二話 無差別の処刑執行人
女帝エンプレスの能力は既に発動していた。
私の身体や思考に変化が見られなかった為、能力の発動に気が付かなかった。
『能力は教わらずとも手足のように扱える』と言っていたことに納得した。
「どうだリン、どんな能力が身に付いたのか教えてくれないか」
エンプレスはベンチに腰掛け、私の目を見つめる。
「…………」
私の能力は『想像と創造』。
自身の脳内で想像した事象を、現実に反映する能力だ。
つまりは想像力次第で何でも出来る、めちゃくちゃな能力。
能力名は自分では決めてはいないが、元からその名前で定められているような気がした。
「私……我の能力はこれだ」
左手に巻いた包帯を解き、痛々しい火傷痕をエンプレスに見せた。
そして、左手を青い炎を纏った。
炎の周りには陽炎が見えていて熱を感じる。しかし、不思議と熱くは感じていない。
「ほう青い炎か、一般的には高温な炎が青い炎とされている。しかし”鬼火纏いの燐”という名から推察するに、鬼火や人魂のようなものだろうか。」
エンプレスが腕を組み、私の能力の考察をしている。
気が付くと、辺りが薄暗くなってきていた。
しばらく青い炎をゆらゆらして遊んでいたが、エンプレスの能力考察タイムが止まらなそうなので切り上げて帰る事にした。
私は青い炎を消して、帰る支度を進める。
エンプレスの目的は分からないが、少なくともトラックを止めたり、能力を発芽させたり出来る能力を持っていることだけは分かった。
「ではエンプレスエンプレス!さらばだ!!」
「む、帰るのか。最後にひとつ、私はとある目的で『禁断の果実』を使って能力者を増やしている。まずはこの町を中心に能力者を増やしているが、時期にこの町を発つ予定だ」
エンプレスの目的……。
正直のところ、あまり興味が湧いていない。
お腹がすいたので早く帰りたいのが本音だ。
「そうですかエンプレスエンプレスさん、それじゃあお気をつけて旅をお続け下さい。お元気で」
「冷たいな!リン!!待ってくれ!!待ってくれ~~~~!!!!」
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自宅周辺まで戻ってきた。
太陽は完全に落ち、辺りは真っ暗だ。
「あ、そうだ。クロのおやつを買い忘れてた。明日買いに・・・いや、能力で出せばいいか」
「いでよ!ちゃおちゃ~る!!」
かざした左手に猫が大好きなおやつが出現した。
「ふむ……かつおミックス味か……」
おやつのパッケージを見ながら玄関を開けようとすると、鍵が掛かっていた。
「あれ、鍵が掛かってる。いつも私が帰ってくる時にはママが鍵を開けた状態にしてくれるんだけどな」
能力を用いて家の鍵を開ける。
なんて便利な能力なんだ。
「ただいま~~~~」
私の帰宅の挨拶に対する反応はなかった。
いつもならクロとママが玄関までお出迎えをしてくれるのが日課なのだが。
ひとまず靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
家の電気も点いていない状態のようだ。
「ママー?お買い物にでも行ってるのかな……」
リビングの扉を開くと、中には黒い人影が見えた。
「ママ?」
電気を点け、人影の方を向く。
そこには見知らぬ長身の男が立っていた。
満面の笑みで佇んでいた。
「こんばんは。お嬢ちゃん」
「え」
男の足元にはママらしき人物と、真っ赤に染まるカーペット。
そして黒い毛も混じり、散乱していた。
「初めまして僕はドロス。僕、人ってのが嫌いでね。君、今の地球の総人口って知ってるかな」
「マ……ママ……?」
腰を抜かし、壁を背にして辛うじて男の方を向く。
冷や汗が止まらない。
頭が回らず状況が全く理解できない。
「80億人以上もいるんだよッッ!!!80億ッッ!!80億ッッ!!」
ドロスは狂ったように爪を噛み、怒声を上げている。
「ハッ!いけない……爪が勿体無い勿体無い……それで僕、人ってのが嫌いなんだ」
ドロスはリビングの椅子に腰かけ、頬杖を付き始めた。
「それで、人を殺める活動をしていたんだけど、警察に捕まっちゃってね。
数年は刑務所で生活してたんだ」
「昨日の深夜に突然、銀色の長い髪の人物が僕の監房に現れて、不思議な力を授けてくれたんだよ」
「銀色の長い髪の人物……まさか、エンプレスのこと……?」
腰はまだ抜かしたままだが、徐々に思考が戻ってきた。
「!!!お嬢ちゃんも会ったのかい?女帝エンプレスに」
ドロスは考え込む仕草を見せる。
私から目を離しており、隙だらけの状態に見える。
床に倒れる人物に目をやると、今朝見た時のママの服装で、そばにはラットルが落ちていた。
「本当にママなんだ……この人が……殺したんだ……」
「うーん、人が質問したら先に答えるのが常識って習わなかったのかいお嬢ちゃん?
