11.王家の影だけど、似顔絵を描いてます
グレンツェール王国の学院で、似顔絵ハンコが大流行りだ。仕掛け人はもちろんゾーイ。
学園の友人たちと手紙のやりとりをするときに、スタンプ押したらかわいいよなーと思ったのがきっかけだ。
スマホのメッセージアプリでスタンプ送る感じのことが、できればなと考えたゾーイ。似顔絵ハンコを作ることにした。似顔絵を描けそうな人物は、既に見つけている。王家の影、ナタリーだ。以前、エーミールから見せてもらった報告書に、ナタリーが描いた貴族の似顔絵が載っていた。シンプルだけど、特徴をつかんでいる絵。ハンコにピッタリなのだ。
エーミールの了承を得た上で、ナタリーに来てもらう。
「ナタリーの腕を見込んで、お願いしたいことがあるのです。私の似顔絵を描いていただきたいの」
ナタリーは戸惑っていたようだけど、ゾーイの説明を聞き、快く引き受けてくれた。
「封蝋用の印章ありますでしょう。あれを、似顔絵にして、封筒ではなくて、中の手紙に押したいのです。そしたら、私の顔をすぐ思い出してもらえますもの」
「印章ということは、私の描いた絵をもとに、彫るのですね」
「そうなの、ハンコ職人にお願いしようと思っているのよ。ナタリーが描きやすくて、かつ職人が彫りやすい大きさを決めないといけないわよね」
「ハンコ職人たちに聞いてみます。いくつか見本を作ってみます」
何日かしたあと、ナタリーがハンコの見本を持ってきた。
「完璧ですわ」
「え、もう?」
ナタリーが引くぐらい、ゾーイは感激した。机にハンコと、ハンコを押した紙を載せただけで、絶賛だ。一番大きいので、一片が人差し指ぐらいの長さの角ハンコ。一番小さいのは金貨ぐらいの丸ハンコ。大きいのは笑顔や、ウィンクをしているゾーイ。小さいのはデフォルメされたゾーイ。
「これ、全部いただきますわ」
「いえ、そんな。これはまだ見本ですので。ただの木彫りですし」
「これで、十分よ。だってね、ナタリー。木彫りだからこそ、すぐにできたのでしょう。金属だともっと時間かかるわよね」
「その通りです」
「私、予感がしますの。これ、絶対に流行るわ。貴族から注文が殺到すると思うの。木彫りでどんどん作って売っていく方がいいと思うのよね。落ち着いたら、高位貴族から金属ハンコの注文を受ければいいのではないかしら」
ゾーイの予感は的中した。まず、ゾーイの友人の高位貴族令嬢が飛びついた。
「ゾーイ様。先日いただいたお茶会の招待状。とっても素敵でしたわ。あの似顔絵ってどうされていますの? わたくしも、作ってみたいのです」
「ナタリー画伯が絵を描き、それをハンコ職人が仕上げてくれるのよ」
「紹介してくださいませんか」
「もちろんですわ」
そんな感じで、あっという間に学園のご令嬢たちが似顔絵ハンコに夢中になった。高位貴族から下位貴族に一瞬で広まり、富豪平民も食いつき、似顔絵ハンコは驚く速さで王都を席巻した。
「ウィンクのハンコ、かわいいですわよね。ハンコの下の一文もキュンときますわ」
ゾーイはハンコの下にひと言メッセージを添えているのだ。『クッキーはサクサク派です』『ケーキはシットリ派ですの』『猫も犬もどっちも好き』『ピンクを着たいけれど、ピンクの風評被害がまだ……』『寝違えました』など、正直どうでもいい内容だ。でも、お堅い内容の招待状に、一文だけくだけた内容を書くと、距離感が縮まっていいと思っている。
ご令嬢たちも、招待状の返信に小ネタを書いてくるようになった。『お茶会には縦ロールで行きます』『ピンク、着ます。もういいですわよね』『しっとりチーズケーキをお持ちしますわ』『我が家の猫さまを連れていきます』『しっとりクッキーもお試しあれ』『庭に美しいバラが咲きました』『弟が思春期で大変です』
お茶会の話題作りにピッタリなので、とてもありがたいと評判だ。
