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十一話 新興宗教の使徒-ミルククラッド

夏休みは時の流れが穏やかに感じる。

目的なくフラッと近所の河原へ行って、平ぺったい石を創造しては川に向かって投げる"水切り"をして時間を潰していた。


「ミカちゃんも誘ったけど、今は避暑地の別荘にいるらしいね~」


水面となるべく平行となるように石を投げる。

3……いや4回跳ねたな。

回転をかけるのがコツらしいが、これが意外と難しい。


「なあ文楽。僕たちこんなことしててもいいのかな」


「こんなことって……?」


私にはミノルの心配事がよく分からなかった。

水切りをする暇があったら夏休みの宿題を終わらせた方が良い、みたいな話だろうか?


「文楽……夏休みの宿題のこと考えてる?」


「え、何で分かったの?」


能力で私の思考を読むことは出来ないはず。


「手に持ってる石が文鎮になってるよ。創造した平ぺったい石が無意識に思考に引っ張られたんじゃない?」


無意識に創造した文鎮から、夏休みの宿題の書道に関連して私の思考回路を読んだのか。

なるほど。


文鎮を平ぺったい石に戻して、次は回転重視で投げ込んでみると、跳ねずに水中へと沈んでいった。

投げ込む角度が悪かったみたいだ。


「夏休みの宿題じゃなくてほら、前行ったプールの時にいた新興宗教のおばさんいたでしょ」


「あ~いたね。ソラリスね」


「そう。後、最近エンプレスの姿も見ないでしょ」


「エンプレスどこ行ったんだろうね~。お、7回跳ねた。やった」


「エンプレスが姿を見せないのはソラリスが絡んでるんだと思ってるんだけど、文楽は気にならない?」


ミノルの"こんなことしててもいいのかな"と言った意味が分かった気がする。


恐らく『能力を持つ私やミノルが新興宗教の脅威と戦わなくて良いのか』と思っているのだろう。


「エンプレスにはエンプレスのやる事。私たち中学生には中学生のやる事があるんだよ。それが水切りって訳」


「……僕や文楽はソラリスの信者や手先と何度も戦ってるし、能力だってバレてるかも。

僕はどうなっても良いけど、文楽……とミカちゃんには危険な目に合ってほしくないんだ」


セミの鳴き声と川のせせらぎに、石が水にポチャンと沈む音が混じる。

爽快な夏の空を見ると、人間関係のあれこれの悩みも流れていく気がする。


「ミノル、小腹も空いたし駄菓子屋行こうか」


ここからすぐ近くに駄菓子屋がある。

近所の住民なら一度は絶対にお世話になっている、名物おばあちゃんが営む駄菓子屋だ。


駄菓子屋の前に着いたとき、ミノルは一瞬足を止めた。


「文楽……あれ、扉、開いてるよね」


戸は半開き。

まあ、誰かが閉め忘れたのだろう。

私は気にせず戸をそっと開けて中へ入った。


「こんにちはー!……あれ、留守?」


いつも聞こえる「いらっしゃい」と言ってくれるおばあちゃんの声がない。

こんなにも暑い日なのに、カラカラと回る扇風機の音も聞こえない。


「電気、点いてるし……やってる、よね?」


もしかしたら、この暑さでおばあちゃんが倒れているかもしれない。

一人暮らしであろうおばあちゃんが倒れていたら、救急車を呼べる人がおらず、大惨事になってしまう。


「ミノル、おばあちゃんを探そう!」


「いや、文楽……ここにいたよ」


「え?」


ミノルの視線の先には、いつもの席に座るおばあちゃんがいた。


「……おばあちゃん?」


声をかけても返事はなかった。

心臓がドクン、と大きく鳴り響く。


いつもの席で、お菓子の袋を持ったまま、視線を見上げたまま、静止しているおばあちゃんがそこにいた。


よく見ると――肌が、きらきらと光を反射していた。


「うそ……これ、宝石?」


まるで人間の姿をそのまま彫刻にしたような、いや、"固めた"ような……

その瞳の奥に、わずかに驚きと困惑の色が残っているように見えた。


「これ、ソラリスの……」


ミノルの声が震えた。


「文楽……カウンターの上、見て」


