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三話 タイムループ

朝のニュース番組で流れていた、ドロスの脱獄の速報。

それにドロスに殺された筈のママとクロが生きている。

つまりは女帝エンプレスから能力を授かる日の朝に時間が戻った、と考えるのが自然の流れだった。

傷を負った時の痛みの記憶が、この身に起こった出来事の裏付けとなっていた。


「立て続けに意味分かんない事が起きて、中二病から覚めそう……」


今までは、中二病な発言を本気で信じ込んでいたのでは無く、クラスで自分のキャラを立てる為に演じていたのだが、今となってはそれはしがない悩みとなった。


「とにかく……今は状況を整理しよう」


自分の部屋に戻り、”鬼火纏いの燐の閻魔帳”と表紙にメルヘンチックに書かれたノートを開く。


「えーっと、女帝エンプレスについて……能力について……ドロスについて……」


女帝エンプレスに出会ってから起こった事象を覚えている限りまとめる。

給食にボルシチが出てきた事、体操服を忘れた事、クロのおやつを買い忘れた事……忘れ物ばかりしている自分に対して苦笑いする。


「うーん、エンプレスに能力をもらって、私がドロスを倒すのが良いのかな……」


無意識にペンを唇に当てて深く考え込む。

暗闇に笑顔で佇むドロスを思い出し、身震いする。


「ひ、一人じゃ怖くて戦えない……そうだ、エンプレスに頼むのはどうだろう。変な人だけど悪い人じゃなさそうだし、助けてくれないかな……」


第一候補に”エンプレスに助っ人を頼む”と書いておいた。


「後は警察に通報するとか、大人に知らせるとか、ママに家から出るように頼むとかかな……」


「……んご!!りんご!!学校遅刻するわよ!!時間見て行動しなさい!!ママの堪忍袋の緒が切れかかってるわよォ!!!!」


ママの呼び掛けが遅刻防止のアラームとなる。

今は考えをまとめる時間が無いので一旦エンプレスに会う事にした。


--

「ほう、能力を持った脱獄囚が君のママとペットを襲う……ね。それで私に協力を求める訳か」


学校への通学路でエンプレスに会い、河川敷のベンチに連れてきた。

夕方の河川敷と違い、朝の河川敷は爽やかな雰囲気が充満している。


「それで、キミ……いや”鬼火纏いの燐"だったか?この世界にも”能力”を持っている人間がいるとは思わなかったぞ」


「正確に言うと、私は今は能力を持っていないんです」


「今は能力を持っていない……?どういうことだ」


事の成り行きをエンプレスに伝える。

中学生の拙い説明を、頷きながらきちんと聞いてくれる。

伝えたい事を伝え切ったところでエンプレスが口を開いた。


「なるほどな。私がリンに発現させた能力で、記憶だけを保持したまま今日の朝まで戻ってきたのだな」


エンプレスが私に向かって手を差し伸べる。


「つまりは私の能力も把握している訳だ」


問いかけに頷く。

迷いなく手を取った直後、能力が身に宿るのを感じた。


「私の能力『禁断の果実』を発動し、リンに能力を発現させた。ちなみに協力するのは良いが、条件が一つある」


「条件ってなに……?」


「私の目的……それは私が暮らす平行世界、所謂”魔法世界”の奪還だ。その為にリンの暮らしているこの世界で能力者を増やし、私の仲間を増やしている、という訳だ」


近くを通りかかった鳩が首を傾げるような動作をする。

丁度私の心境を表しているようだ。


「平行世界……?私が言うのもなんだけど、エンプレスも中々拗らせてるね」


「ギャグじゃない。それで”鬼火纏いの燐"。キミが私の仲間になってくれるなら、ドロス討伐の協力はおろか何でも協力しよう」


「仲間になります」


「即答ッ!?私から聞いておいてなんだが、良いのか……?その、親御さんとか、学校とか」


「ダイジョブデス」


魔法世界の奪還……能力者達の世界……空想が詰め込まれている世界やシチュエーションで過ごせるというだけで、仲間になるお釣りは十二分にある。

ママには、道端で知り合った銀髪お姉さんとマカオへ八岐大蛇退治をしに行くだの適当言っておけば良い。

勢いよくベンチから立ち上がると、鳩が早歩きで避けていく。


「決まったな!エンプレス!我と共にマカオにゆくぞ!!」


「…………マカオ?」


--

ドロスが自宅を襲うのは推定で夕方である為、作戦会議がてら能力の共有をする事にした。

私の住んでいる地域は、自然豊かでいわゆる山間部と呼ばれる地域だ。

ここは小学生の時に遠足で来た山の中にある、周りが木々に囲まれた広場。

数は少ないがセミが鳴いている。

梅雨が明けて本格的な夏が始まることを示唆しているようだ。

ここの広場は休みの日でも人気ひとけは無く、平日にわざわざ来る人はよっぽどいない。


「うむ。ここなら人もいないし良さそうだな。情報共有といこう。まず私の能力『禁断の果実』は戦闘向きでは無くてな、手に触れた生物の能力を発現させる能力だ」


生物の能力を発現させる能力、確かに戦闘には全く向かなさそうだ。


「対象が人間の場合は発現させた能力が分からない。人間以外の場合は発現させられる能力が私にも分かるが、発現させた後2〜3秒程度で能力を発動してしまう」


人間以外に発現させた能力はエンプレス自身でも分かるが、すぐに自動で発動してしまう。

何の役に立つのだろう。


「人間か人間以外で効果が変わるのは何故かは分からないが、恐らく脳の作りが関係しているんだろうな。

……昔、テレパシーで意思疎通できる猪のような魔獣に能力を使った時は、人間に対する効果で能力が発動した」


テレパシーで意思疎通ができる猪!

一度会ってみたいものだ。


「私の能力はこんなところだ。リンの能力はなんだ?」


「私の能力は『想像と創造』。想像をリアルに変えるような能力だよ」


左手に巻いている白い包帯の色が、虹色となるように想像をする。

色鮮やかとなった包帯を見てエンプレスは疑問を呈する。


「その能力があればドロスを余裕で倒せそうな気はするが、まぁ、本人性能に大きく左右されそうな能力だな」


「むむむ……人とケンカなんてした事ないし、傷付けるなんて想像出来ないよ」


「ドロスと戦った時にリンは、『ドロスを吹き飛ばそうと想像した』と言っていたな。想像だが、もしかするとリンの能力は人体には発動しないのではないか?」


虹色の包帯を外し、もさもさと丸めて制服のポケットに突っ込む。

そして、自分の左手の痣を治そうと想像してみる。


「あ、ほんとだ。痣が無くなるように想像してるのに無くならない」


不意にパキ……と小枝が折れる音がエンプレスを挟んだ先から聞こえる。

足音……人……?

