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序 司令のある日

「 うん、いやそうはならんだろ」

 私は出勤早々に頭を抱える羽目になった。目の前でニコニコしているのは確かに彼の麾下の第835中隊長。朝一でこのろくでもない日報を提出して大隊司令部を大混乱にたたき落としやがった張本人である。うん、お前、自分が何しでかしたか自覚してないな?

「隊長、気分が優れませんか?今日は休みにして帰られますか?報告なら私が出しておきますよ?」

 余計なお世話である。だいたい、

「私がこうなっているのは誰のせいだと思っているんだ……」

「私のせいですね。差し出がましい事を申し上げました。失礼しました。」

「分かっているのならば言うな。もう良い。下がれ。今日は帰るまでに片付けだけしておけ。」

「承知しました。帰ります」

彼が退室すると隣の部屋との間の扉をたたく音がした。

「第83大隊司令官付、ミューラー少佐、入ります」

「ミューラーか、入れ」

「失礼します」

第八戦闘車連隊第83大隊は、第八戦闘車連隊を構成する4つの大隊の一つだ。通常、戦闘車とは、強烈な魔法や巨大な落石にも耐えうる強靱な装甲と結界をまとい、強烈な魔力攻撃を仕掛けることが出来る車両である。しかし、その運用コストは驚異的で、この第八戦闘車連帯の年間の人件費を除いた整備費だけで小国の国家予算に匹敵する。そんな連隊を8セットも持っていることが帝国陸軍を大陸最強たらしめている最たる理由である。村を襲撃していたゴブリンの大集団が戦闘車の音を聞いた瞬間散り散りに逃げだし、姿を現すと恐慌状態に陥ったという報告もあるほどである。

「司令、何故彼に()()を持たせることにしたのですか?」

「あの男は良くも悪くも型破りだからな。変な玩具は変人に任せるに限る。」

「今のところ悪い面しか見えてこないのですが……」

間違いなくそうだ。だが、

「それはお前の観察不足だな。まあ、悪い面が大きすぎるというのはれっきとした事実だからな。さて、修理申請、頼んだぞ」

「司令、どこに行かれるおつもりですか?」

「ちょっとばかり連隊司令部にな。」

「例の会議ですか?」

「ああ、人事異動の会議だ。上は確実に奴をつまみ出そうとするだろう」

連隊の上の方からはいい加減にしてくれと何度も言われている。そもそも戦闘車連隊所属の者は士官を含め戦闘車連隊を離れることはその機密性と性質故特別な場合を除き、ない。しかも第八戦闘車連隊はその中でもさらに機密性が高いため、希望し厳格な審査に合格した者以外配属されることはなく、また外の部隊に出されることもほとんど無い。それでも奴には左遷の辞令の打診が何度も来ていた。だが、奴は必要なのだ、間違いなく。()()を運用出来る男は奴しかいない。だからこそ少々連隊司令にいやな顔をされても彼をそこに置いておくのだ。


連隊司令部へ向かう道すがら思い出すのは昔のことだ。問題児であった私を何故か可愛がって手元に置き続けてくれた、先代連隊司令であり、現在は帝国陸軍中央軍総司令官を務めるビュルクナー大将。何故彼は私をここに置き続けたのか。手のかかる部下だったはずだ。職業軍人のくせに人と関わるのが苦手で、麾下の隊員や同僚たちと揉めてはビュルクナーが仲裁に入った回数は数えきれない。部下を死なせたことはないが当時もっと脆弱で非力であった戦闘車を無茶な運用の末に吹き飛ばしたことも数知れない。そんな私を何故彼は手許に置き続け、大隊司令にまで取り立ててくれたのか。今なお分からない。だが、手許の問題児は間違いなく優秀な奴だ。何より、()()は彼奴にしか扱えないのだ。何としても守ってやる。


とはいえ、暴れ散らかしている奴の現実は厳しい。配られた資料には案の定その名が載っていた。今度の移動先の案は、

「これはまた……本気で追い出しにかかってますな……」

地方の会計課長ときた。しかも、分屯地が点在しているだけの地方だったはずだ。一応中央軍の管内ではあるが辺境も辺境であり露骨すぎる追い出しである。中央軍の管内に留まったのは他部隊全てに受け入れを断られたと見るべきか。何としても阻止しなければ。