おばあちゃんからカウンターへと視線を移すと、そこには一枚の紙が置かれていた。


『悩みが消えた。私は、ようやく静かになれた。――ソラリスの光に包まれて』


手書きのようで、けれどどこか機械的な整った文字。

明らかにおばあちゃんの字じゃない。

印刷でもない。けれど、何かが狂っている。


「ソラリス……この町に来ているのか……文楽、一旦ここから離れよう」


「で、でもおばあちゃんを助けないと」


「僕、さっきおばあちゃんに『最盛と再生』を発動しようとしたけど、ダメだったんだ。

だから、もう……」


宝石化したおばあちゃんから目を逸らすと、周りの異変に気が付いた。

所々の物や駄菓子が純金化している。

これも"宝石化能力"と同じ能力者によるものだろうか。


「ミノル、ここから離れる前にこの宝石化能力の詳細を調べた方が良いんじゃない。

おばあちゃんの周りの物が金になってるよ……ってミノル聞いてる?」


ミノルの返事がない。


「ミノル……?どうしたの?」


私の横に、入口の方向を向くミノルの姿があった。


「誰かいる。白ずくめの誰かが、入口からこっちを覗いてる」


白ずくめの誰か?

本当だ。


頭まで白フードを被った何者かがこちらの様子を伺っている。


敵か味方か分からず、蛇に睨まれた蛙のように立ち竦んでいると、白ずくめの何者かの姿ゆらゆらとボヤけていった。


「悩める教徒が、救われたのですね」


初めて聞く女性の声。

驚く事にその声の主は、私やミノルのすぐ後ろ──宝石化したおばあちゃんの目の前に立っていた。


能力者──。


「文楽!!」


ミノルに制止させられたが遅かった。

私の脳内で思った”能力者”という単語は、無意識のうちに言葉として発してしまっていた。


白フードはゆっくりと私に振り返り、無機質なトーンで口を開く。


「能力者──と言いましたね?あなた方、神通力の存在を知っているのですね。すなわち、あなた方も神通力の持主であるということ」


神通力……恐らく能力のことを指しているのだろう。

ミノルを見ると、ミノルも同じく私を見つめていた。


「申し遅れました。私はソラリスの使徒『ミルククラッド』。神通力の使い手であるあなた方にご相談ですが、我々と共に人類の救済を目指しませんか?」


ソラリス?人類の救済?

そんなものどうだっていい。

罪の無い人を救済などと正当化して宝石にしてしまう宗教なんかの味方をする訳がない。


「……ソラリスの使徒だか知らないけど……おばあちゃんを治せ!!」


「治すも何も、救われてるじゃないですか?」


首を傾げて困惑している様子を見ると、煽っているのでもふざけている訳でもなさそうだ。

本気で私の言葉が理解出来ていない。


「どうやら悩まれているようですね。あなた方は運が良い。私がこの場にいたことで、今すぐに救済出来るのですからッ!!」


視界が歪む。

ミルククラッドの肩から先がボヤけて霧散し、空間が歪んでいる。

一体何が起きてるんだ──


「文楽ッ!」


腕を引っ張られ、意識がハッとする。

視界は歪んで無いし、はっきりとミノルの顔も見える。


「い、今もしかしてヤバかった?」


「文楽の上半身が消えかけてた。僕、正直終わったかと思ったよ」


自分の身体を包み込む淡い光を見るに、ミノルの能力『最盛と再生』により、消えかけていた私の姿を回復させたのだろう。


「驚きました。私の神通力『幽濁の接触(ミルククラッド)』が解除されたのは初めてです。私の”境界”や”輪郭”を溶かす救済を阻害出来るとは──あなた方は私やソラリスに対する危険分子のようですね」


ミルククラッドの無機質な声色からは全く動揺を感じられない。


「……お前さっき、ソラリスの使徒と名乗ってたな。使徒は何人いるんだ?」


「救済される側は、ただ救済を受け入れればいいのですよ」


「そんなの、自分達の都合を他人に押し付けて自己満足してるだけじゃないか!!」


「自己満足ではありません。人類のための救済なのです。私の神通力なら、悩みも、何もかも全てを世界と一体化させられる。救済は、より良い世界を構築する為のものなのです」