エンプレスも足音に気付いたようで「ん?」と呟きながら振り返る。

バスケットボール選手を思わせる程の長身で細身。

ドロスだ。

警戒心が急上昇し、動悸が激しくなると同時に手足も強張る。

セミの鳴き声やその他の環境音に対するフィルターが掛かり、聴力が狭まる。


「君はドロスか、久しいという程ではないな」


変わらぬ様子でドロスに声をかけるエンプレス。


「貴女は……その腰まで銀色に輝く髪を見てはっきり分かったよ。監房で会ったぶりだね、女帝エンプレス」


お互い警戒も身構えもせず、当たり障りのないやり取りをする。

夏休み明けで、距離感を互いに掴み損ない探り合うクラスメイトの光景が思い浮かぶ。


「その子はなんだい?連れ子という訳でも無いだろう?……力の発現者か?」


ドロスとの距離は5〜6mほど。

エンプレスがドロスに向かってゆっくりと一歩ずつ近づいていく。


「この子は私の仲間だ。それで、少しは考えてくれたかいドロス」


「……申し訳ないが、君の仲間にはならないよ。僕には人を屠る使命があるんだ」


手を伸ばせばドロスに手が届きそうな距離で、エンプレスは止まる。


「その目的はなんだい。ダークヒーロー気取りかい?それとも快楽目的の虐殺かい?私はどちらも否定しないが、理解はできないな」


「僕はこの世界のヒーローだよ。だが女帝エンプレス、君は殺さない。力を貰った恩で見逃してるって訳じゃないよ」


ドロスは能力で爪を伸ばし、伸びた爪をまじまじと見つめている。

私も能力者なので強くは言えないが、爪が目に見える速度で伸びるのは奇妙に感じる。


「僕は恨みが無い人間も等しく屠る。しかし、君に貰った力は君が死んだ時に消える可能性がある。それが君を殺さない理由だよ」


「そうか……残念だよドロス。君ほど合理で非合理を目指す人物は、私の仲間にぴったりだったのだがな。そうだな、一人も殺害せずに今すぐこの町を出るのであれば見逃そう」


話し合いで私の家族が襲われないように誘導しようとしているのが伝わった。

不意にドロスがこちらに視線を向ける。

無表情が笑顔とは違った緊張感を漂わせる。

最近授業で習った『蛇に睨まれた蛙』とはこの事か。

身体がすくんで動かない。


「見逃してくれるんだね!!一人も殺さなければッッ!!」


荒々しく叫び、エンプレスを突き飛ばす。

不意を突かれて反応出来なかったであろうエンプレスは、土と雑草が生い茂る地面へと呻き声を上げながら転がった。

そして狂った形相で私の方へ走って向かってくる。


「リンッッ!!」


先程の視線から、こちらに敵意を向けて攻撃を仕掛けてくることはなんとなく予測出来ていた。

ママとクロの惨状を思い出し、頭を冷静に保っていく。

私が、戦わないと、いけないんだ!


