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【書籍発売中】断罪を返り討ちにしたら国中にハッピーエンドが広がりました  作者: みねバイヤーン(石投げ令嬢フルカラー電子コミック発売中)


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1.逆ハーエンドのピンク髪たちに断罪されている悪役令嬢に転生してしまいました


「やった、受かったー」

 長年の猛勉強と、全精力を注いで挑んだ日本最難関の大学。その合格者掲示板に、該当する受験番号を

みつけた。喜びいさんで家族に電話したあと、視界が暗転した。


「聞いているのか、ゾーイ」


 クラリと頭の中がひっくり返るような、奇妙な感覚。必死で目をこじあけて、声の方を向く。黒髪の男の子が、こっちをにらみつけている。周りをサッと見回すと、色とりどりの華やかな色彩の人たち。誰も、目を合わせてくれない。


 頭がズキズキするので、こめかみを指で押さえた。ふと、名前を思い出す。


「グスタフ・グレンツェール第一王子殿下」

 ゆっくりと、前世の記憶と今世の記憶がまじり合う。


「私、ゾーイ・フェルゼール。殿下のお気持ちを、いま一度お聞かせいただきたいです。頭痛がして、きちんと理解できておりませんので」


 ゾーイの頭の中は大混乱だ。味噌煮込みうどんとボルシチが融合して、新たなスープが生まれようとしている。そんな感じだ。和と洋の殴り合い。でも、そこはそれ。色んな異文化を柔軟に受け取り、日本風に魔改造してきた日本人の血を受け継いでいる。


 黒髪黒目キラキラ王子が半ば切れながら、長々と説明しているうちに、ゾーイは、新ゾーイに、なった。


 進学校で猛勉強してきた田舎の小娘と、王都で蝶よ花よと甘やかされて育ってきた公爵令嬢。頭脳と美貌を兼ね備えた、新・悪役令嬢ゾーイが爆誕した。


「というわけで、そなたとの婚約を破棄する」

「ひどい」


 脳みそがごった煮だったので、またしてもちゃんと聞いていなかったゾーイ。今までの人生を振り返り、胸が苦しくなる。両親を事故で亡くし、じいちゃんと叔母に育ててもらった。巨大なムカデやイノシシに悩まされるド田舎で、神童と呼ばれ。必死で勉強してきた。


 日本の頂点の大学に入って、法律を学び、将来性のある地味だけど真面目な同級生とつき合い、早めに子どもを生み、官僚としてのキャリアを積み、最終的には政治家になって、東京一極集中と、少子高齢化と、国から見捨てられた氷河期世代をなんとかする。それが、人生プランだった。


 起きている時間はずっと勉強に捧げた十うんねん。それが、やっと、報われて。大都会東京でのウキウキ都会ライフを送り、初めての恋を楽しむつもりだった。なのに。


「ひどい」


 誰だ、転生させたのは。ゾーイは天を仰いだ。転生の神への怨嗟の声が漏れる。

 ゾーイは涙目でグスタフを見つめる。


「な、なんだその目は」


 半ギレ王子グスタフが、少し顔を赤らめて口ごもる。隣のピンク髪が途端に、プクーッと頬を膨らませた。ピンクはグスタフの腕にしがみつき、グイグイ押し当てている。


 ははあ、悪役令嬢転生したのね。そして、逆ハーをコンプリートしたピンク髪ヒロインと、愉快な仲間たちに断罪されているのね。やっと、ゾーイの意識が現状に向いた。ゾーイは猛スピードで脳内を検索する。悪役令嬢ゾーイと攻略対象グスタフ王子。チーン。そんな悪役令嬢もの、読んだ記憶がない。


 はわわー。ゾーイの頭の中をはわわが蹂躙する。はわわ、ヤバイ、どうしよう。断罪、爵位はく奪、お家とりつぶし、一家離散、修道院か離島に追放、もう遅い、ざまあ。はわわ。


