2.着任挨拶ーミューラーの場合
本部庁舎を教えられたとおりに進んでいくと連隊司令室と書かれた部屋があった。
「第83大隊司令付、陸軍少佐フリッツ・フォン・ミューラー、入ります」
申告して入ると、執務机の向こうで連隊司令が不動の姿勢で迎える。執務机の前へ進み、敬礼して着任を申告する。
「帝国陸軍少佐フリッツ・フォン・ミューラーは8月15日付で第83大隊司令付に上番します」
再度敬礼すれば着任の申告は終わりである。
「よろしく頼む。まあ、堅苦しいことは終わったから少し話そう」
そう言って連隊司令は応接セットへ向かう。
「飲み物はコーヒーでいいかな?」
「はい、ありがとうございます」
椅子にかけると連隊司令がコーヒーを持ってやって来た。
「まあ、楽にしてくれ。私が第八戦闘車連隊司令、コンラート・フォン・ヘットナー少将だ。あなたにとっては思うところが多いとは思うがこれからよろしく頼む」
言外に左遷を揶揄されているように感じる。
「こちらこそよろしくお願いします」
湧き上がる嫌悪感と不快感を押し殺した声がやや平板になったのはどうしようもないだろう。左遷には何を言っても良いとでも思ってやがるようだ。ヘットナーは少し黙して、しかし何事もなかったかのように話し始めた。
「さて、まあ知っているかもしれないが8連隊の役割を少し説明しておく。主な任務は国境警戒とアルヴァーラ大樹海及びワーレン地方丘陵域の魔獣への対応だ。どちらも近くの歩兵連隊との共同任務だが、魔獣に関してはうちで対応するのは主に大型の魔獣だ。小型でもあまりにも大群の場合はうちも出撃することがある。あとは軍道の整備があるがこれは大したことじゃない。あとは座学と整備と訓練だ。あとはあなたの配置される83大隊には特別な中隊を一つ抱えているがまあそれは大隊司令から説明をもらってくれ。何か質問はあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか。ああ、そうだ。官舎の鍵は大隊司令に預けてある。あとはこの駐屯地内のことは大隊に行ってから教えてもらってくれ」
「承知しました」
「では、今日からよろしく頼む。今日は一通り着隊挨拶が終わったら帰って良いぞ。司令にはそのように伝えてある。では、下がって良い」
「承知しました。帰ります」
ミューラーは部屋を出ると談話室を探した。暫く歩くと談話室、と書いた小部屋があった。
「何が行けば分かるじゃ」
独りごちつつ壁際の椅子に腰掛けた。しかし、エルネストが現れたのはそれから30分も経った後であった。
エルネストに連れられて83大隊に移動する。
「ここが83大隊司令部、少佐が今日から配属された所になります。そして、そこが少佐の執務室になります。今は空室になっております。前任から申し送り書は預かっておりますので少佐がお戻りになったらお渡しします。執務室の鍵は司令からお渡しすることになっております。では、行ってらっしゃいませ」
「急にかしこまってどうしたんだ?」
「私は幕僚であり、付官の部下であります故。正式に着任された今、小官と付官は上官と部下の関係にありますので」
付官とは司令官付の略称である。
「そういうことか……」
にしてもやりづらいことこの上ない。まあでも勤務上は仕方ないか……。
「では、行ってきます」
先程と同じ事だ。着任挨拶なんてどこに行っても同じ、一種の儀式なのだ。同じように着任を申告する。
「第83大隊司令、ランブレヒト・フォン・デュッケ中佐だ。これからよろしくお願いします。さて、これがあなたの部屋の鍵だ。必ず部屋を開けるときは鍵をかけてくれ」
「承知しました。しかし、なぜです?」
書類棚の認証が厳重なのはどこでも一緒だが、部屋自体がここまで厳重に管理されているのは珍しい。
「この連隊や大隊について連隊司令からはどの程度聞いている?」
「主任務が魔物対処と国境警備であるとのみ伺っています。詳しい事は大隊司令に伺えと言われました」
「そうか。この連隊について何か調べてきたか?あるなら教えて欲しい」
これはなんだ?左遷先なんて調べてないだろうという嫌みか?
「アルヴァーラ地方の守備と国境警備が主任務だと伺っています」
「他はあるか?語弊があるとか、言いづらい噂とかでも結構」
「ではお言葉に甘えて。他部隊で奇人変人と言われる人が送られて来ると伺いました」
「なるほどね……この部隊の最大の役割は特殊車両の運用だ」
「はい?そんな話は聞いたことないのですが……」
「極秘だ。8師団関係者以外誰にも何もしゃべることは禁じられている。配属者を調べたんだろう?佐官以上の士官の出入りが極端に少ないことに気づかなかったか?」
「そこまでは見ておりませんでした」
「この連隊で扱う車両は特殊仕様のものが多い。極秘技術を実地で試験しているような感じだ。その中でも更に最新型を卸されて最初に耐用試験に就くのがうちの835中隊だ」
「知りませんでした」
そらやけに厳しいわけだ。
「知られたら困るからな。まあ、目につかない程度には隠せているようで良かった」
しかし、それならなぜ左遷先がここなんだ?
「では何故私はここに送られたのですか?」
「知らん」
「は?」
「お宅の前の司令の頭なんて覗いたことないから知らん」
「はあ……」
「見込みがあるからと送られてきたと思ったら処理に困った変人をに送って来ることもあるからな。どのパターンかまでは私は知らぬ。ただ、ここに配属されたということは恐らくここに山のように居る奇人変人をまとめて相手出来るということなんだろうなとしか分からん」
「承知しました。失礼しました」
「不承不承といった感じだな。まあ良い。ああ、それから官舎の鍵だ。荷物は部屋にある。今日はもう帰っても良いぞ。上からそう言われてる。質問はあるか?」
「いいえ、ございません」
「では下がって良い。明日は朝礼までには出てきといてくれ」
「承知しました」
「ああ、そうだ、そこの扉は付官室と繋がってるから次からここの部屋の出入りはそこからで良いぞ。そうだ、帰りもそこから行って自分の部屋でも見ていけ。自分の執務室を与えられるのは初めてだろう」
そう言ってデュッケは横の扉を指した。折角なので直通扉から退室する。
付官室の中は司令室を一回り小さくしたような構造であった。部屋中を埋め尽くす巨大な書類棚、本棚には恐ろしい量の書類が詰まっていた。そういえば、
「すまんエルネスト」
同期を待たせっぱなしだった。
最後までお読み頂きありがとうございます。前話から2週間もたってはいませんが上がったので投稿させて頂きました。
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ではまた次回お会いしましょう。