「今からキミに致命傷を与えるッッ!!そして僕がこの町を出た後に死ねッッ!!」


大きく深呼吸をして強張った身体をほぐす。

ドロスに襲われてから今に至るまで、戦略を脳内でシュミレーションしてきた。

その為か、思ったより焦らず身体や頭を動かすことが出来た。


「今だ!!」


発声と同時にドロスの足元にマンホールほどの直径の穴を開ける。

そして、足の踏み場を無くしたドロスは前方に大きくバランスを崩した。


「決まった!!」


戦う意志はあれど殺す意志などさらさら無い私は、ドロスを捕縛するための巨大な虫取り網を創造し、大きく振りかぶる。

が、しかし、ドロスは両足の爪を木の根っこのように張り巡らせて穴の側面に突き刺す。

なんとなく、マングローブを思い出した。


「落とし穴……か」


間髪入れずに手の爪を伸ばして私に反撃を仕掛けてくる。

なんて運動神経と反射神経だ。

かろうじて巨大虫取り網で反撃を防ぐが、後方に大きく吹き飛ばされて尻餅をつく。


「僕のスリッパが穴だらけになってしまったじゃないか」


刑務所で履いていたスリッパだろうか。

自分自身で発動した能力で穴だらけになっている。

穴の上から動く様子は無い。


「大丈夫かリンッ!!」


体勢を立て直したエンプレスがドロスに向かって前蹴りを繰り出す。

と同時に左手の爪を盾の様に形状変化させ、難なく前蹴りを防ぐ。

交戦の隙を見て、エンプレスの数m後ろへ逃げる様に移動した。


「力を持つ者同士の交戦は初めてだが、中々に血が滾るものだ!!ハハハハハ!!人を一方的に痛ぶる以外で、これ程に心が動くことがあったとはなァ!!」


口を大きく開いてゲラゲラと笑うドロス。

同じ人間とは思えない底知れぬ恐怖に対してジワリと嫌な汗をかく。

予告動作も無く、爪の盾の中心から槍の形状をした爪が、勢いよくエンプレスに向かって襲いかかる。

横に倒れ込んだエンプレスはスレスレのところで爪の槍を躱す。

槍は私の眼前で勢いを止めた。


「チッ……射程距離外か……」


爪がドロスの指先に吸い込まれていく。

そして、距離を取るように穴の後ろ側に降り立った。

爪を操作する能力。

攻守万能で想像以上にやっかいな能力だ。

ドロスの苛烈な追撃で、エンプレスとの会話すらままならない。


「リン!!穴を開けろ!!」


唐突な呼び掛けでエンプレスの意図が掴めなかったが、反射的にドロスの足元に穴を開ける。

呼び掛けと同時にドロスは警戒をしたのか跳び退り、開けた穴を回避した。

戦いを楽しんでいるのか、ドロスの口角は上がり切っている。


「よし、避けられはしたが距離は開けられた。リン、私達の前にさっき話していたガラスの壁を貼ってくれないか」


エンプレスの長い銀髪は一眼見て分かるほどに草や土で汚れており、

攻撃を躱して転んだ時なのか、攻撃に掠っていたのか分からないが、エンプレスの腕に傷が出来ていた。


「わかった。でもここからどうすればいいの……」

言われた通り、二人の前にガラスの壁を貼る。

巨大虫取り網は別の創造物を作成したため消滅した。


「ただひたすらに防御を続ければいい!!リン、魔導警護隊を呼ぶ方法は何かないか!!」


ドロスは何かを叫びながら再度爪での攻撃を仕掛けてくるが、全てガラスの壁が防ぐ。


「ま、魔導警護隊……!?警察のこと!?」


魔導警護隊。

聞き馴染みの無い言葉だが、エンプレスが魔法世界から来たとかなんとか言っていたのは本当なのか。


