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【書籍発売中】断罪を返り討ちにしたら国中にハッピーエンドが広がりました  作者: みねバイヤーン(石投げ令嬢フルカラー電子コミック発売中)


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17.ツガイの功罪

 エーミールの話によると、グウェンとブライアンの純愛は、各国にかなりの波紋を広げたらしい。


「竜人はとにかく強い。一騎当千と言っていい存在だ。そんな破格の強さを誇り、かつ王族の竜人がヒト属の王族の護衛におさまった。国同士の力関係が一挙に崩れた」


「そうですわね。周りの国からしたら、たまったものではありませんわね」


 隣国が急に核兵器を持ったみたいなものだろうか。ゾーイはため息を吐く。


「しかも、竜人は寿命が長い。圧倒的な武力が長期間、ヒトの国にとどまる。我が国にもぜひ、そう思う国があっても不思議ではないだろう」


「二匹目のドジョウ。もとい、ふたり目の竜人を我が国にともくろむ国が出たのですわね」


「大騒ぎだったらしいよ。各国が、多様な女性を連れて、竜人国を訪れた。竜人国も、事の重大さに慌ててね。お互いにとってよくない。国交を断絶しよう、そういうことになった」


「まあ、随分と思い切ったことを」


「今まで、獣人がヒトをツガイと認定したときは、ヒトを獣人国に連れてくることがほとんだったから。まさか獣人の中でも最高峰の竜人王子がヒトの国にとどまるとは、誰も思っていなかった。その影響力も分かっていなかった」


 たったひと組の純愛が、引き起こした大騒動。グウェンもブライアンも、さぞかし身をもんだだろう。ゾーイは遠い目をする。


「そうだ、ブライアン殿下ならば、獣人国にも話を通しやすい。ブライアン殿下に相談してみよう」

「あ、まだ」


 ご存命なのですね、とは続けられず、ゾーイは口ごもる。エーミールはすぐに察してくれた。


「残念ながらグウェン様はもう。だけどブライアン殿下と竜人の血を引く娘さんは、まだあの国にいらっしゃる。早速手紙を書いてみよう」


 ゾーイとエーミールは失礼にならないように、でも聞きたいことは聞かなければと、頭を悩ませて手紙をしたためた。


***


 リリアンの朝は、父ブライアンを叩き起こすことから始まる。


「パパ、起きて。朝ですよー。しぼりたてのオレンジジュースができてますよー」


 ブライアンはベッドの上でゴロゴロしながら、うつろな目を開ける。


「リリアン、おはよう」


 ブライアンは抱きしめていたガウンを丁寧にたたむと、枕の上に置く。


「ママのガウン、もうボロボロだね」

「そうだね」


 リリアンは父の手を引っ張って助け起こす。ふたりでゆっくり朝食を取り、今日の予定について話す。


「あ、そういえば、グレンツェール王国から手紙が届いてたよ」


 リリアンが手紙を渡すと、ブライアンはさっと読んで、またリリアンに返した。


「なかなかおもしろい。読んでごらん」


 リリアンは上質な紙に書かれた、読みやすい文字を読んでいく。思わず、クスリと笑いが漏れた。


「人化できない獣人を人気者にしただなんて。おもしろい試みね。そうね、いくら人の国で幸せになれるとしても、捨てられない方がいいわよね。獣人国とどう話をしていけばいいか、助言が欲しいと。うーん」

「竜人国の王が、ひと声言えば、そうなるが。それをしてもいいと思わせる、何かがないと」


「何か、ねえ。そこを知りたいんでしょうけど。なんにも思いつかないわ」

「この件はリリアンに任せていいかい? 女性同士の方が忌憚のない意見が出しやすいだろう。率直なご令嬢のようだし」

「そうね、分かった。文通してみるわ」


 グレンツェール王国のゾーイという少女の、まっすぐな文章が気に入ったリリアン。いそいそと手紙を書き始める。何通かやりとりするうちに、リリアンとゾーイはすっかり打ち解けた。リリアンはあけすけに悩みを打ち明けるようになる。


『父はいまだに母のことを忘れられないの。母が亡くなって、何十年も経つのに。父はよく色んなところを懐かしそうに見つめているの。母のことを思い出しているんだと思うわ。私、ツガイという仕組みが怖い。誰かをあれほど愛して、そしてその人を失ったら。その後、どうやって生きていけばいいのか。父は、母に出会えて幸せだって、ずっと言ってるけど』


 リリアンはインク壺にペン先をひたしながら、ため息を吐いた。母の面影を探し、母のガウンを抱きしめて眠る父をずっと見てきた。いまでも母だけを愛し続けている父。確かに純愛かもしれないけど、見ている方はたまらない。


「リリアンにもそのうち分かるよ。ツガイを見つけたときの歓喜。白黒だった世界に色がつき、無臭だった花が芳香を放ち、安物のワインが極上に変わるような、そんな瞬間。生きている、そう実感する」


 父はいつだって、幸せそうに言う。母がいなくなっても変わらず。リリアンには理解できない。母を看取ったときの絶望、喪失感、空白。そして、父の心は半分、母とともにいってしまった。母を失った時の痛みを、ツガイを得たあとにまた感じるのであれば。ツガイになんて会いたくない。それがリリアンの本音だ。


『とにかく、寿命が同じぐらいの種族しか愛したくない。でも、自分の寿命がどれぐらいか分からない。困る。本当に困る』


 リリアンの寿命は、おそらくヒト属より長い。でも、純粋な竜人よりは短いのではないか。そんな気がする。リリアンはヒト属ならとっくに老人の年齢だが、見た目は二十代のままだ。それも、ヒト属を愛することにためらう理由のひとつだ。中身は老婆なのに見た目は若い自分と、どんどん年老いていく相手。想像すると辛さしかない。


