10.エンジニア聖女の仕事と恋と
さて、つつがなく契約書の調印式が終わり、次の大仕事は、護衛の選抜である。もうね、「目がー、目がー」な状態でございます。どこの歌番組ですかって言いたくなるぐらい、美麗な若者たちがね。そんなキラキラした目で見られるとね、身の置き所がございません。変な汗がダラダラ出る。こんな生活、送れない。心と体に悪い。
「はあー、もう、無理。緊張しちゃって。私、分かりました。おっさんがいいです。おっさん」
慣れないことをしたもんだから、失礼なことを口走ってしまうユッコであった。
エンジニア室の、ちょっと枯れかけた、キョドッた感じの、不器用なおっさんが、ユッコの心のオアシスなのだ。もう、若くてキラキラした人は無理な体質になってしまったのだ。
「申し訳ないって思っちゃうし。一緒に並んだときの絵面を想像すると。恥ずか死ぬ」
ぐはあー。想像してゴロゴロ転がりたい気持ちになる。あのピチピチのお肌に囲まれたならば。自分の毛穴が気になって、仕事が手につかないに決まっている。
異世界の人たちは、ユッコのおかしな言動をとても大らかに受け止めてくれた。そして、ユッコが一緒にいてもドキドキしない、いい感じに疲れた大人を連れてきてくれた。ありがてえ。
五人のイケオジたちが護衛を担当してくれることになった。素敵だけど、いい具合に枯れているので、ユッコの心臓が耐えられる感じである。
「皆さんがずっと張りついているわけではないですよね?」
きっとシフト制だろう、そうだといいな。ビクビクしながら聞いてみる。
「最低ふたりは護衛におつきします。ユッコ様の行動範囲、見られていることによる居心地の悪さ、様々なことを考慮しながら、護衛体制を柔軟に変えていきます」
「すごい人件費ですね。そんな価値が私にあるんでしょうか」
どこの大統領ですかって、気が引ける。
「ユッコ様。どうか護衛されることに慣れてください。異世界から来られた聖女様は、魔力が多いと知られています。誘拐されて、魔力の強い子どもを作ろうなどとする、ゴミクズがいないとは言い切れません」
ひゅっ、ユッコの喉が鳴った。
「それは、絶対にイヤです」
「もちろんです。ユッコ様に、指一本触れさせません。ですから、どこに行くにも、必ず護衛を伴ってください。ここはユッコ様の元の世界ほど安全ではありません」
ユッコはコクコクと頷いた。インドア派のユッコ。格闘技の覚えもなく、足も遅く、どちらかというとドンくさい部類だ。発車のベルが鳴っていても、階段を駆け上がったりしない。さっさと諦めて次の電車を待つタイプだ。大人しく、屈強な護衛に守られていることにする。
護衛にがっちりガードされて、王宮を移動する。ユッコの仕事は、王都を覆っている結界を強化することらしい。王都の上空を覆っている、ガラスみたいなドーム状の何か。それで魔物の侵入を防いでいるそうだ。ウィルス対策、セキュリティ対策みたいな感じかな。ユッコは少しワクワクして、魔導士たちの職場に入っていった。
「わーファンタジー。いや、社畜?」
目の下にクマを作った魔導士たちが、魔法陣を書いている。紙に羽ペンで。
「そっかー、魔法陣って羽ペンで手書きなんだ。それは大変だわ」
書き間違ったら全部やり直しってことかしら。アンドゥで処理取り消しとかないもんね。地獄じゃん。
一番奥のとても広い部屋で魔導師団長が待っていた。部長って感じの、頼れる雰囲気のオジサマだ。ユッコはホッとした。意識高い系でカタカナ語を羅列する、シュッとした若手社長タイプは気後れするのだ。日本語で言ってほしいなーって思ってしまう。
「ユッコ様。お出迎えに行かず、申し訳ございません。結界にほころびが見つかりまして、原因を調査中なのです」
黒板に魔法陣の一部が書いてある。きっとそこが問題個所なのだろう。バグって、見つけるの難しいもんね。分かる分かる。例えばそう、大文字が小文字になってたりさ。いらない空白が入ってたりさ。
