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戦慄の未来  作者: 彰一
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戦慄

雨の日曜日。ジトジトとした梅雨空の下、何故か哀しげな父親と少女がトボトボと歩く。豊島パークと言う古ぼけた遊園地(古ぼけていても客入りは何故か上々の地方の遊園地だ。)

の一角の姿だ。そんな姿を誰しもが横目にもしない。ただ一人の男を別にして。

 その男は、少女を睨めつけるようにして、眺めている。いや、睨むというより、恨めしそうに。

 その男のそばを、これまた哀しげな母親と男児の一組が通り過ぎる。今度は母親を恨めしそうに眺めながら、男は何かをブツブツと呟いている。男児が、そっと母親の元を離れた瞬間だった。男は急にこう叫んだ。

「我こそは偉大なる神なり!」

 そう高らかに宣言し、男は砕け散った。周囲の何もかもを巻き込みながら。少女も父親も、もちろん母親も男児もだ。狂っていた。猟奇的であった。そんな行為が平和と言われるこの日本の惨状として刻まれる事件である。

 翌日のニュース。どの報道もこの一件だ。テロなのか、はたまたイカれた奴の犯行か。警察は、現場の惨状を見て何もつかめていない。死亡者数十人、重傷者百三十人、その他負傷者数百人。かろうじて分かったのはそういった事だけだ。現場付近は酷い有様だったようだ。公安と科学捜査研究所が動き始めた。最近のニュースでは、遺伝子操作組み換えで再生可能な人間を造る事を科学捜査研究所が進めていると、報道されていた。道徳心の塊の人間たちのデモ行進が日に日に高まっていた。その行進が、暴動になるのは、この日本でも時間の問題だった。

「そんな技術大丈夫なのか?」

「人造人間ができて危険ではないのか?」

「映画やアニメの中だけの話じゃないの?」

そんな声が大多数の世論であり、安全の認識はないようだ。しかし、科学の進行は止められなかった。科学捜査研究所は、より一層の再生可能な人間を造る事の研究を進めた。

 数年後、世論や民意の範疇を無視し、政府が科学捜査研究所の全面的支援を約束した。時の総理大臣の演説である。

「私たちの平和は、単なる穏やかなる平和だけの平和で良いのでしょうか。そろそろ人類は次の段階へと進むべきなのではないでしょうか。日本はまだまだ世界各国に比べて遅れている。古い頭脳や考えはもはや通用しません。AIの進化、SNSの繁栄、仮想通貨の発展。挙げればキリがない。私達が優れた人類の一歩を進もうではありませんか。」

 さあ、国民のブチ切れる音が、聞こえるではありませんか。政府は何をトチ狂っているのかと。暴動が、音を立ててそこまで来ていたのであった。

 ある晴れた日。とてつもなく高く青い空が広がる中、開発中のビルの前を学生の集団が歩いていた。

「なあ、昨日のニュース観たか?」

一番前の男子が聞いた。すぐ後ろの男子が言う。

「俺はニュースなんか興味はないね。どうなろうと昨日の日本代表と韓国代表の試合のほうが気になる。あのオフサイドは微妙だし、PKになるのはどうだかなあ。しかしあの解説者のうるさいのはどうにかならないのか・・・」

「もういいよ。おまえはどう?」

斜め後ろの男子に言う。

「俺は観たぜ。総理の演説が胡散臭かったな。」

「だよな。あんなんじゃ、どうなっちまうんだ?この国は。このままでいいのか?」

「でも、どうしようもないんじゃね?俺らがどうのこうの言ったってどうなるもんじゃなくねぇ?」

「それじゃダメだろ。誰かが声を挙げなきゃ。俺はやるぜ。今すぐにでも。」

「おい、正気かよ・・・」

 そう言いかけたのも遅く、次の瞬間、

「政府の決定には不満だ!皆、続け!」

 皆呆気に取られている。なんだこいつは?そう言いたげである。

「何なんだあいつらは・・・。全く。まあ、一枚撮っておくか・・・」

開発中のビルの向かいから出てきたカメラマンらしき男性が写真を撮っている。そんな風景を見ていた輩が一人二人と集まってきた。

「おっ、そこの人!聞いてくれ!政府のすることにゃ信じられるか?あんたはどうだ?」

「おい、やめろよ・・・」

 カメラマンは止めるのを制止し、

「いいぞ、もっとやれ!」

 写真を撮りながら、囃し立てる。

「ああ、毎日でもやってやる!俺はこの場所でな!」

 宣言通り、この少年男子は、この場所で演説を始める。毎日だ。上手くいくはずがない。すぐに終わるだろう。少年男子の同級生は思ったが、見当違いも甚だしかった。実はあのカメラマン、全国週刊紙の有名なカメラマンだったのだ。日毎に演説の客は増えていった。

 その後、演説会は数万人の規模まで膨らむこととなった。カメラマンの協力もあり、会場もそれらしい場所を確保できた。少年もカメラマンも気分上々だった。だが、恐ろしい結末を誰も知ることはなかった。人というものは恐ろしく訳の分からない生き物だったのだ。

 午後一時半。いつもの調子で演説を始めた少年は、軽快に話し始める。

「政府のやることは、筋違いであり、危険なものとなりかねない。人は一生を懸命に生きる事こそ人生だと思うのです。」

 そう自信たっぷりと言う少年はまさに生き生きとしていた。青春の真っ只中と言っていいだろう少年の一挙手一投足に歓声が上がる。そんな少年をカメラマンも誇らしく見つめていた。

「私は今、宣言したい。平和とは・・・」

一瞬、少年の声がくぐもった気がした。いや、気がしたのではない。くぐもった。次の瞬間だった。少年の口から鮮血が迸った。まさに文字通り、鮮やかな血が。そして、スローモーションのごとく倒れていった。会場一同が、そして何よりカメラマンの心情に戦慄が走った。のも束の間、前から一人ひとり倒れていくのが見えている。何が起きている?そう考えている間にも人が倒れていく。次はお前の番だと死神が言っているような気がした。胸に苦しさが込み上げてきた。胃酸が逆流するような感覚。血を吐いた。意識が飛んだ。倒れた。