「分からんが、ドロスをこの場から退けたい!!」


「け、携帯……」


狂乱状態のドロスが警察を恐れて逃げるのかは定かでは無いが、今はエンプレスを信じるしかない。

ガラスの壁を貼りながらポケットを弄る。

包帯……家の鍵……

無い、どこにも無い。

そうだ、私は制服を身に纏って学校へ行く途中だった。

中二病発言以外は真面目な私は、学校には携帯を持っていく人間では無かった。


「守ってばかりじゃ僕は倒せないよ!!!」


ドロスは十本の指の爪を融合させ、ドリルのように高速回転をさせながらガラスの壁を少しずつ削っていく。

凄まじい回転と摩擦による音が、辺りにけたたましく響き渡る。

崖っぷちから下を覗き込むような。

大量に出血をした時のような。

血の気の引く感覚に襲われる。

死の危機に瀕して思考停止に陥りかける。


「能力を使えば警察を呼べるかもだけど!別の想像をするとガラスの壁の想像が消えちゃう!!」


「なにッ!能力の制約か!!このままだとドロスに押し切られてしまう……」


視界の端でエンプレスがしゃがみ込むのが見える。

何をしているのかが気になるが、防御に必死で確認する余裕が無い。

ドリルとガラスが擦れ合う音がセミの鳴き声を想起する。

……いや、実際のセミの鳴き声も混じっていた。


「リン……先に謝る!!すまない!!」


セミの鳴き声が近づき、チラリとエンプレスにー目をやると鼻を摘む様にセミを掴んでいた。

そして、ドロスの方へ放物線状に投げた。


「何だッッ!?」


直後、ガラスの壁にヒビが入ってドロスの姿が歪む。

視界が真っ白になり、意識が遠ざかる。

セミがスタングレネードのような爆音と強い光を放つ能力であるのを知ったのは、意識を取り戻した後だった。


「……ン……リン!起きろ!」


身体を揺さぶられ、意識を取り戻す。


「……ん……」


青空と生い茂る木々の葉っぱが見えた。


「目を覚ましたかリン」


不安な様子で私を揺さぶっていたが、意識を取り戻したのを確認すると元の凛とした表情に戻った。


「な、何が起こったの?」


「セミに能力を使い、閃光弾の要領で投げた。ドロスに防がれるのを恐れて詳細は伝えられなかった……すまない……」


身体を起こすと、ドロスが目の前に倒れ込んでいた。


「ドロスは気絶している。今のうちに魔導警護隊……じゃなくて警察を呼んではくれないか」


脱獄囚のドロスを発見した旨を警察に通報した。

直にドロスは逮捕され、刑務所に再度収監されるだろう。

事情聴取を恐れた私達は、逃げる様にその場を去った。


--

警官として数十年間この田舎の治安を守っているが、脱獄囚発見の通報はイタズラの可能性が大いにある。

しかも通報者は、子どもの女の子だったそうだ。

地域巡回中だった私と新人警官が、先行で通報元に向かうと、通報通りに脱獄囚が気絶していた。

当然脱獄囚の情報は警官にも共有されているため一目で脱獄囚本人だと分かる。

周辺には他には誰一人いない。

本部へ連絡を行おうと思ったところ、何を思ったのか新人が脱獄囚に声をかける。

直後、何かが新人の身体を貫いて青い制服にシミが広がっていくのが視界に入った。

間もなく私の意識は眠るように暗闇へ溶けていった。

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