1 着任
「ミューラー少佐、あなたには第83大隊司令付としてアルヴァーに行ってもらう。長い間お疲れ様」
そう言って辞令を手渡した戦闘車第15大隊司令の目には清々した、という色が宿っていたように見えた。特に中隊長になってからは大隊司令と関係が悪化していた。個人的な軋轢や運用上のスタンスの違いにより大隊司令と殴り合いが続いていた。大隊司令は戦闘車の圧倒的な火力、装甲を活かした突撃を好み、ミューラーはそれに対し奇襲や潜伏などの奇策を好んだ。作戦会議や演習の場ではよくこの二人の口論が起きていた。尤もミューラーの突撃も粘り強くなかなか崩せないことで有名であったが。
第83大隊といえば、戦闘車第8連隊最強と名高い部隊である。しかし、第8連隊はくせ者揃いと名高い部隊である。第八戦闘車連隊の属する第8機械化師団自体がくせ者の巣窟とさえ呼ばれ、戦闘能力の高さは折り紙付だが扱いづらさも帝国軍屈指という部隊である。そんな噂に帝国中の奇人変人が送り込まれ、口の悪い者はゴミ処理場とまで言い放つ程癖の強い師団である。尤もそのような性質が機械化部隊という野心的な試みを陸軍本部に決断させたのかもしれない。ここは帝国陸軍唯一の機械化師団なのである。
(ゴミはゴミ箱へ、というわけか)とは口には出さないが正直な思いだ。ミューラーは一礼して大隊司令部を辞した。内示は一月前に来ていたため、既に各方面への挨拶は済ませ、最低限の身の回りの品以外は送ってある。後は彼自身と彼の身の回りの品の移動だけである。それすらも昨日のうちにまとめたため、今日は辞令を受けに来ただけである。ミューラーは中尉として配置されてから20年余りを過した駐屯地を振り返り、深々と一礼して門をくぐった。しかしそこに同期や中隊員たちの姿はなかった。
第一戦闘車連隊はカルダンに駐屯している。カルダンとアルヴァーラは帝都を挟み反対側にある。このためアルヴァーラまでは帝都経由で行くこととなる。昔は徒歩移動だったようだが、錬金術師たちが燃料とエンジンを生み出してからは鉄道が帝都と各軍拠点や鉱山を結ぶように引かれている。人力移動よりも安く速いため軍用として急速に整備された。当初は軍専用線であったようだが今では一部路線が一般にも開放され、主に都市間輸送を担っている。しかし、今でも運営しているのが軍務省であるあたり何かしらの思惑があるのだろう。しかし、管轄が軍務省であるおかげで軍服を着て身分証を出すと無料で乗ることが出来るという恩恵もある。まあ、無料なのは家畜車とも呼ばれる4等車のみであるが。
カルダンを出てから帝都で乗り換え、アルヴァーラまでは三時間の旅であった。アルヴァーラで改札を出ると8連隊の紋章の入った車両が待機していた。そしてその横にいたのは、
「エルネスト……?」
「お、久しぶりだなミューラー少佐殿。ようこそアルヴァーラへ」
カール・フォン・エルネスト少佐。ミューラーの士官学校時代の同期である。
「随分と久しぶりじゃないか。にしてもなんで8連隊に居るんだ?」
「希望してたんだよ、その言い振りだとお前は飛ばされてきたみたいだな。何をしでかしたんだ?お前は面倒くさいし偏屈だし愛想も悪いしとてもじゃないが人好きするような奴ではないがだがそこまで人に嫌われる性質でもないと思うんだが」
「開口早々言ってくれるじゃねえか。奇行が多すぎて指導官にあいつだけは卒業させてはいけないとか言わしめた奴がよく言うわ」
「それが今じゃ幕僚だからな。向こうの司令からだいたいの事情は聞いてるよ。お前さんにはぴったりの大隊だと思うぞ」
「待て、お前まさか……」
「第八戦闘車連隊第83大隊幕僚、帝国陸軍少佐カール・フォン・エルネストです」
「本日第八戦闘車連隊第83大隊司令官付を命じられた、帝国陸軍少佐フリッツ・フォン・ミューラーです」
急にお互い堅苦しい口上を述べどちらからとなく吹き出した。
「堅苦しいのはやめにしよう」
「そうだな。てなわけでうちの司令から同期を迎えに行ってこいという指示で車を持ってきた。悪いが一人着任する度に一人乗りの列車を出すわけにもいかなくてね」
「たしかにこのあたりに山は無いが……」
「うちの駐屯地はアルヴェールの市街地にはないんだ。週末なら専用列車が何本か出るくらい。出ないときは人員輸送車に押し込んで送迎することになってる」
ミューラーの背に嫌な予感が走る。
「まあ、そんな顔しないで乗りなされ。楽しく行こうで」
結局語り合いながらの旅は一時間にも及んだ。
「ここもアルヴェールではあるんだな。広いな」
「アルヴェール市は駅前のあの市街地だけだ。この辺り一帯の地域を指してアルヴェール地方と言うのだがこの辺りは樹海だの国境紛争だので人が住まんのだ。土地が肥沃だから農家は多いが殆どはアルヴェール市の南側だな。そもそもアルヴェール市自体が樹海への前哨基地の門前町から発展したって話だ。だからこの地方には大都市はアルヴェールしかない」
「やけに詳しいのだな」
「図書館で地誌を読みあさったからな」
「いかにもお前がやりそうなことだ」
この同期は恐ろしいほど本好きなのである。学生時代にはポケットに必ず本が入っていたほどである。
やがて目の前が開け、門が姿を現す。
「ここだ。取り敢えず連隊本部行くか」
「頼む」
「まあ、そこなんだけどな」
エルネストは正面の巨大なロータリーの脇の車回しに車を止めた。
「連隊司令室は3階だ。まあ、お前なら大丈夫だろう。入ったら左折して突き当たりの階段を上がればいいよ。私は車を置いてから連隊司令室まで迎えに行く。部屋の近くに談話室があるからそこで待っといてくれ」
「ありがとう。では、また後で」
そう言ってミューラーは車を降り、連隊本部庁舎の戸をくぐった。
「ありがとう。では」
お読み頂きありがとうございます。2週に1本を目標に書いていきます。次回もよろしくお願いします。