僕は優しいから疑問に答えてあげるけど、そうだよ。この人は僕が殺したんだよ。
……じゃあお嬢ちゃんも殺してあげるね!!」
ドロスが床から何かを拾い上げる仕草を見せる。
直後、何かをバットぐらいの大きさに巨大化させたように映った。
「これが僕の力、爪を操作する力『処刑人の剣』。
爪のサイズ、形、強度まで何でも自由自在さ」
バット爪を高く上げ、私に振りかぶる。
私は自身を守るガラスを想像し、ガラスの壁を創造して攻撃を防ぐ。
「やはり、お嬢ちゃんも力を持っていたか……ガラスを操作する力……?」
選択肢は戦うか、逃げるか。
目の前の恐怖に思考を鈍らせる。
ドロスは何度もバット爪を振りかぶるが、ガラスの壁が私を保護する。
そうだ、能力を使ってこの男を倒すのは簡単じゃないか。
脳内でドロスを吹き飛ばすように想像する。
「グッッッ……!!い、痛い!!」
直後、ダメージを受けたのは私だった。
浅めではあるが、左肩からへそにかけて切り裂かれた。
ドロスは私の想像通りに吹き飛んではいなかった。
「お嬢ちゃん……なぜ、バリアを解いた……?僕に切り裂かれる気にでもなったか!!!」
大振りな一撃を再びガラスの壁で弾く。
「またガラスをッッ……!!バリアの制限時間でもあるのか?」
違う。
ガラスの壁を解いたつもりなど無かった。
ドロスを吹き飛ばそうと想像した瞬間、ガラスの壁が消えたのだ。
私の能力『想像と創造』で同時に創造出来るのは一つまで、ということだ。
でも、なんでドロスは吹き飛ばなかったんだろう。
「痛いよ……もうやめてよ……」
「痛いか!そうか!!僕が痛みを取り除いてあげるからね!!!!」
ドロスはバット爪をドロドロに溶かし四つん這いの体勢となる。
床に液体状となった爪が広がっていき、私の足元まで爪が広がってきた。
「僕の『処刑人の剣』は液体状にも出来るんだ。もちろん、液体から個体に戻すことも可能ッッッ!!」
剣山のような爪が、私の足元から迫る。
想定外の攻撃に回避する術など無かった。
「あぁああああああああ!!」
ガラスの壁の内側から放たれた攻撃は、足を貫き、手を貫き、腰やお尻も貫いた。
全身が、激痛で悲鳴を上げる。
その時、私は毎朝ラットルを鳴らして起こしに来るママが頭に浮かんだ。
後から思うにそれは、俗に言う走馬灯だったのだろう。
外傷性ショックの影響か、極度のストレスの影響かは不明だが、寝落ちするかのように意識が飛んで目の前が真っ暗になった。
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窓から刺す朝日が顔を照らす。
「ん……」
朝日から目を背けるように布団に潜る。
ギシッ……ギシッ……
床が軋む音が聞こえる。
音の大きさやリズムからママの歩く音だと断定する。
ある程度近付いたところで床が軋む音が止まる。
「りんご起きて!!!!!朝よ!!!!!」
ママが声を出すと同時に扉が開き、ガラガラと音の出る楽器を鳴らす。
「……え?ママ……?」
布団を捲ると私はパジャマを着ていた。
不思議なことにドロスによって負わされた外傷も無くなっていた。
「あれ、怪我も……無い……」
「起きたらご飯!!!!!起きたら一階!!!!!一階でご飯!!!!!」
ママは狂ったように叫ぶが、これはいつも通りだ。
いつもと変わらない様子のママを見て、私は胸をなでおろす。
叫ぶ間もラットルとやらがうるさく鳴り響いている。
「分かったって!!後、ラットルもうるさい!!」
夢にしては、リアリティな内容だった。
夢特有のちぐはぐ感も無く、ドロスの攻撃に受けた痛みも本物そのものだった。
「そうだ……能力……」
左手に青い炎を纏おうと想像をする。
しかし何も起こらなかった。
「ゆ、夢だったのかな……エンプレスに能力を貰ったのも、ドロスが現れてママやクロを……」
そこまで言いかけて、吐き気が込み上げ、トイレに駆け込む。
「りんご、大丈夫?朝ご飯食べられる……?」
ママの不安な声色がトイレの前から聞こえてくる。
「大丈夫だよ……ママ……すぐ行くから先に一階で待ってて」
リビングに向かい、朝食が準備された席に座る。
クロが足元に来て体を擦り付けるようにすりすりしてくる。
「クロも生きてる……」
「りんごがクロをちゃんとクロって呼ぶのは珍しいね!!いつもは「我が使い魔、火車よ」とか訳の分からない事言ってママ心配だったのよ!!」
「く、クロ!!今日も元気そうで良かったよ!!」
顔が熱くなり、ママの視界から隠すようにテレビの方を向く。
「あれ、ニュース速報やってる。最寄りの刑務所から脱獄囚が現れた……?」
そういえば、昨日?も朝ご飯を食べている時に、同じ内容のニュース速報が流れていた気がする。
「あら、物騒ね。りんごも気を付けてね。登校するときは複数人で行動するのよ」
お皿洗いをしながらママが注意喚起をする。
だが直後、その注意喚起を吹き飛ばす程に強烈な内容がテレビに映し出された。
「脱獄囚の名前はドロス……!?ママ、今日の給食ってなに!?」
「何よそんなに大声で……」
ママは冷蔵庫に貼ってある給食メニューを見る。
「えーっと。今日の給食は、牛乳とパンとボルシチらしいわよ」
ボルシチ!!
「やっぱり……エンプレスに会う日の朝に戻ってる……!!」