 ふっと、ゾーイの脳裏に黒板が写った。微分積分の公式。大学の数学試験に、必ず一問は出る、微分積分。あの、恐ろしくも美しい数式。


 ゾーイの心がスンッと凪いだ。


 受験勉強の息抜きに、色んな転生ものを楽しんだではないか。冷静に落ち着けば、きっと対応できるはず。数学と同じ。公式をきちんと理解していれば、応用できるものだ。


 この場合の確度の高い対応は、長引かせること。車の事故でも、警察が到着するまで、謝っちゃダメと言うではないか。


 思い出すのよ、あの辛かった受験を。あれを乗り越えたんだから、大丈夫。

 ゾーイは深呼吸した。政治家になるため、のらりくらり戦法は、それなりに勉強した。

 いざ、のらくら牛歩。カッとゾーイの目に力が入る。


「殿下、お言葉ではございますが。私の記憶によると、私とベラさんが直接お話ししたことはございません」


 ゾーイの脳内検索によると、ゾーイが一方的に、ピンク髪ベラにあおられていただけだ。元のゾーイは、公爵令嬢らしい高慢さで、ピンクを視界に入れたことはなかった。男爵令嬢なんぞ、ゾーイの侍女より平民側ではないか。平民は保護してあげるが、意見は聞かない。そう育ててこられた。ゾーイにとって、ベラのあおりは犬の遠吠えと大差はない。


「皆さん、いかがでしょう。私とベラさんが会話をしているところ、見たことがありますかしら?」


 ゾーイは周りを見渡す。傍観者は巻き込む方がいい。対岸から高みで見物している群衆を、当事者にしなくては。前世で生徒会長として身につけた処世術である。


 そして、こういうときは、名指しするのが鉄則。匿名のモブではなく、名前を呼ぶことでネームドに昇格だ。責任の一端を負わせるのだ。


「いかがかしら、ミシェル様」


 ゾーイは近くにいた辺境伯令嬢のミシェルを見つめる。ミシェルは一瞬厳しい目をして、ゾーイとベラ、逆ハー仲間たちに視線を送った。


「いいえ、ございませんわ。ゾーイ様も私も、高位貴族ですから。下位貴族とは授業も別々ですし。知り合う機会もございませんもの。学園内に身分差はないとは言いますが、卒業したら階級社会に戻るわけですから。何もかも平等という訳にはいきませんもの」


 そういえば、そうよね。小さなざわめきが広がっていく。


「ゾーイ様が、取り巻きに命じて、私の持ち物を汚したり捨てたりさせたのです」


 ベラがピンク髪をフワフワ揺らしながら、口を開く。


「まあ、それは聞き捨てなりませんわ。ベラさんは、そういうことがあった時、学園の事務局に連絡なさいましたか?」


「いえ、それは。言っても握りつぶされると思って」

「あら、それでは、教師かどなたかにお伝えされたのかしら?」

「いえ。後日、グスタフ殿下にだけご相談いたしました」


 ベラが握った拳をプルプルさせている。


「では、事件発生時点で適切な調査はされておらず、客観的な証拠もないということですわね。私の取り巻き、友人と言い直させていただきますが。仮に友人がそのような浅はかな真似をしていたなら、たしなめないとなりません。さあ、どの友人がそのようなことをしたとおっしゃいますの?」


 ベラは会場の令嬢たちを見て、モゴモゴする。ゾーイの友人はそれなりの身分の者だ。面と向かって糾弾するのは勇気がいるだろう。


「仮に、誰かがそういった行為に及んだとして。自業自得では? あなた、婚約者がいる男性に色目を使っていらしたでしょう? ああ、そう、あなたの後ろにグルリといる取り巻きさんたちのことよ」


 ゾーイの切り替えしに、会場のざわめきが大きくなる。


「そうよそうよ。泥棒猫のくせに。盗人猛々しいとはこのことですわ」

「髪だけじゃなくて、頭の中もピンクね」


 誰かのつぶやきが、思いのほか大きく響いた。

 ベラはさっと青ざめる。


「えーい、黙れ。そなたの、そういうこざかしいところが、うんざりなのだ」


 グスタフが腕を上げ、キッとゾーイをにらむ。グスタフの言葉がグサリと突き刺さる。


「こざかしい」


 確かに、その通りだ。勉強ばかりで頭でっかち。恋なんて、大学に合格するまでお預け。そう言ってたけど、本当はモテなかっただけ。がりがりガリ勉女は、色恋の対象に入らない。


