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一話 中二病少女と銀髪のお姉さん

窓から刺す朝日が顔を照らす。


「ん……ま、眩しい………」


朝日から目を背けるように布団に潜る。

だが、そろそろママが起こしに来る頃だ。

ギシッ……ギシッ……

床が軋む音だけでママが部屋の前に来た事が分かる。


「りんご起きて!!!!!朝よ!!!!!」


ママが声を出すと同時に扉が開き、ガラガラと音の出る楽器を鳴らす。

以前ママが、この楽器はラットルという分類の楽器と言っていたが、どうでもいい。


「お、起きてるよ……」


「早く起きないと学校遅刻するわよ!!!!!起きて!!!!!」


私のか細い抵抗を、ママが上回る声量でかき消した。

その間もラットルとやらがうるさく鳴り響いている。


「起きてるって!!後、ラットルだかなんだか知らないけどうるさい!!」


--

朝食を食べ、パジャマから制服に着替える。

そして、包帯を左手から手首にかけて巻く。

幼少期に負った火傷を隠すために包帯を巻いているのもあるが、実は真の理由がある。

包帯を巻く事で、左手に宿りし鬼火を抑えようとしているのだ……という設定だ。

幼少期に火傷を負ったのは本当で、やかんに沸かした熱湯をひっくり返して被ってしまったのが原因だ。


「ふっふっふ……私の事は”鬼火纏(おにびまと)いの(りん)”と呼べ……」


鏡の前でポーズを取って満足したところでリビングへ移動する。

朝食を食べている時にテレビで速報が流れていたのだが、最寄りの刑務所から脱獄囚が現れたらしい。

別の県の話なので、よっぽどの事がない限りは無関係だろう。

折り畳み傘を鞄に入れ、スニーカーを履いて玄関を出ようとしたところ、家で飼っている黒猫がリビングからひょこっと顔を覗かせた。

なんとも愛くるしい見た目をしている。


「我が使い魔、火車(かしゃ)よ。帰りにおやつを買ってきてやるから大人しく待ってるんだぞ」


「りんご、かしゃって何よ。うちの猫の名前はクロでしょ」


近くに立っていたママに気がついていなかった。

頬が急激に熱くなるのを感じる。


「そ、そうだった!はは、クロ~。帰りにおやつを買ってきてやるから大人しく待ってるんだぞ~~。じゃ、じゃあ学校行ってくるね」


玄関を開けると青空が広がっていた。


「りんご~!行ってらっしゃい!!」


--

鞄とスカートを揺らしつつ、中学校への通学路を歩く。


「危ないところだった。ママに我が真の姿を見られて怪しまれるところだった」


家では良い子を振る舞っているが、本来の私は左手に鬼火を封印している厄災そのものだ。

クラスメイトからは中二病などとふざけた事を言われているが、私が本気を出せば何でもシュッとやってズバッと瞬殺だ。


「うぉおおおおお!!左手が!!疼いてきた!!!!大いなる災いが近付いているぞ!!!!」

おや、他に登校している集団達から視線を感じるが、何か変わった事でもあったのだろうか。


「ねえ、そこのお嬢さん」


不意に声をかけられ、肩が跳ねる。

腰まで流れる銀色の髪の毛に目を惹かれ、一瞬反応が遅れる。

正確な年齢は分からないが、かなり年上である事が見受けられた。


「わ、私ですか?」


「そうだ。君、さっき左手が疼く!とか叫んでいなかったか?……それにその包帯。只者では無いとお見受けしたぞ。名前は何と言うのか聞かせてくれないか?あ、それと私の話をちょっと聞いてはくれないか?」


私の両手を掴み、興奮気味でかつ早口で捲し立ててくる。

これは完全に、近くの大人に助けを呼んで警察に通報してもらった方が良い案件だ。

だが、負けるわけにはいかない。

ここで折れてしまっては”鬼火纏いの燐”の名が廃る。


「…………クックックックッ……よくぞ聞いてくれた。我の名は燐!”鬼火纏いの燐”だ!!この左手には、深淵に潜みし魑魅魍魎共を使役する力が封印されている!!」


左手を高く掲げる動作をして、お姉さんに掴まれた手を振り解く。


「貴殿も見たところ中々の力を持っていそうなオーラを放っているが、我の力と比べたら雲泥の差だな!!!!ハハハハハ!!!!

