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八話 迷い

「今のおめぇはわしのお供の"犬"じゃ!!」


親分は拳を高く上げ、勝利を確信する。


親分の持つ、左手で触れるだけで強制的にお供にする能力。

敵対する相手でさえも一度触れるだけで味方に引き込めてしまうのは、あまりに危険すぎる。

その一撃必殺とも言える左手に触れられたミノルだったが、ミノルの予想外にもお供になることはなかった。


正直、ミノル自身にとっても親分の洗脳能力を無効化出来るとは思っていなかった。

エンプレスから貰った能力『最盛と再生』は回復系の能力。

自然治癒力・あらゆる免疫力を異常な程に高めることが可能だ。

親分の洗脳能力に対して、自然治癒力または免疫力の向上効果で無効化が行えたのだろう。


エンプレスは、親分に触れられたミノルを警戒して距離を取る。

ミノルは洗脳されていないのだが、そのことにエンプレスは気づいていないようだ。


「お供……?鬼火纏いの凛が何故私達に対して能力を使うのか分からなかったが、なるほど。親分とやらの能力で洗脳されているのか。ミノルも今洗脳されたのか?」


「おめぇ、銀髪のべっぴんさんも頭が切れるみたいやのぉ。なら、今のこの状況がでーれーピンチなのは分かっとるじゃろ?」


「私は女帝エンプレスと言うが、べっぴんさんとはどういう意味だ?」


「ハハッ……おもれーやっちゃのぉ女帝エンプレス。女としての価値がたけぇちゅうことや」


口角を上げ、余裕ぶる親分。

親分はエンプレスの方へ身体を向けており、後方には全く意識を向けていない。

親分も、ミノルへ使用した洗脳能力が不発していることに気付いていなさそうだ。


(チャンスだ……洗脳が効いているフリをして文楽に近付けるぞ。文楽に触れて能力を発動すれば洗脳を解除出来るはず……!)


ミノルの回復能力は、一度使用してから再度使用可能となるまでには5分程のクールタイムがある。

能力を使うために後5分の時間を稼ぐことが文楽を救う為の必須条件だ。


「おい!キョウコ、りんご、ミノル!銀髪のべっぴんさんと、その後ろにいる奴らをぶち殺せ!!もうお供は充分じゃ」


「うち、太もも怪我してるから無理だし!!」


キョウコは座り込み、親分の指示に対して動こうとしない。

親分の命令の強制力にも限度があるのかもしれない。


(一旦親分の命令に従って、エンプレスに襲いかかるフリをしながら打開策を考えるか……?)


