15.獣人奴隷を幸せにする、たったひとつの冴えたやり方
異世界に転生し、公爵令嬢としてつつがなく暮らしているゾーイ。優しい婚約者エーミール王子との仲も良好。特に不満はない。ないのだが、獣人奴隷については、どうしても受け入れられない。
獣人の奴隷は禁止されている。人化できない獣人の扱いが、グレーなのだ。見た目は大きな動物、人語は発せないが、理解はできている。愛玩や防犯目的に取引きされるらしい。
ゾーイはエーミールに相談した上で、人化できない獣人奴隷の扱いを改善することにした。
「人化できる獣人同様、人化できない獣人の取引きも違法と、明確に法制化してもいいと思うのですが」
ゾーイは前世の色んな事例を思い出す。
「裏に潜って秘密裏に取引きを続けると思うのですよね」
言い方はアレだが、かわいくて便利な存在だ。需要は多いと思う。前世でも、ペットショップは大流行りだったではないか。先進国では徐々に禁止されつつあったペットショップ。日本ではたくさんあった。ペットショップ、あってもいいと思うけど。でも、売れない動物を殺処分しているなら、断固反対だ。ひどすぎるよ。
あんな小さなケージで一生を終えるなんて。考えただけで泣けてくる。外で走り回ることもないんでしょう。ジワっと涙が出てきたので、獣人に考えを戻す。
「獣人を、愛でるべき存在。大切にすべき対象とみなせるよう。人々の意識をガラッと変えましょう」
「僕には見当もつかないけど。ゾーイには何か案があるの?」
「あります。獣人の推し化です」
王子であるエーミールと、公爵である父の権力と財力を大いに活用させてもらうことにした。もちろん、きちんと企画書を作って、投資に対するリターンの予測値も大中小で出した上でだが。
「まずは、大きな奴隷商会を買い上げましょう。正当にやっても儲かることを見せれば、他も追随すると思うのです」
荒くれ者の奴隷商人と話し合い、ゾーイの理念を理解してついてきてくれる者は残した。分かってもらえない者には、きっちりと退職金を払い、さよならした。
「これからは、獣人の皆さまを、姫さま、若さまとお呼びしてください。そして、姫さま、若さまがお望みの名前が決まったら、そのお名前でお呼びします。よろしいですね」
「へえ」
「なんかよく分かんねえっすけど」
男たちはマゴマゴしているが、ゾーイはどんどん進める。
「姫さまと若さまは、あなたたちを恐れていると思うのです。信頼関係が出来上がるまで、あなたたちには裏方に回っていただきます」
「へえ、そうすか」
「給料がちゃんともらえるんだったら、俺はなんでもいいっす」
「そこは心配しなくていいわ。悪いことをしなくても、きちんと暮らしていけるお給金をお渡しします。まずは、今週分ね。異例ですが、最初の三ヶ月は前払いにします。でもパーッと使ってはダメよ」
「うおー、マジかー」
「飲みに行くぜー」
「娼館に行こうぜー」
ゾーイはため息を吐きながら、パンパンッと手を叩いた。
「ですから、パーッと使ってはいけません。今日だけは楽しく遊んでいいですが、明日からは節約するのですよ。全部使われると困りますから、日払いにしようかしら。使っていい分と、貯蓄用と分けてもいいかもしれないわね」
ゾーイは考えこむ。
「いいわ、今日は二日分を渡します。これは全部使ってしまってもいいでしょう。あなたたちのお金の管理をしてくれる会計士を探すことにしますね。家族や老後のこと、考えなきゃね」
誰かに、ここまで親身になって人生を考えてもらったことなど、今までなかった男たち。感激してオイオイ泣き出した。
「母ちゃんって呼んでもいいすか」
「ダメです」
ゾーイはつれなく断る。
「ゾーイ様ならいいですよ」
「ゾーイ姐さんは?」
「尊敬の念をこめるなら、許可しましょう」
荒くれ奴隷商人たちは、尊敬の念を十二分に込めて、ゾーイ姐さんと呼び始めた。
次に、ゾーイは動物や子どもの扱いになれた平民や下級貴族を雇った。姫さまと若さまのお世話係だ。いくら心を入れ替えたとはいえ、荒くれ奴隷商人たちにお世話係は任せられない。
「姫さまと若さまは、輝く星として王都を照らします。星のきらめきが曇らぬよう、心を込めてお世話してください」
「はい」
ゾーイがじきじきに面接をした上で採用した人たち。真摯な態度でゾーイの説明に耳を傾ける。
そして、ゾーイは姫さまと若さまの前に立った。
「皆さま、初めまして。ゾーイと申します。私はこの奴隷商会を買い上げました。皆さまの尊厳を傷つけることは、今後一切ございません。もちろん、急には信じられないと思います。まずは、ゆっくりと時間をかけましょう」