 この惨状は戦慄とともに国内を、そして世界を駆け巡った。無情にも、また皮肉にも科学捜査研究所が捜査を始め、ウィルスによるテロだと断定された。現場の少年の遺体から謎のウィルスが発見され、そのウィルスをばら撒いた犯人が背後にいたことが分かり、公安部の捜査で明らかになった。犯人の所属する宗教組織心理学会は犯行声明を発表した。

「人類の発展を止めるものは排除せねばならない。例え同胞を除くことになっても、私たちは歩みを止めることはない。」

 それから、ウィルスは瞬く間に世界に広がった。インフルエンザやコロナウィルスよりも毒性は強く、人口減少に歯止めが利かなくなるほどの毒性を持っていた。

「兄貴、俺はもうだめだ」

瀬戸雄一はもとは勝気な少年だった。それが、このウィルスのせいで弱気になっている。

「兄貴、兄貴があんな演説をしなけりゃ、何か変わってたかなあ。」

瀬戸雄一はあの演説をしていた少年の弟だった。少年には野球選手という夢があった。伝説の名選手大谷翔平に並びたい、あわよくば、越してやりたいという夢が。少年本人だけでなく少年の家族までもウィルスは猛威を振るった。そして、

「あなた、私ももうじきそっちへ行くわ。正と一緒に待っててね」

こちらは、あのカメラマンの家族だった。息子の正君も夢はサッカー選手だったそうだ。平和と呼ばれる日本国が、中南米やアフリカ諸国の国かと思うほどの病原菌の汚染に襲われた。

数年後、科学捜査研究所は再生型人造人間ヒューマノイドを造り出し、増加の一途を辿ることとなる。科学捜査研究所長の弁。

「我が再生型ヒューマノイドAISEは文字通り再生できる人間として進化させた新しい人類です。捜査官、自衛官等兵隊としての役目を担うのに最適な運動能力を持ち合わせます。テロ対策や、戦争犯罪に対し、有効な戦力となるのは必至です。」

とのことだ。

AISEとして生まれた子供達は、マザーコンピューターの管理の元、成長していく。人間でいう親と学校の教育の両端を担う。だが、自我を持った人間と同様、AISEの子供達は、マザーコンピューターの管理に疑問を持ち始めた。

AISE特別支援高等学校(名ばかりの学校)寮生の田中瞳は、憂鬱な空を眺めながら歩いていた。何故自分は生まれたのか。最近、そればかり考えている。将来、どうなっていくかも分からず、人と同じような思春期と言うやつを謳歌していた。けれど、自分はどこか特別な存在だと勝手に思っている。AISEとして、優秀な成績を維持してきた。でも、何か違う。自分は普通の人間ではなく、ヒューマノイドとして生まれた。硝子の十代を複雑な心境で生きている。人間ならば何を思って生きるだろう。堂々巡りする思考に嫌気がさして来た頃、突然目の前を女が立ちはだかった。その女は、学校の中でマザーと呼ばれる存在だった。AISEでも人間でもない。コンピューターの存在のはずだ。見た目は80代の老婆だった。そんな女が何故こんな所、こんな時に現れたのか。そんな事を考える暇も与えられる事もなく話しかけてきた。

「お前は2年5組の田中だな。良い眼をしている。」

「何の用だ?」

瞳は咄嗟に言った。瞳にとっては、コンピューターなど、興味はない。いや、忌み嫌っている。人間の世界が作り上げた物など、吐いて捨てるべき物だと思っているのだ。自分と同じように。

「まあそんなに邪険にするな。お前にある提案がある。」

提案?なんだそれは?そう言おうとした。いつの間にか後ろに立たれた。

「何を驚いてる?私は造作もない事をしている。」

それはそうだ。コンピューターだからな。そう思った瞬間、突然戦慄が走った。

「また驚いたな。それも造作ない事なのだが。」

何だこいつは?一体何だというのだ?

「お前は入学して二年も経つというのに、何も知らないのだな。私の事など。」

確かに何も知らない。マザーと呼ばれ、コンピューターとして生きている存在ということだけだ。

「それはそうと、提案を聞きたくはないのか?」

有無を言わせない口調だった。

「早く言えば?私はどうせあんたから逃げられないんでしょ?」

瞳は言った。

「ふっ、よくお分かりのようで。提案というのはだな」

マザーは後ろを向きながら言った。

「お前に人間どもに復讐の機会を与えてやろうと思ってな。」

復讐?瞳は怪訝な顔をした。確かに人間という物を忌み嫌ってはいるが、復讐などとは考えもしていない。

「いや、私に復讐の機会を与えて欲しいのだ。」

瞳の思考を読み取ったかの様な返答だった。

「何故?それを教えてくれてもいいでしょ?」

「よし。いいだろう。お前に真実を教えてやろう。その真実に向き合えるかどうかだが」

そしてマザーは語りだした。ヒューマノイドとマザーコンピューターの誕生の秘密を。

十七年前。科学捜査研究所と政府は遂にマザーコンピューターとヒューマノイドの開発を成功させた。そして、政府の人間たちは、マザーと呼ばれるコンピューターを日本国の手足のごとく使った。そしてマザーと政府はあるヒューマノイドを生み出した。

「それが、お前の両親だ。」

「だから何なの?」

瞳は難なく言ってのけた。マザーは驚いていた。

「お前を生み出した人間どもに鉄槌を下したいと思わないか?」

「別に?」

また、瞳は言ってのけた。平然と。なぜなら、両親というものが、名ばかりの存在であるとともに、最近、人間というものに、忌み嫌いつつも、そう捨てたもんじゃないと言う出来事があった。思春期の真っ只中、恋愛と言うものを知ったのだ。このヒューマノイドの少女は。それは3か月前の事だった。雨降る夜の2時過ぎ。瞳は野良猫を保護していた。近所の河川敷で人間の少年、福山浩二と出会った。