「キョウコ……怪我しとるってそうやったな……ミノル!さっき見てたがおめぇの能力、怪我の治療が出来そうな能力じゃろ?キョウコの怪我を治せるか?」


親分が会話を振ってくれている。

いいぞ。時間を稼げるチャンスだ。


「……怪我は治せる。ただ、次に能力が使えるのは7分後だ」


本当は後4分ほどで再使用が可能だ。

隙を作るために、盛って伝えておくのが良いと判断した。


「7分か……じゃあコイツらを片付け終わる方が早そうじゃの。ミノルはキョウコの隣で待機じゃ」


基本的には命令に従うフリをしつつ、親分の隙を伺う。

言われるがままにキョウコの隣へ移動する。

キョウコの太ももに負っているダメージは思いのほか大きかったようで、キョウコは傷口を抑えて悶絶した表情を見せている。

羽根はダラリと下向きに垂れており、背中からブランケットを掛けている体調不良者のようにも見えそうだ。


「ミノルっちに付けられた傷を治してもらうなんて……情緒が追いつかなさすぎてウケる笑」


「……僕だって治したくない」


キョウコはミノルに対して複雑な心境を感じているようだが、ミノルもキョウコに対して複雑な心境を感じていた。

ミノルの考えでは、文楽や一般人に対して容赦なく攻撃を仕掛けるキョウコは、ただの異常者だと思っていた。

しかし、一般人に攻撃をする異常行動も親分に指示されて行っていただけの可能性がある。

仮にキョウコの洗脳を解いたとして、素のキョウコが異常者であれば元も子もない。


辺りに爆発音と聞き間違えるほどの大きな衝突音が響き渡り、思考が掻き乱される。

何が起きた。

音の発生元に視線を向けると、エンプレスと親分&文楽が戦っていた。

エンプレスは明らかに防戦一方に見える。

文楽は、エンプレスの頭上に車を1台出現させて落とすのを何度も繰り返している。

新たな車を生成すると落とした後の車は消えるようで、1台落としては消え、また1台落としては消えるのを繰り返している。

親分は車を躱した後の隙を虎視眈々と狙っている。

攻撃対象が僕であったならば、対応できずに殺されていただろう。


(まだだ……能力の再使用までの時間が足りない。エンプレス、何とか凌いでくれ……)


親分が攻撃の手を止め、声を荒げる。


「りんご!あんまり派手な攻撃はやめぇ!車の落下音を気にした近隣住民達が集まってきよる!」


周囲を見ると人がちらほらと集まってきていた。

スマホをこちらに向けている人も見受けられる。

車が落下するたびに誰かの叫び声が響いたり、削り取られた山を見てざわつく人々。


親分は、スマホを向けている人の元へ駆け出し、喉元に右腕を突き刺した。

そしてそのまま大型の魚を釣った時のように高く掲げて周囲に見せびらかした。

刺された人は、即死はしていないとはいえ呼吸が出来ないようで、苦しそうに親分の腕にしがみついている。

親分も異常すぎる。

自分が何をしているのか理解しているのだろうか。

異常者の思考が全く分からない。


「おめえら。こうなりたく無かったらこっち見てねえで失せろ!!」


辺りから悲鳴が湧き、人々が逃げ惑う。

親分は刺していた人を放り投げ、スマホを踏み付けて破壊する。


周囲が気になるが、今は文楽を救う為に冷静に分析を行うのが大事だ。

親分が突き刺していたのは右腕。

そしてその右腕が鋭い刀のように変化していた。

親分の能力の全景が分かってきた。


・右腕を刀に変化する能力

・左手で触れた相手を自身のお供にする洗脳能力

・お供に出来るのは犬・キジ・猿の3体

・お供毎に固有の能力を付与出来る


例えばキジ(キョウコ)だと、鳥のような羽と鉤爪を持っていた。

猿(文楽)にも猿固有の能力を持っている可能性が高い。


「ミノルっち回復まだ〜〜?」


キョウコがミノルの肩を揺する。


「……後5分で治せるよ」


誇張して伝えているが、実際は後2分ほどで能力使用可能だ。


辺りから一般人達のざわめきが消え、周囲の音が良く聞こえる。

親分&文楽とエンプレスの静かな戦闘音に、川のせせらぎ。

前日の雨の影響で川の水位は上がり、流れも普段より速いため、せせらぎというには少し騒がしく感じる。

その騒がしいせせらぎの中に男の微かな呻き声が混ざっているように感じた。


──男の呻き声?