『そうそう、質問されていたこと、父に聞いてみたわ。どうやってツガイと分かるのかって。父がね、何日も食べてない状態で一番好きな料理を目の前にしたときの食欲、が一番近いのではないかって。ちっとも詩的じゃなくて、ごめんなさいね』


 幸い、リリアンにはまだ経験のない感覚だ。できれば、ずっと味わいたくない。リリアンは冷めた目で、窓から外を眺めた。



 手紙を送ってしばらくして、ゾーイから小包が届いた。


「あら、色々入ってるわね。何かしら」


 リリアンは同封されていた手紙を読み、笑い出した。


「ゾーイったら。本当にいい子なんだから。パパー、ゾーイから妙なものがたくさん送られてきたわよー」


 リリアンは父の前で小包の中身を広げていく。


「ツガイ対策用の秘密道具ですって。どれが効くか教えてほしいって。えーっと、感覚を遮断すればいいのではないかと仮説を立てた。ひとつずつ試してください。と書いてあるわ。パパ、試してみてよ」


 リリアンはまずメガネを取り出した。


「奇妙なメガネだわ。まるでガラス瓶のふたみたい」


 目の周りを完全に覆うメガネ。美形のブライアンでもおかしな仕上がりになっている。リリアンは笑いがこらえられない。体を震わせながら問いかける。


「どう、パパ。私のこと、あまり好きではなくなった?」


 ブライアンにとって娘のリリアンは、特別な存在らしい。妻グウェンほどではないにしても、どこにいるか瞬時に分かるぐらいには際立っているというのだ。


「ほんの少しだけ、リリアンの輝きが損なわれたような感覚はあるが。それほど変わらないかな」


 ブライアンは部屋を歩き回って、色んなところからリリアンを眺める。


「じゃあ、次、聴覚。これつけてみて」


 ブライアンからメガネを受け取り、耳当てを渡す。


「お、これは。すごい。リリアンの声はかろうじて聞こえるが、他の音は消えた。静かだ。夜寝るときにいいかもしれない」


 ブライアンは窓を開けて目をつぶり、風を感じている。


「私のことはどうなのよ?」


 リリアンは大きな声で尋ねる。ブライアンは振り返って、小首をかしげ、ゆっくり振る。


「あんまり変わらないかな。リリアンの声の音楽性がわずかに減ったぐらいか」


「じゃあ、次これ。マスクだって。ヒモを耳にかけて、口と鼻をきっちり覆うみたい」


 マスクをつけた途端、ブライアンが目を見開いた。


「これは、リリアン、すごいかもしれない。リリアンを世界中の誰よりも大事、と思う気持ちが、リリアン以外も少しは気にかけてやってもいいかな、ぐらいになった」


「それは、効いているの、かしら?」


 とんでもないことを言っているブライアンを、リリアンは引き気味で見る。


「効いているのではないか。リリアン以外は正直どうなろうが、どうでもいいと思っていたが。今は、他のひとたちも幸せになってほしいと願えるまでに。ものすごい進歩だ」


「パパ、そういうこと、他の人の前では絶対に言わないでよ」


 周りからどんな目で見られるか。リリアンはブライアンを半目でにらむ。


「よかったな、リリアン。これがあれば、旅行に出られるぞ。竜人国に帰ってもいい。国王陛下と話をしないといけないが」

「そっか、そうだよね。引きこもってたけど、マスクが効くなら、外に出られる」


 突如、リリアンの目の前が明るくなった。ツガイに出会ってしまったらどうしようと、それが怖くてほとんど外出していなかった。ずっと行きたかった、父の国にも行ける。なんなら、どこの国にだって。


「ゾーイにお礼の手紙を書くわね」


 リリアンはお礼の気持ちを丁寧に長々と、余すところなく書き、手紙を送った。そうすると、またゾーイから小包が届く。


「まずは、我が国にぜひお越しください、だって。もちろんよ、ゾーイ。あら、また変なのが入ってるわ」


 大きな丸い物体。半分は黒く、半分はガラスのように透き通っている。


「騎士の兜のような物です。マスクだけでは不安なときは、これを頭にかぶってください、ですって」


 リリアンは長い髪を邪魔にならないように三つ編みにし、クルクルと頭の後ろでまとめる。恐る恐る、奇妙な兜をかぶってみた。


「なんて、静かなの」


 世界は音であふれていたのだと、今気づいた。


「でも、無音だと外では危ない気がするわね」


 馬車に気づかず、引かれてしまうかもしれない。馬車に引かれたぐらいで、壊れてしまうようなヤワな体ではないが、それにしてもだ。ゾーイの手紙を読み直すと、兜の使い方が細かく書かれている。


「まあ、調整ができるのね」


 耳のところについているネジを回すと、音が聞こえる。額のところのネジで視界が明るくなったり暗くなったり。顎あたりのネジで、部屋の匂いの強度が変わった。そのとき、部屋に入ってきたブライアンが、兜をかぶったリリアンを見て固まる。


「パパ、私よ。ゾーイがツガイ認定を完全に防ぐ兜を作ってくれたの。普段はマスク、いざとなったら兜をかぶれば、もう男に会うのも怖くないわ」


「それは、よかったね。できれば、いつか、リリアンがツガイを見つけてくれるといいなと思うけど。リリアンが自然にそう思えるまで、ゆっくり時間をかけるといい」


 ブライアンは優しくリリアンを抱きしめた。


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