という訳で、戦うのは無駄だと判断したので、我は学校……じゃなくて地獄にある監獄へ向かうぞ。じゃあ!お元気で!」


今日の給食は何だったかな。

今日は体操服を使うのに持ってくるのを忘れていたな。

この後の学校生活を想像しながら歩き始める。

銀髪のお姉さんの件は、帰ってからママに通報しておこう。


「待て待て”鬼火纏いの燐”。話は終わっていないぞ」


銀髪のお姉さんと目線を合わせないように早歩きで進んでいるが、ピッタリと隣を付きながら話しかけてくる。


「”鬼火纏いの燐”、少しでいいから話を聞いてくれないか」


「ついてこないでください。不審者さん」


「この世界にも”能力”を持っている人間がいるとは思わなかったぞ」


「だからついてこないで……って”能力”?」


突然クラクションが鳴り響く。

不審者を振り解くので夢中で気が付かなかったが、銀髪のお姉さんと一緒に、赤信号で横断歩道を渡っていた。


「ん?なんだこの乗り物は?」


銀髪のお姉さんがトラックの方に手を向ける。

すると、トラックが突然スピードを下げ、やがてお姉さんの手に触れ止まった。


「この世界も危険だねぇ。危なかったね”鬼火纏いの燐”」


「お、”鬼火纏いの燐”呼びは止めてください。というか、今何をしたの……?」


--

銀髪のお姉さんには、放課後まで待ってもらうことにした。

トラックに引かれそうになったところを助けてもらったので、そのお礼ということで少し話を聞いてあげることにした。


「なぁりんご。さっきの銀髪の人って誰?」


「りんごちゃん、朝トラックに轢かれそうになってなかった?」


「今日のお昼はボルシチらしいよ。文楽りんご」


休み時間中に、朝の事態を知ったクラスメイトに席を囲まれる。


「ふむ、そうだな……我が左手に封印されし狂獣に気付きを得た、聡明な人物といったところだな。さて、次の時間は週に1度だけある貴重な体育の時間だな」


鞄の中の体操服を取り出そうと、チャックに手を掛けたところで体操服を忘れていたことを思い出した。


「し、しまった……体操服を忘れていた……ま、まぁここは我が特権を使って体育を見学させてもらうか」


--

お昼のボルシチを食べて、午後の授業を睡眠して、あっという間に放課後になった。

銀髪のお姉さんとの待ち合わせ場所は、近所の河原だ。

学校と自宅のおおよそ中間辺りに位置する場所に、綺麗な水が流れる河原がある。

私が小さな頃は、そこでカエルのタマゴを探したり、形の良い石を探して遊んだものだ。

校門を抜け、河原を目指して住宅街を歩く。


「友達に相談するのも気が引けたから適当に返事してたけど、不審者と会うならやっぱり誰かに一緒に来てもらうべきだったかもな……」


今から一緒に来てもらえそうな友達を頭に浮かべる。

幼馴染のゆずは今日は部活らしいし、みかちゃんも1日30個限定のどら焼きを買うために老舗の和菓子屋に行くと言っていた。

めぼしい友達は思い当たらなかった。

日も暮れ始めているのに、汗がうっすらと首筋を流れる。

梅雨が明けて制服を夏服に変えたばかりだというのに、照りつく陽射しを浴びた私の皮膚は涙を流している。


「包帯も蒸し暑くなる時期だなぁ……痣を隠すのもそうだけど、包帯は私のアイデンティティでもあるからなぁ……」


これから地獄の業火のような季節が控えているので、包帯を巻くのをやめようかと熟考する。

住宅街を抜け、今朝トラックに轢かれそうになった大通りを抜け、河原にかかる橋までたどり着いた。


「お姉さんはどこだろう」


橋の上から河川敷を見下ろす。

犬の散歩をするおじいちゃんとランニングをする女性。

銀髪のお姉さんは遊歩道沿いのベンチに座っていた。

お姉さんの銀髪は夕焼けに照らされ、まるで電気ストーブのように煌めいていた。

駆け足でお姉さんの元へ急ぐ。


「待たせたな!銀髪の使者よ!地獄の監獄より服役を経て戻ったぞ!!」


「来たか、”鬼火纏いの燐”。まん丸で綺麗だなこの世界の太陽は。私の世界の太陽は、どこかのバカが能力を使って欠けさせてしまったんだよ」


聞き慣れない"能力"という単語。

銀髪のお姉さんは、別の世界からやってきた能力を持つ人間ということなのだろうか。


「銀髪のお姉さん。私の事は”鬼火纏いの燐”じゃなくてリンと呼んでくれませんか?」


お姉さんの隣に腰をかける。

ベンチがギシッと軋む音がした。


「分かった、リン。私の名前は女帝エンプレスだ。じゃあ早速だが話というのが……」


「いやいやちょっと待って、名前の癖凄くない?女帝って英訳したらエンプレスだよ?エンプレスエンプレスだよ?」


「人の名前に難癖を付けるな、君だって”鬼火纏いの燐”って名前なんだろう?」


「いや、本名は文楽りんご……じゃなくて、そうだ……我の名は”鬼火纏いの燐”だ!」


今まで自覚していなかったが、私は動揺すると素の自分が現れてしまうらしい。

キャラ作り……という訳ではないが”鬼火纏いの燐”を保たねば。


「話に入るがリン、君は”能力”を持っているのか?」


「……ああ、持っているぞ!今は左手に封印されているが、その時が来ればその力が解放され、この世界に終焉をもたらすであろう」


そう言い終わると、エンプレスは子どものように目を輝かせて私の左手を握った。


「素晴らしい!!リンの力があればこの世界を……いや、なんでもない。……”力が解放されるその時”というのは、いつ来るのか自分では分かっているのか?」


「…………」


私が沈黙を決めていると、エンプレスは私の左手から手を離して遊歩道へと目を向けた。


「私の能力なら、リンの能力を解放させる事が出来る。…………私の能力の概要を説明すると、能力を発芽させる種子を植えることができるんだ。詳しい発動条件は秘密だが、言えるところだけ教えると、私の手が触れたものを対象にできる」


不意にエンプレスが立ち上がり、夕焼けに背を向けて私の方を向く。

いつにも増して夕焼けが綺麗に感じた。


「もう一度言うが、()()()()()()()()()を能力の発動対象にできるんだ。その意味は分かるな?」


「いや、リンは分かっている筈だ。能力は、教わらずとも手足のように扱えるもの。体臭のように染み付いているもの。瞼を開ければ見えているようなもの」


「私の能力『禁断の果実』は既に発動している!!」


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