「ニャーン」

瞳には警戒心を抱かずすり寄っていく野良猫。瞳には本能的に警戒心を持たせない何か不思議な力があった。だが、一人の少年、福山浩二は違った。

「おい、そこで何をしてるんだ?」

突然、後ろから声をかけられた。

「あんたこそ」

「シャー!」

野良猫は人間には警戒している。

「俺はただの暇つぶしだ。」

「じゃあ、向こう行って。」

瞳は興味なさげに言った。

「そう邪険にするなよ」

「別にそんなつもりは・・・」

少年は瞳の言葉など遮っていた。ふと猫に近寄り、そっと手を出した。するとさっきまで警戒していた野良猫が、すり寄っていた。瞳の感情は不思議と驚きに満ちていた。動物が心を開くのは、自分だけだと思っていたのに。少々悔しさもあったが、不思議とこの人間の少年に興味を抱いていた。

「あんた、名前は?」

瞳は滅多に見せない笑みをちょっとだけ覗かせながら聞いた。

「トム・クルーズ」

「は?」

あっけなく滑ったジョークに一瞬時が止まったかのようだったが、次の瞬間瞳は吹き出した。お互い笑い合っていた。もう、この人間に対する警戒心は無くなっていた。今まで、両親共々忌み嫌っていた人間を、ちょっとは見直す事にした。それからというもの、この少年とは、度々出会いを重ねている。もう、互いを浩二、瞳と名前で呼ぶようになっていた。たまにジョークでトム、と呼ぶ。そうすると、マリーとか、時にはジョセフィーヌとか呼ばれることもあるようだ。そんな思春期の甘い初恋を、マザーと呼ばれる得体の知れないババアコンピューター(特別支援高等学校生徒内での通り名だ)なんかに邪魔される訳にはいかない。マザーの落胆ぶりも見て取れる。

「お前は成績優秀で従順で人間などには靡かないと思っていたのだが」

瞳はマザーの管理下に置かれているがこの時思った。初戦はコンピューター、情報網には限界があり、生き物の不思議な力には及ばないのだと。

「あんた、いったい何するつもりなの?」

「ふっ、お前は知らなくていい。というかお前はもう用済みだ。」

マザーはそう言うと姿をきれいさっぱりと消した。瞳の心の中に嫌な予感だけを残して。

 次の日、いつものように寮から学校に登校した。校門の掲示板に人だかりができていた。

「おい、来たぜ」

同級生の男子が、瞳を発見し言った。

「お前、一体何したんだ?」

「何が?」

「これ、見てみろよ」

張り出されている紙切れをのぞき込む。

停学処分。下記の者、1年間の停学処分とする。その期間内、反省の色が見られない場合、退学とする。2年5組 田中瞳。

は? 何? どうすればいいの?

瞳は動揺して困惑した。いや、困惑してる場合じゃない。トボトボと踵を返し、歩き出した。これからどうしよう。どうすればいい?自問自答ばかりが堂々巡りした。寮に戻る気にもなれず、浩二と出会ったあの近所の河川敷にいつの間にか来ていた。そこには運がいいのか悪いのか、浩二と野良猫がいた。

「あっ、どうしたんだ?キャサリン?こんな時間に」

相変わらず冗談交じりでいう浩二に瞳は事情を説明した。何もかも打ち明けた。自分が普通の人間ではないことも。今、何もかも話せる、信頼できるのは、浩二だけだ。そして、浩二は、ものの見事に信頼に足る人物だった。

「そうなのか。まずはマザーと言うのを何とかしなきゃ・・・」

「うん、そう。何とかしたいの。力を貸してくれる?」

「でも、何かいい案を考えないと・・・」

その時だった。学校内しか現れないはずの存在が、急に現れた。戦慄の予感とともに。

「反省の機会を与えてやろうというのに、何を企んでいる?」

マザーは堂々と勝ち誇ったように笑いながら立っていた。

「あたしなんてもう用済みなんじゃなかったの?」

「そう思ったんだけどね。反省の時間を与えてやろうと思ってね。」

瞳は思った。そんな心根があるのなら、そのままにしてほしかった。

「でも、人間なんかとつるむとは、私は思い違いをしていたようだ。」

「何を言ってるんだ。彼女は君の何なんだ。いい加減にしろよ。」

浩二は怒りをあらわにしていた。ヒューマノイドと呼ばれる子供たちと人間をどこまでも馬鹿にしている。そう感じた。

「まあ、勝手にするがいい。たかが人間に何ができるか、見ものだからな。」

そうマザーは言って姿をさっと消した。その場には、風に舞う花だけが残された。

「どうする?これから」

「寮に戻る。そして学校に戻る。」

「でも、マザーはきっと監視してるよ。」

「ええ。今もね。でも、私達には何もできないと思ってる。所詮はね。でもこのままじゃどうしようもないわ。寮にあるパソコンを取ってくる。そして学校のある人に協力を仰ぎに行ってくるわ。あなたはどうする?ここからは危険かもよ?」

「もう後戻りはできないだろ?」

「そうね。わかった。」

そう言って、二人は歩き出した。さっきまで晴れていたのに急に雨が降り出した。黒い雲が立ち込めていた。

 二人は濡れながら寮へと戻った。シャワーを浴びてTシャツにジーンズに着替え、ひとまずパソコンを立ち上げた。瞳はカチカチとキーボードを打った。浩二はそっと覗き込んだ。メールの様だ。

「先生、今回の様な事になり反省してます。どこかでお会いしたいのですが。」

送信ボタンを押した。5分後、瞳のスマホが鳴った。返信があったようだ。

「今日の午後5時。シャメルで。」

今はまだ昼の1時だ。とりあえず二人は食事をとることにした。瞳は簡単な料理なら作れる。それでも、立派な親子丼を作った。掻き込むようにして胃に入れた。そして今度は、同じ寮内の別の部屋をノックし訪ねた。寮は3階建てで、階段を使って2階へと上がった。瞳の部屋は1階の1号だから分かりやすい。