 進学校でも、カースト上位の華やかグループは、恋も勉強も両立していた。

勉強しかよりどころのない、こざかしい陰キャだった。でも、オシャレもお化粧も、合格してから。大学デビューって決めてたんだもの。おじいちゃんの年金を無駄遣いするわけにいかないもん。


「ゾーイ、泣かないで」


 ふっと隣から声が聞こえる。

 ゾーイの手に真っ白なハンカチがそっと渡される。


「兄上、なぜゾーイをこんな公衆の面前ではずかしめるのです」

「エーミール殿下」


 ゾーイは驚いてエーミール第二王子を見上げる。


「さあ、ゾーイ。もう出よう。こんな話は、父上と宰相を入れてするべきだ。学園の夜会で、見せ物のように行うべきことではない」


 エーミールはニコッとゾーイに笑いかけると、流れるようにエスコートした。


「皆、夜会を台無しにしてすまないね。あとのことは王家と宰相が話し合う。君たちは、気を取り直して夜会を楽しんでくれ」


 エーミールが華やかな笑みを浮かべると、女生徒たちから歓声が上がる。


「エーミール、ゾーイ、待て」

「兄上、茶番はもう十分です。父上がお待ちですよ」


 エーミールはグスタフを冷たくあしらうと、ゾーイを連れて足早に会場を出る。


「ゾーイ、ごめんね。兄上があんなことをしでかすなんて。僕は止められなかった」

「いえ、いいのです。いつかはこうなる運命だったのです。グスタフ殿下は、こざかしいつまらない女はお嫌いですから」


 ゾーイはすっかり、前世の陰キャの呪いに侵された。カースト上位には、無条件で卑屈になってしまう、アレだ。


「ゾーイ、真剣に聞いてくれる?これから父上と話し合いになるんだけど。兄上は王位継承権を剥奪、もしくは順位を大幅に下げられると思う。ゾーイの父君、宰相が怒っているからね」

「ああ、そうですわね。そうなりますわね。グスタフ殿下は、なぜこんな悪手を取られたのでしょうか」


「それはこれから調べるんだけど。それでね、兄上が王太子にならないなら、次は僕だ。ゾーイ、僕はどうかな? 僕を選んでくれないかな?」

「はえ?」


 混乱のあまり、おかしな声が出て、ゾーイは咳払いをする。


「えーっと、それはどういう?」

「兄上との婚約を解消して、僕の婚約者になってください。僕と一緒に国を導いてほしい。僕、ひとりでは不安だから」

「よ、喜んで」


 ゾーイの中の陰キャが歓喜に打ち震えている。こんなキラキラ王子に、告白されるなんて。ん? これは告白か? 政略か?


「急に僕のこと好きになるのは難しいと思うから。ゆっくり恋人になろうね。僕もまだよく分からないし」

「はい。あのー、他にもいい条件の令嬢はいますが」

「宰相の愛娘で、王妃教育を受けている公爵令嬢。ゾーイが最適じゃない」


 それは、そうだった。


「いや、そういうことじゃないな。ごめん、やり直させてください」


 エーミールはさっとゾーイの前に跪き、ゾーイの手を取った。


「結婚するなら、ゾーイみたいな人がいいなとずっと思っていた。でも、ゾーイは兄上の婚約者だし、僕はしがない第二王子だから。まさか兄上が自らゾーイを手放すなんて。バカな兄上。つまりね、政略もあるけど、本当に僕はゾーイがいいんだ」

「す、好き、ということでよろしいのでしょうか」


「す、好き、ということです。えー、好きです。僕の婚約者になってください」

「嬉しいです。ありがとうございます。よろしくお願いします」


 今度こそ、ゾーイは心の底から喜んだ。


 初カレです。異世界転生したら断罪されたけど、キラキラ第二王子の婚約者になりました。


 ゾーイの脳内には、蝶々がヒラヒラとはためいている。完全にお花畑である。


 初カレ、いえ、初婚約者。あ、違ったゾーイにとっては二番目の婚約者。でも、いいの。うふふ。いや、ちょっと待って。おじいちゃんと、アキちゃんはどうするわけ。あちらの体はどうなっているの? えっ、トラックにひかれた?