死んだ魚のような目をした姫さまと若さまたち。ゾーイは毎日、時間を見つけては自分の思いを説明した。お世話係も、真剣に丁寧にお世話をする。姫さまと若さまの目に、少しずつ光が戻る。
ゾーイに心を開き、星になって輝くことに賛意を示してくれる姫さま若さまも出てきた。
「では、第一回、星を崇める会を開催いたしましょう」
一回目は、信頼できる貴族を少人数、こぢんまりと。姫さまと若さまが不安にならず、ゆったりくつろげることが肝心だ。
会場は薄暗く、舞台だけが明るく照らされている。ゾーイとエーミールが信頼する貴族令嬢と令息たちが、いくつかの丸テーブルを囲んでいる。皆、これから何が起こるのか、ワクワクしながら小声でささやき合う。
「ご来場の紳士淑女の皆さま、ただいまから、記念すべき第一回、星を崇める会を開催いたします」
舞台のそでにひとりの男が立ち、話し始める。整った顔、よく通る声、シュッとした外見。会場の視線が男に集まる。ゾーイが見つけてきた、舞台俳優なのだ。見た目とイケボが決めてだった。
「姫さまと若さまを崇めるにあたって、お願い事項がいくつかございます」
男はゆっくりと、注意事項を述べていく。大きな声、拍手は禁止。食べ物などを舞台に投げてはダメ。姫さまと若さまの気をひこうと、ヒラヒラしたものを動かしてはいけない。
このような禁止事項を伝えられたことのない、貴族の若者たち。否が応でも期待が高まる。
「大変お待たせいたしました。一番は、アンゲリカ姫さまです」
メイド服を着たお世話係が、大きな台車を静々と押して舞台に出る。台車の上には赤い大きいなクッション。その上には真っ白な猫。
固唾をのんで皆が見守る中、アンゲリカ姫さまは、ゆうゆうと伸びをした。フワフワの白い毛が柔らかく揺れ、上品に開いた口から赤い小さな舌がチロリと見える。アンゲリカ姫さまは、退屈そうな目で観客をチラッと見ると、クッションの上でスヤスヤと寝始めた。
「続きまして」
司会者が口を開いたとき、えっという雰囲気が会場を包んだ。えっ、あれで終わり? なにもしてなくない? そんな小さなざわめき。
「二番は、シバタロー若さまです」
スヤスヤ寝ているアンゲリカ姫さまが台車で運ばれていき、愛くるしい小さなマメシバが、走って来た。全力の笑顔で愛嬌をふりまき、しっぽをブンブン振っている。舞台をところせましと走り回り、あらゆる観客と目を合わせる。
「うっ、尊い」
「胸が、苦しい」
「カハッ」
そこここで、つぶやきが漏れた。
「三番目は、ヨーちゃん若さまです」
「ヨーーーーちゃん」
鮮やかな青いオウムが、ヨーちゃんと自分の名前を叫びながら飛んでくる。ヨーちゃん若さまは、激しく名乗りながら舞台の上をグルグル飛んだあと、シバタロー若さまをひっつかんで舞台から去って行った。
「四番目は、サバー姫さまです」
またしても台車がゴロゴロと運ばれてくる。台車の上には大きな水槽。中に銀色の美しい魚が泳いでいる。
「え、サバってこと?」
「サバだから名前もサバー?」
「まんま過ぎでは」
サバー姫さまは、なんら目立った動きもしないまま優雅に泳いでいる。
次々と、色んな姫さまと若さまが登場した。おおむね、姫さまは愛想がなく、若さまは観客を盛り上げようと熱心だ。会場は不思議な興奮に包まれた。最後の姫さまが舞台から下がる。
「これにて本日の崇める会は終了です。皆さま、ぜひ次回のお越しをお待ちしております」
ガラガラガラと台車を押したお世話係たちが会場に現れる。
「次回の崇める会をさらにお楽しみいただくための、小道具をご用意いたしました」
司会者はおもむろに、キラキラした扇子を胸の前で広げる。
「このキラキラした扇子は、アンゲリカ姫さまのお気に入りです。好きな文字の扇子をお選びください。アンゲリカ姫さまが、もしかしたらお応えくださるかもしれません」
司会者は色んな文字が書いてある扇子を次々と広げていく。
「目線ください、の扇子をいただきます」
オズオズと、ひとりの令嬢がお世話係に声をかける。
「わたくし、しっぽで頬をはたいてと、肉球でアゴを押して、のふたつが欲しいです」
真っ赤になった令嬢が小声で申告した。令嬢や令息たちが、勇気づけられたように、我も我もと小道具を注文する。
「シバタローさまのお気に入りのテニスボールでございます。取ってこーい、をしていただくことが可能でございます」
ギラリ、貴族たちの目が光った。テニスボールはあっという間に売り切れた。
こうして、初めての崇める会は大盛況で幕を下ろしたのであった。