「入って。いらっしゃい。」

出迎えたのは、瞳の気の強さとは反対の雰囲気を持つ少女だった。どこか大人し気の、それでいておしゃべりそうな感じだ。眼鏡をかけている。

「今日は大変だったわね。」

「ホントよ。全く。あっ、この子はね」

「沙也加です。よろしく。」

「君は、その・・・」

浩二は遠慮がちに言った。

「そうよ。瞳とおんなじ。ヒューマノイド。まさか、瞳に人間の彼氏がいるなんて、隅に置けないんだから」

沙也加が口を膨らませながら言った。

「そんなんじゃないわよ。友達よ。友達。」

こんな他愛もない会話をしている二人だが、のちにマザーと大激闘を繰り広げることになる。浩二はちょっと戸惑いながらこう切り出した。

「君は僕の事どう思う?普通の人間だけど」

「別に?人間だからとか、別にないけど。」

浩二はほっとした。マザーとかいうコンピューターよりよっぽど大人な考えをしているのかもしれない。

「あなたは素直で良い人みたいね。瞳が惹かれるのも分かるわ」

「そんなことより、今後の話をしたいんだけど。」

「そうね。でもマザーは甘くないわよ。シャメルの魔女より。」

シャメルとはメールに出てきた場所の事だろうか。浩二は思った。

「あの魔女よりおばあさんだからね。」

コンピューターにおばあさんも何もないだろう、そう浩二は苦笑した。

「マザーの正体、知ってる?元人間なのよ。言っちゃいけないんだけどね。」

浩二の苦笑を読み取ったかのように沙也加は答えた。

「そう。マザーは人間の意識をコンピューターに投影させたのよ。」

「そんな技術があるのか?」

「うん。科学捜査研究所が作った最高峰のコンピューターよ。まあ、ヒューマノイドなんかができるくらいだからね、そんなの屁でもないわよ」

「さっき、言っちゃいけないって言ってたけど、そんな決まりがあるのか?」

「あるわ。」

沙也加は言った。AISE特別支援高等学校規則にはこうある。学長(マザーの事だ)に関すること、また、学校、職員に関することは一切情報漏洩してはならない。その他さまざまな規則がある。現代ではわからない規則もだ。

「おかげで私もマザーに目を付けられてるでしょうけど。私はこんな学校、くそくらえだけどね。」

沙也加の見た目からしては、過激な言動だ。

「ヒューマノイドとはいっても、マザーに忠誠を尽くしてる訳じゃないんだな。」

「マザーの横暴には科学捜査研究所も手を焼いてるの。研究所だけじゃない。ヒューマノイド全体がね。」

「マザーはもうそろそろ引退間近って訳ね。そこで沙也加に頼みたい事があるの」

「分かってるわよ。ホストコンピューターの暗号化キーと暗号通貨の出所を知りたいんでしょ?でも暗号化キーは2種類あって難しいわよ」

「そっちは手を打ってあるわ。」

「俺はどうすればいい?」

「あなたには、大事な役目があるわ。マザーは人間の手じゃないととどめを刺せないから。」

浩二は怪訝な顔をした。

「これから行く所に行けば、色々分かるわ。」

瞳は意気揚々と言った。

「何処へ行くんだ?」

「シャメル。魔女のところ。早速行くわよ。」

寮を出て、駅へと向かった。安全のために、タクシーを使いたかったが、金銭的に痛いので、バスを使う。どこかにマザーの目が光っている。そう思うとのんきにはしてはいられない。だがもう後戻りはできない。駅の改札付近で振り返った。マザーがいたような気がした。気にせずそのまま電車に飛び乗った。駅の北口を出てさらに北へ。主軸だった県庁のビルが移転してさびれてしまった商店街を歩く。それでも再開発は進み、新しくできた市民会館ホールと百貨店をつなぐ通路を渡りさらに北に進む。うなぎ屋のある辺りの先の路地を左へ。ひっそりとたたずむその店、シャメルはあった。中は喫茶店になっていた。二階は万年筆を扱う文房具専門店がある。その喫茶店は飲み物代+500円でタロット占いをしてくれることで評判の店だ。地下一階はコインランドリーと手相を見てくれる主人がいる駄菓子屋だ。シャメルの女主人は近くの女子高生には人気で、魔女と呼ばれている。辛口だが的確なアドバイスをするのだ。そこで窓際の席に座り、注文をする。

「俺はコーラを」

「あたしはアイスコーヒーを。あと占ってほしいんですけど。」

「あっ、私も。ちなみに私はクリームソーダね」

ちゃっかり沙也加もついてきている。

魔女と呼ばれる女性は、70代前後と言うところか。魔女は静かにうなずいた。

「何を占ってほしいんだい?」

しゃがれてはいるがよく通る声で魔女は言った。

「気になっている人との相性を。あとは未来の運勢を。」

「分かった。まずは手を消毒しておくれ。したらカードを適当に混ぜるんだよ。」

言われた通りにしてカードをシャッフルする。魔女はそのカードを集め一枚ずつ引いていく。ウンと頷き話し始める。

「相性は悪くないね。お互いに素直になれば、いい関係が築けるよ。一人の女がキューピッドになってくれると出てる。今が重要な時期みたいだね。大きな壁が立ちはだかってるようだね。未来が明るくなるかどうかは自分次第だよ。仲間や人を信じることだと思うよ。」

「ありがとうございます。」

「おっ、早速占ってもらってるようだね」

突然30代前後の男性が割り込んできた。その男性は中肉中背のパーマがかった髪形をした人だ。

「先生!」

「よっ!瞳ちゃん。んで、こっちのボーイフレンドは?」

妙に軽々しい声と口調で先生と呼ばれる男は言った。

「俺は福山浩二と言います。あなたは?」

「僕は木村祐次と言うもんだ。瞳ちゃんの担任だよ。」

「ということはこの人も・・・」

「いや、僕は普通の人間だよ。雇われ教師ってやつ。」

「元科学捜査研究所所員なんだよ。」

「それが何でまた・・・」

木村は余計なことを言うなとばかりに冷ややかな視線を瞳に送った。

「色々あってね」

「その色々を聞きたいな」

沙也加は言った。

「好奇心旺盛だね君は。諸刃の剣ってやつなんだが。まあいい、聞かせてやろう」

5年前の事。科学捜査研究所の若手のエリート街道をまっしぐらの木村佑次は、マザーボード管理部に配属された。同じく若手のエリート佐々木裕子も一緒だった。木村と佐々木は、仕事上のライバルと同時に恋人同士でもあった。彼らは結婚の約束までしていた。だが、マザーの魔の手が木村と佐々木の背後まで迫っていたのだ。