私にはミルククラッドの言っていることが何も理解出来なかった。

でも、ミノルが会話を続けようとする意図は分かる。

『最盛と再生』の再発動のための時間稼ぎと、私に考える時間を稼いでくれているのだ。


私が今考えるべきは、ミルククラッドの倒し方。


──まずはどんな攻撃が通用するのかを調べるべきだ。


「行進せよ!!ミニがしゃどくろ!!」


駄菓子屋の至る所からミニがしゃどくろが姿を現す。

そして、私の合図で一斉にミルククラッドへ飛びかかる。


飛びかかる度、熱湯に氷を入れるかの如く、次々と溶けるように消えていく。

ミニがしゃどくろが全て消滅した後には、身体をゆらゆらとさせているミルククラッドが残っていた。


「ミノル、今のを見て何か分かった?」


「あいつの身体に触れた順に消えていってた。多分だけど、身体に触れることが能力発動のキーだと思う」


「あなた方、察しが良いですね。小さいのに、戦い慣れてますね。どれだけ過酷な家庭環境で育ったのでしょう。悩みを抱えてるのでしょう。今ここで救済してあげないと、悩みが尽きないでしょう」


ミルククラッドが手で触れたのは駄菓子屋の中央にある柱。

柱は音もなく歪み、大きな軋みを立てて傾いていく。


「文楽マズい!!あいつ大黒柱を倒そうとしてる!!」


「だ、大黒柱って?」


軋みで窓ガラスが割れる。

次々と瓦が落ちる音がする。


「今はとにかく外に避難だ!!」


避難しようと出入口に目を向けた瞬間、ミルククラッドの姿が大黒柱の側から消えていることに気が付いた。


ミルククラッドは私達よりも先に脱出した……?