 夢見心地から絶望に。ゾーイの心は乱高下。そうこうしているうちに、ひときわ豪華な部屋に着いた。奥の椅子には国王陛下と、宰相であるゾーイの父親。ふたりとも、表情には何も出ていないが、どんよりとした空気が部屋にただよっている。


「ゾーイ」


 父はゾーイの姿を見ると、パッと立ち上がった。


「ひどい目に合わせてすまなかった。大丈夫か?」

「大丈夫です。エーミール殿下が助けてくださいました」


 父がゾーイを抱きしめる。ゾーイの心に、父への愛情が浮かんできた。そうか、ここにも家族がいるんだった。


「グスタフ殿下が妙な女にたぶらかされて、おかしなことになっているのは分かっていた。婚約解消を陛下と話し始めていた矢先に。まさかこのようなことをされるとは」

「ゾーイ、愚息がすまなかった。もっと早く決断するべきであった」

「陛下、もったいないお言葉でございます」


 ゾーイとエーミールはソファーに隣り合って腰かける。


「これから、あのピンク令嬢と骨抜きになった殿下たちを調べるのだが。ここまで大っぴらに茶番を披露されてしまった以上、グスタフ殿下の王位継承権は下げざるを得ない」


 父の言葉に、陛下がため息を吐く。


「王太子はエーミール殿下ということに。そして、ゾーイがエーミール殿下の婚約者となる。それが、一番おさまりがいい。エーミール殿下はゾーイがそれでよければと仰せだ。ゾーイ、どうだ」


 ゾーイは父と陛下、次に隣のエーミールを見た。


 私に、できるだろうか。王妃教育は長年受けてきた。日本では死ぬほど勉強した。でも、まだ小娘。社会人経験はなく、官僚にも、政治家にもなったことはない。知識はそこそこあるけれど、実務経験はいっさいない。アルバイトもしたことがない。近所の小学生に家庭教師をしてお小遣い稼ぎをしてはいたが、それぐらいだ。まっさらで、ピヨピヨのひよっこ。


 エーミールが王になるのは、いつだろうか。不測の事態が起きなければ、四十歳頃だろうか。ということは、あと二十年は猶予がある。少しずつ色んな部署で下積み仕事からさせてもらえれば、経験値を積み上げられるのでは。エーミールと一緒に、たくさん学べば、いけるのでは。


 ああ、前世の色んな国の政治や仕組みをもっともっと学んでおけばよかった。いい事例がたくさんあっただろうに。ううん、ダメ、もう手に入らないものにとらわれすぎてはダメ。できないことへの言い訳にしてしまうだけ。今あるもので、勝負する。この世界の賢人の知恵を学べばいいのだ。先人の積み重ねた発見を学び、そこに自分の考えを少しずつ乗せればいい。巨人の肩に乗るのだ。エーミールと一緒に。


 ゾーイは、一瞬の間に考え、詰めていた息をゆっくり吐いた。生徒会の立候補演説のときの武者震いがよみがえる。ゾーイは思いを告げる。


「エーミール殿下と共に、国を導きたいと思います」

 三人はホッと表情をゆるめた。


「お願いがございます。王妃教育は受けたものの、私はまだ知らないことが多すぎます。現場百回と申します。国の現状、問題点を今のうちに身をもって学ばせていただけないでしょうか」


「よくぞ申した。ゾーイ」

「腕利きの護衛をつける」

「僕も一緒に行くからね」


 重苦しかった部屋の空気が一掃され、未来に向かって明るい道が見えたような気がする。日本のことは忘れないけれど、ここに来てしまった以上、ここでできることをしよう。ゾーイは決意した。


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