周囲を見渡すとおっさん犬が倒れていた。

仰向けのおっさん犬を中心として、アスファルトに血溜まりが広がっていた。

十中八九誰が見ても、助かる見込みがないと感じるであろう出血量。

このままの状態だと数分も持たずして死んでしまうだろう。


ミノルには警察や自衛官みたいな「一般人を救う・守る」といった高尚な精神は持っていない。

ミノルは単に、自分の好きな人を救いたい一心で戦っているのだ。

しかし、救える人を救わずして文楽の前に立つ資格はあるのか。

これはミノルの自論だが、文楽に相応しい男とは、他人に優しく、困っている人間へ手を差し出せる男であるべきだ、と考えている。

心の安定と強さを持っていなくては、文楽の隣を歩くのは許されない。


──先におっさん犬を救うべきだ。

後少しで回復能力が使用可能となる。

おっさん犬に対して能力を使用して治療を行う。


ミノルがあれこれ考えている時に、キョウコが甲高い声で話しかけてきた。


「にしてもあのエンプレスって人、よくもまあ二人を相手にあそこまで耐えられるね」


親分と文楽の連携が甘いとはいえ、エンプレスは一人で猛攻を躱し続けている。

何らかの武道を嗜んでいるのか、別世界とやらでの戦闘経験が豊富なのかは分からないが、身のこなしが素人のそれではない。

サラっとバク転をこなし、銀色のロングヘアーが流れるように舞う。

あまりの優雅さに見惚れてしまいそうだ。

フィギュアスケーターの美しい滑りを想起し、戦闘中であるにも関わらず見入ってしまう。

隣に居るキョウコは、気の抜けた声で「すごっ」と言葉を漏らしている。


「どうした親分とやら。私に一度も攻撃が当たっていないが、手加減の必要はないぞ?……”親分”如きの肩書きが”女帝”の肩書きに叶う訳がないのだから、不服に思わなくても良いんだぞ?」


「おめぇは自称女帝じゃが……舐め腐りおって……埒が明かん。おいりんご。さっき山に撃った”あれ”をエンプレスに撃て」


親分は怒りを明らかに抑えられていない様子で、般若の模様が入ったジャージを脱ぎ捨てた。

親分は汗を掻き、息も切れている。


「えっ!津彦さん、それは流石に出来ないよ!ママも巻き込んじゃうし!!……ってあれ、ママがいない」


エンプレスの後ろにいた、文楽の母親と友達の佐藤ミカちゃんの姿は無くなっていた。

恐らく先ほどの一般人達に紛れて逃げたのだろう。


「ほう、面白い。リンの能力は想像力次第で強くなる。山を削り取った創造がどんなものなのかは見てみたいな……やれ!!リン!!」


「いいからりんご、早く撃てや!!」


親分とエンプレスに囃し(はやし)立てられる文楽。

親分が囃し立てるのは分かるが、エンプレスが囃し立てているのはよく分からない。

エンプレスが囃し立てているのは何か考えがあってのことだろうか。


「分かった分かった、撃つけど!!溜めるのに時間掛かるからね!!」


二人の大人に言いやられた文楽が両手を合わせると、小さな黒い玉が出現した。

初めはビー玉程の小さな玉だったが、徐々に大きくなっていく。

全員が黒い玉に注目する。


──ミノルのただ一人を除いて。

ミノルは全員の意識を縫って、おっさん犬の元へと移動していた。


「『最盛と再生』発動ッ!」


瀕死のおっさん犬に対して能力を発動する。

白く眩い光がおっさん犬を包むと、みるみるうちに傷が塞がり、青白かったおっさん犬の顔が生気に満ちてきた。

ミノル自身の怪我を治した時よりも眩しい光を放ったことから、治すダメージが大きければ大きいほど光量が増えるみたいだ。

10秒ほどで治療を終え、おっさん犬の肩を揺する。


「大丈夫かおっさ……おじさん!!」


身体を揺すってもおっさん犬は目を覚さない。

脈拍は正常で呼吸もしている。

ひとまずは大丈夫だろう。

間に合って良かった。


問題は親分の方だ。

命じられていたキョウコではなく、おっさん犬を回復させた。

命令に背いたことで洗脳能力が効いていないことが親分にバレた。

般若の表情を浮かべる親分を見れば、バレていることなど一目瞭然だ。


「おいりんご、ミノルに向かって撃て。エンプレスより先にぶち殺したる」


文楽は完全に親分の言いなりだ。

照準をエンプレスからミノルへと切り替える。

山を削り取る威力。

そんなものを食らえば回復する間もなく消し炭になるだろう。


「親分、戦闘中によそ見とは余裕だな。私の世界では貴様の様な油断した人間から倒れていったぞ」


「ぐッ……ガアァアアアアアア!!!!」


親分が左腕を抑え込み、その場に蹲る。

エンプレスは蹲った親分を見下ろしながら不敵な笑みを浮かべている。

驚いたことに、親分の隣には体長2mを超える巨大カマキリが立っていた。

虫嫌いが見たら卒倒するだろう。


「私はこの世界へ来て知ったのだがこの生物はカマキリと言うらしい。花の下の葉や茎でジッと隠れて蜜を吸いに来た昆虫を、カマのような前あしで捕らえるんだと」


「う、腕がァアアァアアアアア!!!!」


状況から察するにカマキリの鎌で挟まれるか噛みちぎられるかして、左腕をもがれたのだろう。

今の左腕の状態では、左手で他人に触れることすらままならないはずだ。


「ここに来る途中に川辺でカマキリを見つけて捕まえてきたんだ。ハリガネムシに寄生されたカマキリは、操られて川に飛び込んでしまう。だから川辺にいるカマキリは大体寄生されていることが多いらしいぞ」