***
王家の影ナタリー。今は、ナタリー画伯と崇め奉られている。どうしてこうなった。
それは、もちろんゾーイ様のおかげなのだが。それにしても、それにしてもだ。
「王家の影としてもらっている給料の一年分が、一か月で稼げてしまった」
「人手が足りません。職人を増やさないと。ああー、お金が貯まる一方で使う暇がない。信じられないー」
ナタリーとハンコ職人たちは、嬉しい悲鳴を上げながら、泣き笑い。猫の手も借りたい、忙しさ。
ナタリーは、影としての腕は、そこそこだ。突出して秀でたところがない。平均的な影だ。一撃必殺はできないし、一瞬で魅了して情報を聞き出すこともできないし、変装がうまいわけでもない。一生、パッとせず、うだつの上がらない影で終わると思っていたのに。
「ナタリー画伯の絵はね、線が少ないのに、情報量が多いのよ。すごいわよ。人の特徴をとらえるのが上手なんでしょうね。描きこんでいるように見えないのに、その人だって分かるの。天才だわ」
ゾーイに手放しに褒められて、ナタリーは視線がウロウロしてしまう。もとはと言えば、ゾーイの婚約破棄騒動が始まりだったのだ。
ナタリー、ついていないことに、あの日が当直だった。そして、ゾーイが断罪されているのを、なすすべなく見守っていた。無能の極み。もう、絶対クビ。そう覚悟していたのに。
最後の仕事と思って書いた報告書が、ゾーイの目にとまってしまった。断罪中の色んな貴族の表情を、言葉では伝えにくいので絵にしたのだ。まさか、あれが。まさかまさかの連続だ。
そして、画伯として色んな貴族家に出入りし、似顔絵を描くようになったわけだが。おかげで王家の影のえらい人に褒められてしまった。
「ナタリー画伯のおかげで、どこの貴族家でも入り放題。ナタリー画伯のおつきというテイで影がスルッと入り込める。昇給」
「ええー、本当ですか。ありがとうございます」
「昇給だけではない。ハンコ部を立ち上げることになった。ナタリー画伯が部長だ」
「部長。部長って何をすればいいのでしょう?」
「今まで通り、似顔絵を精力的に描きなさい。絵心のある影を採用していくから、育てなさい」
部下までできてしまった。
「部長は絵に専念してください。諜報は我々がしますので」
「あ、でも、線の引き方、教えてください。私が描くとゴテゴテしまって」
とても気の利く、できる部下たちに囲まれてしまった。いいんだろうか。
「ハンコ、画期的です。ハンコのおかげで、ほぼ全貴族の顔と名前が一致するようになりました」
「部長のおかげです。私、なかなか名前と顔が一致させられなくて。苦労していたのです」
部下たちにとても感謝されて面はゆい。影の最初の仕事は、主要貴族の名前と顔を覚えることだ。ナタリーは、顔はすぐ覚えられるけど、名前は苦労した。
貴族一覧表の名前の隣に、似顔絵を描いてなんとか覚えていたのだ。その経験が、活きた。
「影がもらう貴族一覧表の名前の横に、小さな似顔絵ハンコを押していこうか」
「高く売れますね」
部下が目を輝かせている。
「売るか、その分の予算をもらうか、上に相談してみる。影全員に利のあることだから、予算がおりそうな気がする」
無事、正式な業務となり、予算がおりた。
「他国の分も少しずつ作ってくれ」
ちゃっかり、業務が上乗せになったが、仕方がない。似顔絵ハンコ、他国からも依頼がくるのだ。
「ハンコ部、これから出張が増えますね」
部下たちはホクホクした顔で他国の地図を眺めている。
「他国の諜報なんて、選ばれし者の仕事なのに。まさか、やることになるとは」
「他国の諜報専門の影が一緒に行ってくれるらしい。私たちは、まずは似顔絵に集中しよう」
ナタリーと部下は気を引き締める。ひとつの似顔絵の高評価が、次の依頼を産むのだ。一つひとつの仕事を大切に、地道にコツコツだ。
こうして、グレンツェール王国の諜報能力は飛躍的に上がっていったのであった。




