12.働き者の時間と手
ゾーイは、ハンコ部のナタリーから気になることを聞いた。
「まあ、継母と義理の姉たちにいじめられている令嬢が?」
なんて、ありがちな、ゾーイはため息を吐いた。
「似顔絵を描きに行って、ついでに同僚が家を調べたんですね。機会があれば、いつでも調べるので、私たちは」
「もちろんですわ。影ですもの。よく理解しております」
ゾーイが言うと、ナタリーはホッとした顔をしている。
「日当たりの悪い小さな地下室に、令嬢が閉じ込められていました。普段は下女のようにこき使われ、来客があるときは人目につかないように地下室に入れられるそうです。ろくに食べられていないようで、やせ細っておりました」
「かわいそうに。父親は何をしているのかしら。我が子が虐待されているのを、放置しているの?」
「当主は元々、身分目当てで婿入りしたようで。虐待されている令嬢にも、その母親にも愛情はなかったのかと。母親が亡くなったあと、愛人と娘たちを家に連れてきたという、ひどい話なのですが」
「ということは、虐待されている令嬢が、正統な後継ぎなのね?」
「はい、そうです」
ゾーイはしばらく考え込んだ。
「お茶会を開くわ。将来、重い責務を負うであろう、同年代の令嬢たちとの決起会をします。重圧に負けないよう、力を合わせなくては、ね。ナタリーも力を貸してね」
「もちろんでございます。ハンコ部の総力を注ぎます」
ナタリーがドンッと胸を叩いて請け負った。
***
アシュリーの朝はいつも同じだ。バーンッとドアを開けられ、継母に冷たい目で見られることから始まる。
「さっさと朝食の支度をしなさい」
「洗濯がたまっているわよ」
「来客があるから、床と階段を拭いておくように」
「銀器を磨いておきなさい」
「窓に指の後がついていたわ」
そんなことを、矢継ぎ早に言われ、必死で雑用をこなす毎日。食事は余りもの。母が生きていた頃によくしてくれた使用人たちは、次々にクビになった。今は、アシュリーの味方は誰もいない。
その日も、いつものようにカチカチのパンを、具がほとんどないスープにひたしながら食べていた。
「アシュリー、あなたに手紙が届いているわ」
イヤイヤ、渋々、仕方ない、そんな表情で継母が手紙を渡してくれた。分厚くて、立派で、上品な封筒。翼を持つ獅子の紋章。
「まさか」
「ゾーイ様が、あなたみたいな貧相な小娘に、いったいなんの用かしら」
アシュリーは震える手で封筒を開けた。二つ折りの厚手の紙を開けて、素早く読む。
「お茶会の招待状です」
「ふっ、それはよかったこと。ゾーイ様のお茶会なら、そうそうたるご令嬢が参加されるでしょう。恥ずかしくない身なりができないなら、欠席なさい」
継母は、鼻でせせら笑って立ち去った。
「ドレスがないわ」
靴もない、装身具もない、手は荒れ放題で、爪は短くボロボロだ。
「せっかくゾーイ様にご招待いただいたのに」
使用人たちのウワサ話を漏れ聞いたことがある。とても聡明で美しく、エーミール王子殿下のご寵愛を一身に受けていらっしゃるとか。貴族の頂点にいる雲の上のお方。どうして、社交界から姿を消して、地下で這いつくばっている自分に招待状が届いたのだろう。分からないけど、行けるなら、行きたい。でも、みっともない姿できらびやかな場所には立てない。恥ずかしい、辛い。
アシュリーは悲しくて悔しくて情けなくて、うずくまった。ところがお茶会の日に、助けの手がアシュリーに伸びた。早朝に地下室の扉が開き、おばあさんが現れたのだ。
「アシュリー。あなたの母方の祖母のようなものです」
「祖母のようなもの」
アシュリーは意味が分からなくて、繰り返してしまう。
「ゾーイ様があなたを心配されています。さあ、気を強く持って、お茶会の準備をしましょう」
夢見心地のまま、言われるがまま、ドレスにそでを通す。母が生きていたときでさえ、見たことのないような、華やかなドレス。春の朝の空のような、淡い水色のドレス。アシュリーが動くたびに、風に吹かれているかのようにフワフワと揺れる。アシュリーの灰色の髪を、おばあさんが結い上げてくれた。
「装身具はなくていいと思います。その方があなたの初々しさが引き立つでしょう。でも靴はとびっきりのを用意していますよ」
おばあさんが、透き通った靴を渡してくれる。羽のように軽い、不思議な感触。足をそっと入れるとスルッピタッと合う。