いや、身体に触って発動する能力なのだから、基本的には屋外よりも狭い場所の方が有利なはずだ。


私は反射的に、走り出すミノルの腕を掴んで側に手繰り寄せた。


「ミニガシャドクロ!!出口に向かって飛びかかれ!!」


私の合図で飛びかかったミニガシャドクロは、次々とその姿を消していく。

出入口に立ち、私達が飛び出してくるのを待ち構えていたミルククラッドの姿がそこにあった。


直後、駄菓子屋は完全に倒壊した。


--


真っ暗。何も見えない。


「ミノル、大丈夫?」


「うん大丈夫。ドーム状のバリアを貼って倒壊から身を守ってくれたんだよね?」


「そうだけど……おばあちゃんを守れなかった……」


「おばあちゃんは宝石化してるから、壊れてないと信じたいな……」


私たちは今、倒壊した駄菓子屋に下敷きにされている。

二人が入れるサイズのドーム状のバリアで身を守っているが、屋根や柱に阻まれて外への脱出ルートが見えない。


「文楽、バリアは解除しちゃダメだよ。バリアがあって倒壊せずに耐えてるから、解除したら僕たちが潰されちゃうかもしれない」


「分かった」


「それよりも倒壊する直前、出口にミルククラッドがいた。あいつ、大黒柱を壊した後、逃げるのを誘って僕たちを消そうとしてたんだ。嫌な奴……」


「……もうミルククラッドはいないのかな?」


「分からない。分からないけど、ここで隠れて救助を待つのが一番安全かもしれない。大勢の人が救助に来れば、あいつも逃げるんじゃないかな?」


周囲からガラガラと音がする。

誰かが助けに来たのだろうか。


「……救助にしては早すぎる。外から呼びかける声がしないのも変だ。多分”あいつ”が僕たちを探してるんだ」


芯が冷えるような恐怖を感じた。

なんて執念深さ。


自分自身で”救済”を確認するまで気が済まない、恐ろしい奴だ。


「作戦だけど、僕があいつに能力を使って実体化させる。実体化直後なら攻撃も通るはず」


「攻撃は……私担当だね」


「うん。タイミングをミスったら僕たち二人とも消されて負けだ。僕の合図と同時にバリアを解除して攻撃をお願い!」


周囲の音が徐々に大きくなる。

近づいてきている。


ミルククラッドが姿を見せるその時を、息を潜めて待つ。


──その時が来た。


太陽の光が差し込んだと同時に、視界の歪む感覚が私を襲う。


「ミノル!!今!!」


私の身体を淡い光が包み込んだ。

ミノルの能力が発動した──筈だが、視界の歪む感覚がなくならない。

ミルククラッドの姿も実体化していない。

どういうことだ。


「クソッ!!あいつ、能力を僕たちに使ってない!!瓦礫の外の”空間”を歪ませたんだ!!」


「ご名答。戦い慣れているのはあなた方だけではないのですよ」


ミルククラッドが姿を現した。

瓦礫の上に立ち、能面を張り付けたような表情で私たちを覗き込んでいる。


数分間、ミノルの能力を使うことが出来ない状況下に陥ってしまった。


私が反撃するしかない。


地獄をも焼き尽くす青き業火を想像する。


「焼き尽くせッ!!『断罪の鬼火(だんざいのおにび)』!!」


私の創造した青き業火は火炎放射器のように広範囲を燃やし、触れたもの全てを焼き尽くす。


「『幽濁の雫(ミルクドロップ)』」


凍りつくような声が響くとともに、一つの大きな雫が現れる。

ゆっくりと、着実に、『断罪の鬼火(だんざいのおにび)』を呑み込みながら雨の雫かの如く私たちにめがけて落下してきている。


「なにこれ、止められない……」


バリアを貼っても無意味と直感した。


避けるしかない。

瓦礫と化した駄菓子屋を上に這い上がって出るしかない。


「……文楽、ミルククラッドはどうやって僕たちを攻撃してるか分かる?」


「え?触れたものを歪ませてくるんだよね?それより、早く逃げないと!!」


「そうなんだけど……アイツ多分、能力の使用中は五感が使えないんじゃないかな」


「五感?……目も耳も使えない状態ってこと!?」


「恐らく。それに、喋ることも呼吸も出来ないんじゃないかな……これは全部推測だけど」


喋れないし、呼吸も出来ない。


確かにミルククラッドが能力発動中に喋っていないし、息が止められるほどの時間しか能力を発動していない。


「賭けだ!」


ミノルに腕をひっぱられ、瓦礫の隙間に身を潜める。

ミルククラッドの『幽濁の雫(ミルクドロップ)』の着弾位置にはギリギリ当たらないであろう隙間だ。


直後。

幽濁の雫(ミルクドロップ)』は地面と垂直に落下し続け、瓦礫に留まらず、砂利や土も削る。

触れれば即死の恐ろしい攻撃。


--


「……救済完了」


幽濁の雫(ミルクドロップ)』で地面を数メートル抉ったミルククラッド。

倒壊した駄菓子屋の前で実体化し、大きく深呼吸する。


白いローブは血と土で赤黒く薄汚れていた。


「私の神通力では、対象を救済出来たかの判別が付きにくいのが難点です。しかし、私のローブに付着するこの鮮血こそが子ども達を救済した証明となるのです……周囲に人だかりが出来てきてしまったので、ここを離れましょう」


ミルククラッドは汚れたローブを全く気に留めることなく、暮れる日に混ざって姿を消した。


「……何処かへ行ったみたいだよ文楽」


「た、助かった」


瓦礫から抜け出し、コンクリートの道路にへたり込む。


「それにしても最後、文楽の能力で血糊みたいなのを出した?アイツ、ローブに汚れた液体を血だと勘違いしてたみたいだよ」


「んー。血糊じゃなくてケチャップだよ」


「ケ、ケチャップ?」


「ミルククラッドは能力の発動中は目が見えないんでしょ?だったらケチャップ投げておいたら血だと勘違いするかな、と思って」


「そ、それはナイスアイデアだったけど……ほんとに見えてないのかは賭けだったよ。それに、匂いとかでバレなくてよかったよ」


ミノルはハッと何かを思い出したかのように、駄菓子屋の瓦礫を掘り出す。


「僕は駄菓子屋のおばあちゃんを探すから、文楽は家に帰りなよ。瓦礫で服とか身体とか汚れちゃってるからお風呂入りたいで……しょ?え?」


私は巨大ながしゃどくろを創造した。


「私も一緒におばあちゃん探すよ。ミノルこそ、先に帰ってお風呂入って良いんだからね!!」


「……なんていうか。厨二病じゃなくて、ただの良い人だね。勿論良い意味でね」


ミノルはフッと笑った。

今日初めて、ずっと張り詰めていたミノルの笑顔を見た気がする。

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