「な、何を話してる……ハァハァ……りんご!!コイツ……エンプレスを撃て!!」


エンプレスは親分を挟んだ文楽の対角線をキープするように動いていた。

文楽は親分を巻き込んで”山を削り取る創造”を撃つことが出来ないらしく、その場をうろうろとしていた。


「親分、貴様は寄生虫だ。お供などと称してリンや一般人を洗脳し、自分の駒のように扱う寄生虫だ。私の理想とする能力とは程遠い」


「…………」


「初撃で首を狙わなかったのは、せめてもの優しさだ。そうだな……今すぐリンともう一人の洗脳を解けば逃してやろう。5秒数える間に洗脳を解かなければ、次は首を噛みちぎるぞ……カマキリに噛みちぎられるハリガネムシとは何とも面白いなフフッ」


「……黙ってりゃごちゃごちゃ話すやっちゃのぉ、耳元で虫がぼっけー飛んどるかと思うたわ。カマキリを殺せばもう攻撃できねぇじゃろ」


親分は右腕の刀をカマキリに向かって振りかぶる。

しかし、カマキリは目にも止まらぬ速さで刀を躱し、鎌のような大きな両手で親分の右腕から胴体にかけて挟み込んだ。


「グッ……グオォオオオオオ!!!!」


「フフッ神に祈るなら今のうちだ……カマキリは神の使いとも呼ばれたりするようだから、きっとカマキリが神に伝えてくれるぞ」


ミシミシと親分の骨が軋む音が響く。


「……と、解いた!!洗脳を解いた!!だからカマキリを止めてくれぇ!!」


文楽とキョウコが、何かの糸が切れたように意識を失いその場に倒れた。


「文楽!!!!」


文楽を案じてそばへ駆け寄り、状態を確認する。

良かった。気絶しているだけみたいだ。

どうやら親分は左手で触れなくても洗脳を解除出来たようだ。


エンプレスが能力を解除したのか、カマキリのサイズがみるみる小さくなっていく。

親分は完全に戦意喪失した表情で、血の噴き出る左腕を抑えている。

エンプレスは文楽の元へ移動し、お姫様抱っこで持ち上げた。


「ミノルも無事そうで良かったよ……そうだ、聞き忘れそうだったが親分。貴様は何故リンを狙ったんだ?」


「……別に特別りんごを狙った訳じゃねぇ。能力者なら誰でも良かったんじゃ。偶然お供が能力者を見つけたから狙っただけで、それ以上の意味はねぇ」


どこかの物陰から戦闘を見ていたのか、文楽の母と佐藤ミカちゃんがタイミングよく合流した。

文楽の母に文楽を引き渡すと、おんぶしたままこの場を去っていった。

文楽の母なら文楽を任せても大丈夫だろう。

佐藤ミカちゃんと視線が合ったが、文楽の母に言われるがまま帰っていった。

一言も話せなかったが、後で怪我とか負っていないかを確認するメッセージを送っておこう。

もし怪我をしていても、『最盛と再生』があれば治してあげられる。


「知っとるか?最近、急激に信者を増やしとる信仰宗教を」


「……どの世界にも宗教はあるのだな」


「宗教名は『ソラリス』。その宗教団体の目的は知らんが、そこに能力者を捕らえて売るとな、金になるんじゃ」


親分の話によると、その宗教はいち早く能力の存在に気付き、能力者を集めて勢力を拡大し、信者を増やしているみたいだ。


「なるほど、貴様は人身売買で金を稼いでいたのか。やはり寄生虫だな……では、その宗教団体に私を売ってくれ」


「「は????」」


抉れた山から覗いていた夕陽は再び沈み、夜の帳が下りている。

そんな暗くなった街中に、親分とミノルのリアクションが響き渡った。


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