3 初出勤
お久しぶりです。暫くいろいろと忙しい日々が続いておりまして投稿が遅れてしまい申し訳ありません。またのんびりと更新していきますので読んで頂けると幸いです。
「おはようございます」
この駐屯地では官舎も敷地内にある。通勤時間は僅かに数分である。士官用官舎は原則として駐屯地外にあるのだが、ここは街からは遠く離れているのだから仕方ない。街の近くの森で魔獣が出るのは稀だが人里離れたこの辺りは大型の魔獣が多い。塀沿いには大型の魔導砲が設置され、万一襲撃を受けても撃退できるようになっている。
付官室に入ると当然のことながら昨日帰ったままの状態であった。転属したてで右も左も分からない。しかし、司令が来るまでは仕事がないのである。ひとまず執務机に座ってみる。特に代わり映えのする部屋ではない。作り自体は標準的な付官室だ。壁や机上に置かれた魔導ランプ、応接セット、そして壁際にぎっしりと並んだ書類棚。書類棚には過去の報告書から最新兵装の仕様書まで何でも揃っている。その分書類棚は巨大である。司令はまだ来ない。連絡会議まではまだ時間がある。昨日は挨拶と簡単な業務説明のみで帰ったため、仕事もまだない。ともすれば、目の前に積みあがった宝の山を眺めるなら今しかない。ミューラーは図面を眺めながらしかし急速に過去に沈降していった。
彼が物心ついたころ、新型の戦闘車が投入された。それはそれまでの戦闘車から飛躍的に性能が上がっていた。国中が新型に熱中し、彼もその中で機械に興味を持った。やがて彼は技術に興味を持ち、帝都にある帝立魔導学院へ進学した。卒業後彼が士官学校へ入校した時、彼は18歳であった。戦闘車に憧れていた彼はもともとは技術士官を目指していた。しかしながら爵位持ちの武家である彼の実家は彼が平民出身者がほとんどを占め、さらには武功とも縁の遠い技術士官となることを嫌がり、技術士官になるのならば貴族籍は抜かないまま勘当し、支援は一切しないと通告してきた。士官学校では学費は無料、全寮制、そして少額ながら給与の支給もあった。しかし、貴族籍があるだけで会合等多額の費用を要し、学生の給与のみではどうしようもない。成す術のない彼は技術士官を諦め、戦闘車部隊の士官を選んだのであった。士官学校を卒業し、陸軍士官となった後、彼は実家と距離を置き、しかし跡継ぎを手放したくないミューラー家は彼が家を離れることを拒否し、結果彼は未だにフリッツ・フォン・ミューラーを名乗っている。
流れる思い出を振り払い、目の前の図面と仕様書を読む。呪縛のような思い出だがこうやって戦闘車に携わっているのが彼の最大の幸福であった。それだけできればあとは何でも良かったはずだった。いつからだっただろうか、彼は出世に憑りつかれていった。
「随分と熱心に読んでるな」
背後で声がした。
「おはようございます、司令」
「好きなのか?」
「はい」
「そうか。邪魔をして悪いが連絡会議の時間だ」
連絡会議は連隊司令部に各大隊の司令が集まり、命令下達などが行われる会議である。通常は付官は出席しないが司令が休みとなると付官が出席することとなっていることや重要な会議には付官も参加することから、付官や司令が交代すると付官を伴って出席することが定められている。そしてこれが終わると彼の付官としての激務が始まるということでもある。
図面を片付けていると
「なんで図面なんか見ていたんだ?しかも汎用型。見るにしてももっと面白いものがあったろうに」
「この型は新型機という風に認識しているのですが」
「うちが実験集団であることは昨日話しただろう?」
「これよりもさらに新型があると……?」
「プロトタイプ、だな。そいつのいわば原型機だ。もちろん新機能の試験機も存在している」
そんなもんの図面もあるのか……
「付官室の書類棚にはありとあらゆる書類が詰まってるからな。まあすぐにその棚のことは嫌いになるよ」
まあ、書類の相手は嫌いじゃない。人の相手をするよりも余程やりやすい。
隣を歩く司令を盗み見る。相変わらず表情はない。本当にこの人は何を考えているのだろうか。捻くれた態度を取っている自覚はある。不快だった。全てが不快だった。何がかは分からない。しかしまたそれが不快だった。
連隊本部の会議室で行われた連絡会議は特に何もなく終わった。下達事項の殆どが出撃命令というのは衝撃であったが全て魔獣対処命令であった。やはりこの周りには魔物が多いらしい。
帰り道、司令は何もないかのごとく言い放った。
「今回下達された掃討作戦、指揮官はお前だ。実戦経験は無いようだが幕僚に立案と編成を手伝ってもらうと良い。今から幕僚と会議して編成案等を決める」
「しかし……」
「何事も経験だよ。これしきの出撃が怖いならここから出て行け」
「……承知しました」
「ああ、それと、部下の犠牲を前提とした作戦は論外だ。今回は掃討作戦とはいえそこまで高等な知恵を相手ではない。この程度で、死傷者を出したらそれなりの処分は受けてもらう」
「承知しました」
初出勤で初陣が決まるとはね……