彼らの仕事は、マザーのプログラムを管理することだった。木村と佐々木はお互いのため、切磋琢磨しあっていた。そうしてエリート街道を邁進していた。しかし、ある日の事、佐々木裕子は、一つのミスを犯し、重大な事故につながることとなった。ミスのせいでプログラムが誤作動を起こし、暴走してしまった。そして一人の女の子の命が実験と言う名で使われていた事、そして失われたことがマスコミによって世間に明るみになった。世間の目は厳しかった。佐々木への糾弾が始まった。木村は、もちろん佐々木をかばい、奔走した。そして突き止めたのだ。あの事故は佐々木のミスなどではなく、マザーの仕組んだ罠だった。だが、遅かった。マザーの力は絶大で、最早手の付けられる状態ではなかった。世間と、最高裁判所は、佐々木を徹底的に糾弾し、死刑を求刑した。マザーはここで、取引を持ち掛けた。佐々木の命を助ける代わりに、私の野望を遂げる手伝いをしろと。木村はその要求を飲んだ。そして佐々木は命を助けられ、木村はマザーの手足となって現在の学校に赴任することとなった。

「佐々木さんは今は?」

瞳は聞いた。

「私の妻になってはいるが、まだ科学捜査研究所にいるよ。」

次は浩二がこう言った。

「それは好都合じゃないですか。色々と情報が引き出せる。是非とも協力してください」

「簡単に言うな!」

木村は一瞬にして激高した。

「私がどんな気持ちで苦労して取引したと思っているんだ!私の妻がまた危険にさらされるんだぞ」

「す、すみません。ごめんなさい。しかし、マザーのやっていることは横暴すぎますよ。ヒューマノイドと人間を利用するだけして自分の王国を作り上げようとしているに違いない」

「いや、こちらこそ悪かった。いきなり怒鳴ったりして。そうだな。マザーもそろそろ年貢の納め時ってやつだな」

「それじゃ・・・」

「ああ、手伝ってもいい。だが、私の妻を科学捜査研究所から抜け出させる説得をしてほしいんだ。最近、科学捜査研究所から洗脳され始めているんだ。助けるなら今しかない」

「分かりました。お手伝いしましょう。」

浩二は意を決すように言った。瞳も神妙な面持ちで頷いている。

「では明日、科学捜査研究所本部まで同行してくれるな?」

「はい!」

 次の日。科学捜査研究所本部は、移転した県庁高層ビルの隣、県警本部庁舎の裏手にあった。派手派手しさはなく、むしろ地味な色合いの庁舎ではあるが、立派な雰囲気もある。緊張した面持ちで本部までの道中を過ごしていた。そしてついに本部に乗り込むのである。瞳と浩二はどう佐々木裕子を説得すればよいか悩んでいた。どういう切り口で攻めてこられるか分からなかったからだ。とにかく、もう当たって砕けろの精神であった。

入り口で、受付を済ませ、面会者IDをもらう。それを正面玄関前のタッチパネルに入力する。カチリと言う音がして扉を開ける。進んで50mほど行ったころ、上から声が聞こえてきた。

「本日はようこそお越しくださいました。ご用件を承ります。」

「佐々木裕子と面会したい」

「了解しました。正面をお進みください。」

100m進んだところで、

「左に曲がり、305番の部屋でお待ちください」

120歩ほど進むと、部屋にたどり着いた。部屋は意外に快適な造りをしている。応接セットの椅子に腰かけ、5分ほど待ったころ、コンコンとノックする音がした。

「はい、どうぞ」

扉が開いた。そこに一人の女性が立っていた。佐々木裕子である。木村佑次と同じ年で、神はショート、タイトなパンツスーツをはいている。上は白衣姿だ。目鼻立ちの整った顔をしている。

「裕子、元気かい?」

「あなた、何しに来たの?忙しいんだけど」

「君を連れ出す。ここから。」

「何を言ってるの?私は仕事をしているのよ。」

「もういいんだ。マザーなんか気にすることはない。」

「いい加減にして」

裕子は懐に手を入れ、次の瞬間、ピストルを取り出した。ルパン三世に出てくるような、古い造りのピストルだ。そのピストルを佑次に突きつける。

「何をする」

「黙って。こうでもしないとマザーが来る」

どうやら、ここにもマザーの監視の目が光っているようだ。

「黙って聞いて。あなたたちの目的は分かってる。私を連れ戻しに来たんでしょう。そしてマザーを何とかしようと思っていることも。でもあなたたちにできるかしら。」

そういった刹那、戦慄の声とともにマザーが現れた。

「ふっふっふっ。やっぱりここに来ると思っていた。お前たちには失望した。その礼としてお前たちにも失望を与えよう」

そういった後、裕子の手が激しく震えだした。そしてその手にはピストルがしっかりと握られている。裕子の手のピストルが頭に行き引き金を引きそうになった。が、かろうじて、裕子が反抗している。

「あなた・・・」

「裕子!」

佑次は意を決して裕子の身体に飛びついた。銃声が聞こえた。弾が浩二の頬をかすめていった。瞳もその瞬間飛びつき裕子の手を踏みつける。

「痛っ!」

裕子の手からピストルが離れた。浩二もその瞬間を見逃さずピストルの弾を流れるような動作で外した。

「ふっ、モデルガンで練習してたのが効いたぜ」

「何っ。ちっ、まあいい。お楽しみは後に取っておくか」

いかにも悪者の捨て台詞を吐いたマザーはその場から離れ、消えていった。

「ふう。何とかなったようだ。借りができちまったかな」

佑次は言った。瞳と浩二はお互いを見ながら笑っている。沙也加は疲労困憊の様子で椅子に座っている。

「私も、お礼を言わなければ。」

裕子は言ったが、

「まだ早いですよ。マザーはまだ存在しているんですから」

沙也加が口をとがらせて言った。

「そうだな。戦いはまだこれからだ。」

翌日。木村佑次は、暗号化キーの解析を、佐々木裕子は暗号通貨の出所を解析していた。マザーは暗号通貨を使って、中東の国の一部、中国、ロシア、北朝鮮の強硬派グループと関りを持っていた。核武装、戦闘兵器などを買いあさり、日本国の、いや、世界をリードするヒューマノイド大国として潤沢な資産を使っていた。兵器だけではない。電子機器、医療機器、中にはウィルス兵器や大麻なども含まれていることが分かった。この事実を、マスコミにリークした。あと数時間後には号外としてニュースで報道されるだろう。これも一つの攻撃手段だった。週刊決定カメラの編集長小林春樹は、この一報を、親友の木村から手に入れていた。見出しはこうだ。マザーの正体、ついに判明⁉科学捜査研究所と政府の癒着が問題に。

