言う。リリアンはすっかり感心してしまった。税金を疑問に思うことなく使っていた自分が、恥ずかしくなる。そういえば、マスクや兜のお礼もまだであった。
「兜やマスクのお礼をどうすればいいかと悩んでいたのです」
「お礼は不要ですわ。試作品に使用実験は不可欠なのです。ツガイにまつわることは謎が多いでしょう。ブライアン殿下とリリアン殿下のおかげで、色んなものが製品化ができそうなのです。お礼を申し上げるのは、私の方ですわ」
リリアンは困ってしまったが、ブライアンに背中をそっと押される。
「では、使用実験に協力させてください。そして、製品化されたら各国にオススメします」
ブライアンの言葉にゾーイがパアッと明るい笑顔を見せた。
「ありがとうございます。何よりのお言葉ですわ。獣人国に売り出したいのですが、あまり伝手がございませんの。ツガイ防止魔道具、需要があるといいのですが」
「あると思いますよ。私とリリアンが使えばいい宣伝になるでしょう。宣伝しながら、人化できない獣人の奴隷化対策についても、解決策を探って来ましょう」
ゾーイは感激の表情を見せながら、手を握り合わせる。
ああ、なんてかわいらしい人だろう、リリアンは心の中でつぶやいた。獣人奴隷のことをここまで心配するなんて、いい人すぎて逆に心配だ、とも。
そんなリリアンの心配を知ってか知らずか、ゾーイは身を乗り出して説明を始める。
「ツガイを決めるのは嗅覚だと考えています。ヒト属に比べ、獣人属は全体的に嗅覚が鋭いのだと思います。ヒト属は視覚で判断する割合が多く、犬は嗅覚、猫は聴覚と文献で読みました」
「ああ、だから、メガネや耳当てなどで試したのか」
「はい、結局マスクが一番効果的でしたよね。ということは、少なくとも竜人は嗅覚が重要なのではと」
ゾーイの言葉にブライアンとリリアンは目を合わせる。今まで考えたこともなかった観点だ。
「マスクと兜をかぶっていれば、ツガイをみつけてしまうことは防げます。でも、他の獣人からツガイ認定されることは止められません」
「あ、本当だわ」
「ですから、ツガイ認定されないための小道具をいくつか作りました」
ゾーイはズラッと机の上に小道具を並べる。
「まずは香水です。ニンニク香水、腐ったタマゴ香水、強烈なバラ香水、ドリアン香水、タマネギ香水──」
「ちょ、ちょっと待って。これをつけるのは、無理ですわ。私、兜をかぶっている時点で社会的にほぼ死亡ですもの。その上、異臭まで放つようになっては」
リリアンの言葉にゾーイがハッとした顔をする。
「確かに。なぜそのことに思い至らなかったのかしら、私」
「ゾーイ様、僭越ながら私、何度かお諌めいたしました。ですが、お嬢様と研究者たちはすっかり盛り上がっていらっしゃり。少しだけつければいいじゃなーい、と仰っておりました」
ゾーイの侍女が後ろからスンッとした表情で口を挟む。
「そう、だったかしら。なんてこと、私ったら。でも、少しだけなら、いかがでしょう。試しに私が、最も強烈なドリアン香水を一滴つけてみますわ」
止める間もなくゾーイが香水瓶を開け、ブライアンとリリアンは窓際に駆けて行く。ゾーイはポカンと口を開けた。
「まあ、そこまでですか?」
「マスクと兜のおかげで、なんとか大丈夫です」
ブライアンとリリアンは窓を開け、空気を入れ替えながら、苦笑いする。
「香水は封印します」
しょんぼりした様子で、ゾーイは香水を箱に戻す。
「香水はダメなら、食べてみるのはいかがでしょう? ニンニクとかタマネギとか」
めげないゾーイ。遠慮がちにふたりに問いかける。
「ただの口臭がひどい女になりますよね、私」
リリアンが困った顔をする。
「ですよね。分かりました。料理人と相談して、口臭以外の何かを出せる食べ物を調べます」
何かって、何かしら。ビクビクしながらも、リリアンは口には出さなかった。その日から、毎日新しい食材が出され、リリアンが食べることになった。
「キャベツですわ」
「キャベツですね」
首を傾げながらも、千切りにされた生のキャベツを食べる。翌日は茹でたキャベツ、翌々日は炒めたキャベツ、酢漬けのキャベツ。手を替え品を替え、色んなキャベツが日替わりで出された。
「キャベツは、ダメでしたわね」
ブライアンの反応を見て、ゾーイは肩を落とすが、すぐに気を取り直した。
「まだ、始めたばかりですもの。諦めるのは早いですわ」
カリフラワー、アスパラガス、カブ、卵、魚、肉、様々な香辛料。根気よく試した結果、ふたつの食材で効果が見られた。
「アスパラガスとクミンですか」
「あれらを食べたあとのリリアンは、リリアンらしさが半分になった」
ブライアンが悲しそうな目で言う。リリアンは不思議そうに自分の腕の匂いをかいだ。
「毎日同じ食材を食べると、その食材を体が受けつけなくなるかもしれません。アスパラガスはいざというときの切り札にしてください。例えば、初めて行く国で、多数の男性に会う前など」
ゾーイが真剣な目でリリアンを見る。リリアンはゾーイをギュッと抱きしめた。
「ゾーイ、本当にありがとう。私、できるだけ長生きして、ゾーイを守るわ」
「ゾーイ、心から感謝する。おかげで、リリアンが怯えずに人に会うことができる。私は、獣人国と外交をしてこよう。リリアンはここでゾーイを守りなさい。随時、手紙を送るよ」
ブライアンは侍従を連れて、竜になって飛び立った。
こうして、ゾーイは最高で最強の友だちを得たのであった。