そんなことを考えていたら他の者の話は済み、奴についての会議が始まっていた。

「……彼は出撃や演習の度に多くの損害を出しており、指揮官として不適切と言わざるを得ません。そのような者は指揮権を剥奪されて然るべきです」

連隊幕僚の一人が言えば、

「だいたい、それを放置している大隊司令も如何なものなのか。彼も異動させるべきだ」

と他大隊の司令が言う。こりゃ分が悪い。

「お言葉ですが、彼が扱う戦闘車は特殊な車両なのです。私にも扱いが分からない。だからこそ、彼がその性能、強さを最大限引き出すのを邪魔せぬよう、彼にはある程度自由に運用させております。ここにいらっしゃる皆様におかれましてはこの程度ご存じのことと把握しておりましたが。それに、何故戦闘車部隊の優秀な指揮官を会計に送るのですか?会計には専門の士官がおりますのでそちらを充てるべきかと存じます」

「しかし、最大限の性能を引き出す、と言ったとて壊しているようじゃ何も意味が無いではないか。それも転倒や足回りの破損なら分かるが、先日は整備した翌日に可動部という可動部を焼き切って帰ってきたじゃないか。限界と言うよりは、不必要に負荷をかけているだけではないか」

整備補給大隊司令は流石に鋭い。だが、

「その件に関しては新しいエンジンの限界をテストしてこいという命令だったと記憶しております。だからと言って一個中隊分の人員を連れていって三輌の戦闘車を全員がヘトヘトになるまで交代で乗り回して潰してくるとは思いませんでしたが、車両の状態について精密なデータを回収してきたというふうに認識しております」

噂の遙か上を行く暴れっぷりに流石に会議室がざわめく。

「彼が車両を破壊して帰ってくるのは試験の時がほとんどです。その際には壊れるまでの状況の変化や半壊状況での挙動など、かなり詳細なデータを持って帰っていると聞いています。それに、彼はあの中隊を指揮して数多くの魔物や敵を葬っています。そして、彼の出撃した現場においては魔導隊、歩兵部隊も含めほとんど損害が出ておりません。そのような指揮官の指揮権を奪うのは愚策かと存じます。どうか、うちでしっかりと言い聞かせて面倒を見ますので残してやってください」

そう言って頭を下げる。そこまで見守っていた連隊長が会話に入ってきた。

「もういい、分かった。彼については第83大隊に残すこととする。しかし会計課長の後任はうちから出すことになっている。……」

取り敢えず今回も奴は守れたらしい。後の会議は滞りなく進み、解散となった。


大隊司令部の司令官室に帰ると程なくして副官のミューラーがココアを持って入ってきた。別に彼の仕事ではないのだが、会議から帰ったらココアを淹れてくれる有難い副官である。

「お疲れ様です。修理申請は出しておきました。それと、技研本部から依頼も来ています。また整備補給大隊からの評判が悪くなりましたね。ところで、件の中隊長はどうなりました?」

技研本部とは帝国陸軍総司令部直轄の組織で、新装備の開発を担っている。

「件の中隊長はしばらくはそのままだ。整備補給大隊司令からはだいぶ言われたが。それはそうと、連隊司令から師匠に似てきたなとか言われたんだが……」

「連隊司令はビュルクナー大将が連隊幕僚を務めていた際の大隊司令であったと伺っております」

「そう聞いている。私を大隊司令にしたりここに置いておくためにどれだけ苦労をかけてしまったのやら」

「そう思われるなら働いてください。ワーレン地方の丘陵帯での対大型魔獣作戦への出撃命令が出ています。それからデュメール公国国境での国境警備任務も来週からです。他にもいろいろあるのでそのココア飲み終わったら決裁お願いします」

全くよく出来た副官である。私には勿体ないくらいの。


初めまして。鷳 鹿人と申します。よろしくお願いします。

概要には副官視点の物語と書きましたが、序は司令視点にしてみました。次からは副官視点のお話を軸に進めていこうと思います。

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