「ああ、これ、ループになってますね」
魔法陣も言語フィルターがかかっているらしく、なんとなく意味が読める。魔導師団長がいぶかしげにユッコを見る。ユッコは黒板の魔法陣の隣に、矢印を書いた。
「ここ、処理終わりにすべきところを、また開始になっちゃってませんか。だから延々と処理が続いて次の処理が始まらないんですよ」
「がっ、おっ」
魔導師団長は奇声を発すると両手を上げ、両手を降ろし、ユッコの手を握りブンブンと振った。
「ありがとうございます。さすが聖女様」
「日本でこういう仕事していましたから。お役に立ててよかったです」
「お恥ずかしい。一日眺めても原因が分からなかったのですが。ユッコ様は一瞬でした」
「そういうものですよ。自分でコード書くと、間違いに気づきにくいんです。他の人がパッと見て、違和感あるところを潰す方が早いんですよね」
「勉強になります」
魔導師団長に涙ながらに懇願され、ユッコは色んな魔法陣を確認する。
「これはまた。大掛かりな魔法陣ですね。うーん、複雑すぎてよく分からないな」
ユッコは壁に貼られた巨大な魔法陣を見て、たじろいだ。大きすぎて視界に収まらない。
「ちょっと離れて見てみますね」
逆側の壁に行って、そこから眺めてみると、なんとなく全体像が分かった。防御の魔法陣のようだ。魔導士たちが期待を込めた目でユッコを見つめている。ユッコは緊張をやわらげるために、手をギュッと握ってパッと開いた。
「どこが問題かまでは分かりませんが、糸口は見えたと思います」
ユッコは震える手でチョークを握り、黒板に絵を描く。
「ものすごく複雑な魔法陣ですが、基本は三構造だと思います。危険物が防御壁に近づいたら警告を出す。危険物が防御壁にぶつかったら跳ね返し、さらに大きな警告を出す。ぶつかった箇所に魔力を集め、修復をする」
おおっと室内にどよめきが起こった。
「一つひとつは、それほど難しいことではないはずです。これらの処理を、ひとつの大きな魔法陣で対応しようとするから、問題が難しくなります。ひとつの大きな魔法陣ではなく、処理毎に小さな魔法陣を作り、次の処理に連携する方がいいはずです」
これは先輩のエンジニアたちに徹底して叩き込まれたことだ。「すげーコードを書こうとするな。誰もが分かる単純なコードが一番いいんだ。それを組み合わせれば、書くのも直すのも楽だからな」って。
「時間と魔力を必要とする大魔法ではなく。簡単に作動できる小魔法を組み合わせて、大きな結果をもたらす、そういうことか。なるほど」
魔導師団長はパッと明るい表情になった。
「例えばですね、危険物が防御壁に近づいたら、光らせる魔法陣。防御壁に当たったら跳ね返す魔法陣。光って跳ね返ったら警告音を出す魔法陣。ぶつかった箇所に魔力を集める魔法陣。修復する魔法陣。これぐらい分解すれば、簡単で小さな魔法陣にできませんか?」
ユッコは黒板に小さな円をいくつも書き、つなげて大きな円にする。
「あちらの世界に、曼荼羅というのがあるのですが、強そうでしょう?」
「強そう」
「単純なのに強そう」
「ユッコ様、ありがとうございます。防御をもっと単純で強くできそうです」
ユッコの胸が熱くなった。エンジニアの皆さん、ありがとう。皆さんの教えが、異世界でも活かせています。すごいです。皆さんのおかげです。ユッコを育ててくれた、全ての諸先輩方の顔が思い浮かぶ。
「よし、あとひとふんばりだ。今日中に終わらせて、今日は家に帰ろう」
魔導師団長の声に、魔導士たちが歓声を上げる。
それからも、ユッコはがんばった。自分の持ってるノウハウを異世界用に少しアレンジする。魔導士たちがきっちり家に帰って、仕事とプライベートを両方充実させられたらなって願っている。日本では、権力も能力もなかったから。ここでは、ノブレスなんだもの。オブリージュしなくては。