「さあ、これから面白くなってくるぞ。人間の恨み、目にもの見せてやる」

小林春樹は、先のウィルスによるテロの被害者の家族である。そして、同僚で部下だったカメラマンを亡くしている。不幸と言うものは続くときには続くものなのだ。数時間後、号外が配られ、TV各局が一斉に報道に踏み切った。世界各国にまでこの問題は発展し、日本国政府は対応に追われた。1時間後、電話による首脳会談が行われ、総理の記者会見が始まった。記者たちの追及が始まる。

「総理、政府も関わっていたんですか?」

「政府の癒着はどうなっているんですか?」

「それにつきましては、えー、現在調査中でありましてですね・・・」

総理の対応は苦しいものになった。AISE特別支援高等学校にもマスコミの波が押し寄せた。

「学長はどうしているんですか?」

「生徒たちは?」

学長代理の教頭(ヒューマノイドの下っ端)が、対応に追われていた。

そんな中、木村は、ついに暗号化キーの解析を終えた。これでマザーを引っ張り出せる。そしてとどめを刺し、マザーの封印を進めるのだ。それで、平和が保たれ、また平和の国と呼ばれるはずだった。

さらに翌日の事だ。戦いに休みなどあろうはずもなかった。瞳、沙也加、浩二は、マザー封印の訓練に追われていた。食事、風呂、トイレ、睡眠の他はすべてその訓練に費やされた。日本国には、独立の訓練組織が設立されており、テロ対策ユニットと呼ばれている。

「封印の訓練は生半可なものではない。ましてや相手は生身の人間ではないのだからな。」

有名なアニメの隊長にそっくりなこの教官は姫島公明と言った。歴戦の強者で、先のテロでも生き残った経験を持つ。瞳達は姫島教官にボロボロに訓練されるのであった。

1週間その訓練は続いた。その期間、不思議なことに、マザーは音沙汰なしだった。いつ暴走してもおかしくはないというのにも関わらずだ。それもそのはず、マザーは怒りのエネルギーを最大限貯めて、人間のドタバタ劇を楽しみながらその根性の悪さを露呈させようという魂胆だった。マザーとの戦いは時間の問題だけだった。

1週間後、教官から休みの指示が出た。激闘の前に羽を伸ばせということらしい。ひとみは早速、浩二をデートに誘おうと、部屋に迎えに行った。ノックをすると素っ頓狂な返事が返ってきた。

「おう、ジョセフィーヌ。」

「そろそろ、寒いわね。そのギャグ。」

「そうか?ごめん。」

 浩二はちょっと落ち込んだ。

「それより、今からどっか遊びに行かない?」

「そうだな。どこ行く?」

「買い物に付き合って。」

 そして二人は駅前のショッピングビルに行くことにした。瞳はバイトなどしたことはないが、両親が送ってくる仕送りの残りがたんまりと残っている。何を買うにも(高級品は別だが)何を食べるにも困らないほどだ。

「今日はあたしが奢ってあげるわ。」

「いいのかな?」

「遠慮しないで。私は遠慮されるの嫌いだから。」

「わかった。じゃ、靴でも見たいな。ボロボロだろ?俺の。」

 確かに、浩二の靴はお世辞にも良いとは言えない。と言うか、浩二はおしゃれというにはほど遠い。まずは靴屋に向かい、コンバースの青のスニーカーを見つけた。

「これがいい。」

「それね。私もそのブランドが良いわ」

 そんな感じで二人のショッピングは進んだ。次に二人は服屋に行った。高校生に人気の服屋だ。そこでステンカラーコートとブルゾンを買った。今の季節は冬だ。師走の十二月である。まだ買い物は続きそうな気配ではあるがちょっと休憩でスタバへ。

「私はストロベリーフラペチーノのチョコチップソース、グランデで。」

「俺はエスプレッソアフォガードフラペチーノグランデ。あっ、栗とほうじ茶のモンブラン、旨そうだな。瞳もどう?」

「いいわね。小腹もすいたし。」

二人は注文を終え、席に着き、落ち着き始める。そしていろんな話をした。趣味は?

「映画かな。カラオケもかな。」

「えー?何歌うの?」

「何でも行けるぜ。ヒップホップからバラードまで。」

「じゃあ、好きな映画は?」

「最近は時代劇アクションが多いな。前は警察ものとか観てた。あと、やくざものとか」

「えー?あんなの怖くないの?」

「ちょっとな。でも、下手なホラーよりはましだな。」

「瞳は?」

「私は・・・」

 突然不意に聞かれた質問に、瞳は戸惑った。何気ない会話のはずだ。だが、瞳は戸惑い、困っていた。私はいったい何をしてきたんだろう。訳の分からないものに悩み、普通の生活と言うものを謳歌できていなかった。ヒューマノイドとして生まれた自分には、何か欠けているのだろうか。

「私より、浩二の好きなドラマの話をしてよ。」

 瞳はたまらず話をそらした。

「そうだな。昔見たのは、医者ものや、ファミリードラマってやつかな。俺は一人っ子だから、憧れるんだ。家族物は。」

「そう・・・わかる気がする。私も家族なんていてもいない様なもんだから・・・。」

「なんか、しんみりしてきたな。やめよう。じゃあ、好きな漫画は?」

 そんな感じの会話が続き、時が過ぎていった。次に行ったのは雑貨屋、書店、映画館、家電量販店のゲームコーナーと周り、レストラン街のラーメン屋へと入った。

「あごだし醤油、大盛!」

「私は野菜増し!」

 二人の声が重なった。二人とも目を丸くして見つめ合った。笑った。大笑いした。まるで、そんなことは初めてかの様だった。そんなこんなで二人のデートは締めくられたのであった。歩き疲れた二人は部屋へと戻り、泥のように眠った。戦いを前にして。