「この靴を履くと、あなたに結界が張られます。体に害のあるものは、弾き返すことができます。ゾーイ様が魔導士に作らせた最新の魔道具ですよ」
「そんな貴重なものを」
壊したらどうしよう。アシュリーは裸足で行って、王宮に着いたら靴を履こうか考えた。
「魔道具は使ってみないと価値が分からない。どんどん使って、改善していけばいいの。そうゾーイ様が仰っていました。履き潰す気概でグイグイ踏んでください」
「は、はい」
おばあさんの気合のこもった目に、アシュリーは気圧された。そのまま、地下室から連れ出され、馬車に押し込まれ、気がついたら王宮に着いていた。
「あとは若いお嬢様がたでお楽しみください」
おばあさんはアシュリーをお茶会の席に送り届けると、ニコニコしながらどこかに消えた。オズオズとあたりを見回すと、大人しそうな令嬢が三人、チラチラとアシュリーを見ている。アシュリーが挨拶しようと少し近寄ったとき、深みのある声が聞こえた。
「お待たせいたしましたわ。急なお招きだったのに、皆さんいらしてくださって、嬉しいですわ。ゾーイと呼んでくださいましね」
濡れ衣の断罪を返り討ちし、エーミール第二王子の寵愛を一身に受けているとウワサのゾーイ様。ほっそりして、背が高く、長い金の髪が朝日に照らされツヤツヤと光り輝いている。印象的な大きな紫色の瞳。ふんわりしたピンクのドレス。
「ピンクのドレスを解禁いたしましたの」
ゾーイはフフッといたずらっぽく微笑む。その笑顔で、皆の緊張が解けた。アシュリーを含む四人の招待客は、控えめな笑顔を浮かべる。
「さあ、座ってくださいな。一緒に朝食をいただきましょう」
焼きたてのパン、チーズ、みずみずしい果物、香り高い紅茶。まごうことなき、朝食だ。アシュリーはお腹が空いていたので、緊張も忘れて夢中で食べる。下品にならない程度に気をつけて、でもおいしくて手が止まらない。
温かく柔らかくできたてのごはん。アシュリーはすっかりお腹が満たされて、お茶会でガツガツ食べてしまったことにおののいた。どうしよう、こっそり他の令嬢を見ると、三人も一心不乱に食べている。
「皆さんね、もしよければ、王宮に住んでくださいね」
突然、ゾーイがとんでもないことを言い出した。
「失礼ながら、皆さんの家庭事情は調べさせていただきました。由緒正しい貴族令嬢が、しかるべき扱いを受けず、虐待されている。とても見過ごすことはできませんでした」
四人は呆気にとられてゾーイを見つめる。
「朝は勤勉な者の時間です。皆さんの怠惰な家族は、まだ惰眠をむさぼっていることでしょう。皆さんをさらってしまうのに、なんの不都合もございませんでした。安心して、王宮で軟禁されていることにしてくださいな」
「あの、でも。ゾーイ様にそこまでしていただくわけにはいきません。何もお返しできることがございませんし」
「そんなことないのよ。実は、私直属の隠密部隊を作りたいと思っておりましたの。皆さんはそれぞれ立派な技術をお持ちですから。力を貸していただけないかしら」
四人は顔を見合わせる。なんのことだか、さっぱり分からない。
「ゾーイ様。私にはなんの技術もございません」
アシュリーはドキドキしながら、事実を述べた。役に立てるのなら、何でもするのに。
「あら、そんなことないわ。皆さん、家事労働が得意でしょう。使用人として色んな貴族家に入り込めるわ。所作が美しくて、働き者の使用人。どこの貴族も喉から手が出るぐらい欲しているわ」
ゾーイがアシュリーの手を取り、じっと見る。ヒャッ、アシュリーは心の中で悲鳴を上げた。爪の先までピカピカに磨き上げられた手と、傷だらけの手。ゾーイ様の手が汚れてしまう。真っ白な雪に暖炉の灰を捨てたときみたい。なんて醜い手。消えてしまいたい。アシュリーは手を引っ込めたくなった。
「働き者の手だわ。私にはない、素晴らしい手よ」
柔らかくて小さく優美なゾーイの手が、あかぎれだらけの荒れたアシュリーの手を包む。ゾーイは順番に令嬢たちの手を握った。
「辛い境遇にへこたれず、よく今まで耐えましたね。これからは、私があなたたちを庇護いたします。他の気の毒なご令嬢たちを助けるために、力を貸していただけない?」
「私にできることでしたら、なんなりと」
アシュリーと令嬢たちは、涙を浮かべてゾーイを見つめた。
ゾーイに忠誠を誓う、最強の使用人部隊はこうして始まった。