恋の方は、少しずつ、慎重に進めている。護衛のリーダー役のイェルクとイイ感じなのだ。きっちり念入りに調査をして、未婚で彼女もいないことは分かっている。
他の護衛四人と、魔導師団長の協力はとりつけている。みんな、生温かい笑顔で聞いてくれる。
「護衛してるときのピリッとした顔とか目つきとか。すっごくカッコイイ」
「うんうん」
「でも、イェルクさんのちょっとお疲れモードの顔も好きなんですよね」
「ははは」
「必ず扉を開けてくれるんだけど、そのときの肩の動きとか、腕の長さがキュンッとするというか」
「ははあ」
「たまに一緒にごはん食べるんだけど。好きな肉系をワーッて食べて、最後にいやそうに野菜食べるのが、なんかいいなあって」
「へー」
「女性を見た目で差別しないじゃないですか。きれいな人も、そうでない人も、どっちにも適度な距離感があって。紳士だなー」
「ふーん」
「今日こそは、デートに誘います」
「がんばって」
もう、みんな私のバカ話を聞くのがイヤっぽい。すっごく背中を押してくれた。いけいけって。
「あのー、イェルクさん」
他の護衛たちがすぐに察して、ほんの少し離れてくれる。
「次の非番の日、デートしませんか」
離れている護衛たちが、一瞬目をつぶった。ダメだこりゃ、みたいな顔。なんなの、失礼だぞ。
「ユッコ様。ユッコ様に誘わせてしまうなんて。一生の不覚です。もちろん、よろしくお願いします。王都のいい感じの場所を調べておきます」
イェルクは真っ赤になりながら、真摯に答えてくれた。
「あ、それはもう大丈夫。行きたいところと、デートプランはもう立ててあるんだ。三つ案があるから、どれがいいか選んでください」
「用意周到すぎます」
イェルクが頭を抱える。
「だって、私エンジニアですから。要件定義と仕様書作成、得意なんですよ」
ユッコは準備してきた計画書のひとつを広げる。
「こちらはですね。おいしい日本料理で胃袋をつかんで、乗馬で距離を縮めるぞってやつです」
「わー、全部言っちゃってるー」
「そこは秘めてほしいかもー、男心的にはー」
外野がうるさいが、ユッコはまるっと無視する。
「ゾーイ様直伝のあちらの料理が食べられるカフェ。支店がついにこちらの国にも来たって言うじゃないですか。楽しみですよね。ここでまず軽くサンドイッチとか食べて。持ち帰りのお弁当買って、乗馬にいきましょう」
「わー」
イェルクがわーって叫んだ。
「ユッコ様。これは、ふたりだけのときに詰めませんか」
「私たち、ふたりっきりになれること、ありませんよねえ」
常に護衛がふたり以上ついてるんですけど。どないせいと。
「ユッコ様。魔導士の部屋なら安全ですから。そちらで、おふたりでぜひ」
「俺たち、扉の外で待機してますんで」
「あら、そう? じゃあ、そうしようかしら」
護衛たちがかわいそうな子を見る目でイェルクをチラ見している。
「ちなみにユッコ様。イェルクの胃袋つかむ料理は、カフェの料理ってことみたいですけど。間違ってないですか? ユッコ様の自慢の料理とかの方がよくないですか?」
「あ、ごめん。私あんまり料理得意じゃないんだ。インスタントラーメンならできるけど。こっちには売ってないしねえ。それに、専門家の料理の方が、おいしいじゃない」
「ええ、まあ、そうですね」
「そう、なのかな」
護衛たちが首をかしげているが、イェルクがまた、わーって言った。
「大丈夫、大丈夫です。俺、ユッコ様に料理作ってもらおうなんて、そんな図々しいこと思ってませんから。むしろ俺が、俺がいつか何か作りますよ。肉を焼く感じですけど」
「楽しみです」
みんなのニヤニヤ笑いが最高潮に達した。
働き者のエンジニア聖女と、堅物護衛の恋が始まりそうである。
ホワイトな異世界転生、もっと広まるといいな。ユッコは日本の社畜仲間たちにそっとエールを送った。




