隣人と会った
「三田、早く宿題出せ。テストの点が高くても内申下がって勿体無いぞ」
現代文教師であり、自分のクラスの担任である吉田にいつものお叱りを受けていた僕はこれもまたいつものように
「はい。すみませんでした。早く出します」
と反省してるふうに答えて職員室を出た。
「奏、お前ホントに宿題出さないよな、勿体無い」
「それ先生にも言われたから言わんでいい」
と職員室の外で僕を待っていた友達の翔がからかうのを軽くあしらい僕らは帰路に着いた。
やはり家はいい。自分の家だと言うだけで無条件に落ち着ける。僕の他に誰もいない家を見てそんなことを思った。僕は高校に入りアパートで一人暮らしを始めた。生活費は親が払ってくれているし、それとは別にバイトもしている。僕は一般の高校生と比べたらお金に余裕があるほうかも知れない。一人暮らしは一年前に父に相談したら許可してくれた。そんなんでここは完全に僕専用の家なのだ。
そうして僕がくつろぎながらゲームをしていると玄関のチャイムがなった。心当たりがなかったので何だとインターホンを覗くと二十代ぐらいの男が立っていた。
用件を聞くと隣に引っ越してきた挨拶らしい。ドアを開けて面と向かうと自分より大きい背丈の割に威圧感がなくそしてなにか不思議な感覚がした。男は礼儀正しく高校生である僕にも敬語で
「隣に引っ越してきた白上優です。これからよろしくお願いします」
と菓子折りを渡してきた。感情のこもっていない声だった。僕は先ほどの不思議な感覚の正体に納得した。彼はおそらく他人に興味がないのだ。
彼にとっては今もただ形式的に引越しの挨拶というタスクをこなしているだけであり、僕が誰であってもタスクの遂行に関係がないから年下だとわかっても敬語をやめないのだろう。
「こんにちは。三田奏です。よろしくお願いします」
僕も形式的な挨拶で返すと彼が黙りこくったまま立ち尽くした。
―はぁ?何か変なことしたか僕。そっちが形式的に済ますからこっちもそうしたのに、想定外なことしてこないでよ。待ってホントに僕変なことしてないよな?―
と僕は半ばパニックになりながら恐る恐る
「あのどうかしましたか?」
と聞くと
「あぁいや、すいません何でも無いです、、、それじゃあ、あの、部屋戻りますね」
「あぁ、はい」
彼も焦ったように答えるので何が起こったのか僕には分からなかった。何だったんだ本当。
そうして新たな隣人の来訪は終わった。
白上さんが隣に越して来てから一ヶ月が経った。
形式的であった出会いとは裏腹に僕と白上さんはそこそこ仲が良くなっていた。
白神さんは大学生でよく朝の家を出る時間が被っていた。そこでゲームの趣味が似通っていることが分かり、今ではたまに白上さんの部屋にあがり一緒にゲームしている。あの挨拶の時感じた白上さんの他人への興味が無さそうというのは偏見だったらしい。今では白上さんは僕に対してタメで話してくる。
今日も白上さんと一緒に新作の2人用ゲームを遊ぶ約束をしている。学校から帰ってきて自分の荷物だけ置いてすぐに白上さんの部屋を訪ねる。すると白上さんがドアを開けて入れてくれる。白上さんの楽しそうな顔を見るに相当新作ゲームを遊びたかったようだ。2人でゲームに集中すること2時間、区切りの良いとこでまた明日となった。
「いやぁ、名ゲームですね」
「本当にそう、まじで明日楽しみ」
「あのシーンとか絶対伏線になりますよね」
こうしてゲームをやり終えたあとにする少しの雑談でも白上さんとは気が合い、居心地が良かった。何気なく白上さんのことで気になっていたことを話題提供のつもりで聞いた。
「そういや白上さんって何で引っ越してきたんですか?大学3年生だし前から一人暮らしではあったんですよね?」
白上さんの基本的なプロフィールを知ってから何となく不思議に思っていたことだった。
別に特別知りたかったわけではなかったがただ話題の一つとして相手の事を聞くというコミュニケーションの基本の「き」のようなことをやっただけなのだ。それに対して白上さんは少し驚き、そしてその後少し口角を上げて答えた。
「付き合ってた人と一緒に暮らしててすごい大好きだったんだよ。
それでその人のこと殺しちゃって、そのままその部屋に住むのはなぁって思ったからここに引っ越してきた。」
彼は答え終わったあとも微笑んだまま僕の反応を楽しみにしているようだった。
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モノ脳です。拙い文章ですが続きも不定期に投稿するので見ていただけると嬉しいです。