 翌日の事。二人は早朝からテロ対策ユニット本部に呼ばれた。姫島教官は無表情な顔でいう。

「早速だが、瞳、沙也加、浩二の三人には、AISE特別支援高等学校内部のコンピューター機関室に潜入してもらう。浩二は先鋒、瞳は護衛、沙也加は後方支援だ。今回は演習ではない。明らかに危険が伴う。それでもやってもらえるな?」

 有無を言わせぬ口調の問い。それでもこういうしかなかった。

「いまさら何を。覚悟は出来てます。逃げるというなら、昨日のうちに逃げてますよ。」

「ふっ、そうか。ならいい。では、今からまず作戦室へ移動だ。」

 作戦室は2階だ。内部の部屋の造りは長テーブルに椅子があるだけだ。前には大きな液晶ディスプレイがあった。中に入ると、液晶ディスプレイの画面には、どこかで見覚えのある男性が映し出されていた。男性は手を組みながら神妙な顔をしている。

「総理、お待たせしました。」

「うむ。そっちの若者は?」

「今回の勇敢なる兵士たちです。」

「大丈夫なのかね?」

総理と呼ばれたこの男は明らかに不審な顔をした。勇敢なる兵士と言っても、いかにもみすぼらしい少年少女ではないかといいたげである。

「ちょっと待てよ。俺たちはちゃんと危険な訓練を受けて・・・」

 浩二は嚙みついた。瞳と沙也加も不機嫌な顔を見せている。

「こら、総理の前だぞ。礼儀を弁えろ。」

姫島が制止した。

「ふははっ。威勢のいい若者だな。多少は使えるということか。」

「何なの?その物言い?むかつくんだけど?」

「そうよ。あんまりだわ。」

 瞳と沙也加も噛みついた。

「おい、弁えろと言わなかったか?総理、すみません。」

「礼儀とマナーも教えておくんだな。」

「あんたにも礼儀を教えたいね。」

「皮肉を言ってる場合か。」

 姫島は説教を始めそうな体制になった。

「お前たちは、このお方を何だと思ってるんだ?」

「知らなーい。このおっさん何なの?あたし知らなーい。」

沙也加がそっぽを向いていった。

「いい加減にしろ!先に進めんか!」

 総理は頭に来たようだ。総理も人間である。

「コホン、失礼しました。作戦会議を始めましょう。」

 雰囲気は最悪の中、とりあえずは会議を進めることとなったようだ。姫島が言う。

「まずはとにかく、マザーコンピューター内部の侵入が第一だと思われます。総理。」

「そうだな。科学捜査研究所、そして関わりのある特別支援学校は潰してしまいたい。」

「ちょっとまってよ」

 瞳と沙也加が素早く反応し、牙を剥いた。ヒューマノイドらしき反応の速さで。

「あたしたちはどうなる訳?どういう処遇になるの?」

 瞳が聞く。総理の冷酷な対応に明かに疑いを持っている。当然だ。

「君たちの処遇は、考えている。人間と同じ扱いだ。人間として認めようではないか。」

「私は人間になんか興味はないけど、それなりの立場にはしてくれるんでしょ?」

 今度は沙也加が聞いた。瞳と沙也加はいいコンビだった。

「わかった。保障しよう。そちらの若者はどうする?」

 浩二に向けられた言葉だった。

「俺か・・・。俺もそれなりの処遇を求める。まあ、俺自身もそれなりの努力をしなければ

 ならないだろうけど。」

「わかった。君たちの事は私に任せたまえ。では先に進もうか。」

 それから、刻一刻と時間は過ぎていった。まずは瞳と沙也加、浩二の三人は、特別支援高等学校内部への潜入だ。木村、佐々木夫妻、姫島には科学捜査研究所の制圧をしてもらう。同時に無線による連携をとる。そして最終的にはマザーコンピューターの封印をする。倒せればなお良しだ。だが、いとも簡単に倒すことなどできぬほどの激闘に次ぐ激闘が待ち受けているのであった。

 会議の翌日。早速潜入のための準備が始められた。浩二は特別支援高等学校に向かうため、歩みを進めた。電車に乗ろうと駅に入ろうとする刹那だった。嫌な気配と空気が強烈にまとわりついた。次の瞬間だ。

「お前は何を企んでいる?」

 頭の中にこれまた強烈な思念が入ってきた。浩二は必死に正気を保とうとし、何とか耐えていた。浩二は声を振り絞り答えた。

「お前の知ったことじゃない!」

「ふっ、せいぜい強がっていろ。これは最後の警告となるのだ。逃げるなら今のうちだ。」

「黙れ!」

 浩二は気力を振り絞り思念を振り払った。

「我が思念を振り払うとは。人間にしてはやりおる。」

 捨て台詞ならぬ捨て思念を吐き、マザーの声は消えた。浩二の息は荒々しくこう言った。

「何なんだ・・・。一体・・・。」

 同じころ。瞳と沙也加も別ルートで特別支援学校へ向かっていた。浩二と別ルートなのは瞳としては不本意と言ったところだったが、リスク分散のためだと姫島は言った。だが、マザーにはそんなことは通用しなかったようだ。瞳と沙也加の背筋に戦慄が走った。強烈な気配と空気の圧を感じた。その瞬く間にである。

「お前の企みはなんだ?」

 強く思念が割り込んできた。気を引き締め、精一杯に答えた。

「あんたには関係ないわ!」

「気の強い女だ。これは最後の警告だ。最早逃げる気などなかろうがな。逃げるなら今の内

 だ。戦うというなら、覚悟することだな。お前自身の消滅を。」

「黙ってよ!虫唾が走るわ。」

 マザーに負けまいとこちらもさらに強い思念で応戦する。

「お前もか。強気な事だ・・・。」

 捨て思念が消えた。瞳と沙也加もまた荒々しくこう言った。

「何なの・・・。」

 さらに同じ時間帯。こちらは科学捜査研究所班だ。三人は、距離を取りながら歩いていた。

先頭を歩いていた佐々木の前を腰の曲がった老婆が立ちはだかった。その老婆が突如としてこう言った。

「私をどうしようと言うのかね?人間どもの分際で。」

その声には強烈な怒りが感じ取れた。しかもその声には頭の脳の中にも響くほどだった。

「マ、マザーね?」

 かろうじてそれだけを言うことができた。しかし、いかにも焦りが見て取れる。

「裕子。焦るな。気取られるぞ。」

「分かってるわ。」

 木村の一言で落ち着きを取り戻した。冷静に頭を巡らせてはいるが、一向にいい考えが浮かびそうにもなかった。マザーが言う。

「まあ、お前たちがどうするか、見ものではある。楽しみにしていよう。」

 次の瞬間、跡形もなくその場から消えていった。

「消えたか・・・。奴も一応焦っているようだ。」

「そうね・・・。私たちは私たちの出来ることをするまでよ。」

 寒空の下、何気ない街並みの中を歩みを進めた。この先、のどかな春は来るのだろうか。佐々木は寒空に問いかけてみた。もちろん、答えなど返ってくるはずもなかった。佐々木は時々考える事がある。こんな世の中に神はいるのだろうかと。神などいるわけがない。とある同僚は言った。神などいるのならば、不幸に見舞われる訳がないと。だが佐々木はこう考えている。神はいる。神は残酷な存在で、人間に試練を与えているのだと。そうでもしなければ、人間は堕落してしまう生き物だから。試練を与えることで人間に強さを教えてくれる。そうどこかで信じているのだ。だから今回も乗り切れる。この試練を。きっと。だからもう、弱気な考えとは一切合切バイバイした。

 皆、予定外の事があったにも関わらず、ほぼ予定通りに、到着現場に着いた。先の分からぬ戦いがここから始まるのだ。いや、戦いならもう始まっているのか。そんな思考から嫌気が差したころ、戦いへの一歩を踏み出した。

  踏み出した土の感触を確かめながら、皆一歩一歩歩みを進める。とは言え、マザーの支配はそれほど強くはなかった。そもそも、特別支援学校の生徒はマザーを恐れはしているが、敵視している者の方が多い。生徒が襲ってくるというホラーチックなバイオハザードはあり得なかった。一方で、科学捜査研究所が厄介であった。こっちが実にバイオハザードだった。入るなり所員が立ちはだかる。

「お前たち、指名手配の通知が来ている。さっさと降伏しろ!」

「何を言ってる!こっちは総理の命令で来てるんだぞ。」

「やかましい、やってしまえ!」

 その瞬間、バラエティに出てくる追跡者の様な黒ずくめの集団とマトリックスの様なエージェント集団がでてきた。姫島が言う。

「やむを得ん。公務執行妨害罪で死んでもらう。成敗!」

「昔の時代劇かよ・・・。」

 木村が呆れながら後を追う。佐々木も一緒についていく。

姫島は装備しているマシンガンを惜しげもなく放った。所員が倒れていく。その次の光景が

しつこいようだがホラーなバイオハザードだった。倒れたはずの所員たちが次々と立ち上がる。遺伝子操作か、科学捜査研究所のやりそうなことだ、姫島はそう思いながら手榴弾を取り出した。姫島特製の威力倍増の物だ。精一杯降り投げ、相手を吹き飛ばした。所員は文字通り吹き飛んだ。そうしながら次々と先に進む。あとから所員が続々と襲ってくる。

「きりがない!無視していくぞ。速く!」

「分かってら!」

そんなこんなでどうにか所長室のコンピューターまでたどり着いた。

早速コンピューターを起動。解析した暗号を入力し、マザーのバリア反応の解除を行う。

「ここをこうして、暗号は、passkord31882456・・・、解除。」

一瞬鈍い音がして、解除できたようだ。

「さあ、今度は浩二たちの番だ。」

 祈るように木村は呟いた。

 浩二は学校の門にいた。今頃瞳達は裏手の門にいるはずだ。

「・・・気を付けて・・・」

 遠くからかすかにそう聞こえた。確かに瞳の声だった。

「ああ!大丈夫だ!」

 大声でそう返した。きっと大丈夫だ。そう自分にも言い聞かせた。そして一歩目を先に出した。ドキドキと鼓動が高鳴る。きっと今頃木村たちがうまくやってくれている。そう自分を励ましていた。道中道中、励ます自分に何をやってるんだと活を入れたころ、後から瞳達が現れた。

「浩二!」

「ああ!いくぞ!」

いわくつきのぞっとするようなマザーコンピューター室に着いたのは、十分後だった。恐る恐る慎重に歩いたからか、意外にかかった。扉は厳重な鍵がかかっていて、そう簡単には開きそうにはなかったが、姫島特製の時限爆弾装置を設置した。訓練で叩き込まれたのだ。危険物取扱者免許を取得する以上のスキルがあると姫島は得意げに言った。時限爆弾装置は3分後に設定した。

「ふっ、愚かな真似をしおって・・・」

 しゃがれた老婆の声がした。マザーだ。もう、バトルは始まっていた。

浩二たちは急に重圧を感じ、前のめりになった。

「小童ども。私をどうするつもりだ?」

「うるさい!」

「浩二・・・!」

「耐えろ!」

 浩二は考えた。何とか時間稼ぎをしなければ。そう思いながら耐え続けていた。浩二は、さっと身をひるがえした。歯を食いしばって。こういう時の為の奥の手に姫島はまだ用意した物があった。閃光弾だ。閃光だけではなく、爆音までついた特製品である。しかしあくまで音と光だけである。だがそれなりに威力はある。実際効果はあったようだ。浩二はその閃光弾を発動させた。その刹那、つんざく光と轟音がとどろいた。

「グァッ!」

マザーは目をやられていた。まさに奥の手が功を奏していた。マザーの弱点は光だった。それも束の間だった。

「くそっ、許さん!」

 今度は老婆の声なんかではなかった。おぞましい男の声だった。だがマザーの放った声だということはすぐわかった。さっきの重圧とは数倍強烈なプレッシャーを感じ、床に叩きつけられた。

「ぐうっ!浩二・・・。ギギギ・・・」

「瞳、沙也加、くそっダメか・・・。」

「瞳も浩二も何とかしてよ・・・ググ・・」

万事休すかと思ったその時だ。扉が爆発をした。やっと時限爆弾装置が作動した。ふっと、身が軽くなる。ふと扉に目をやる。残骸と煙が漂っている。


         






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