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虚ろ森の支配者(前)

 真の暗闇が支配する中で、錫杖の先端に取り付けられた刃に忌火“業禍”を灯す。

 

闇から現れたのは、黒コート、手袋、ブーツ、フード……全ての装備を黒く染めた男のシルエットだった。視界を確保した男は周囲を見回すと独り言を零す。

 

「やべぇ。頭がクソ痛ぇし、前後の記憶が飛んでるし、俺チャン久々に前後不覚って感じ」

 

漂う“穢れ”の量は危険域を指しており、人類が長居するべき場所ではない事だけは理解できる。周囲は材質不明ながら岩の様な素材、直角で構成された奇妙な迷宮の真っただ中に彼は居た。

 

「クソでけぇ境界異常に巻き込まれたなこりゃ……と、早速お出迎えか」

 

振り返って業禍をかざすと、闇の中から這い出てくる鈍色の群れが目に映る。それは端的に言えば人間ほどの体高をもち、武器を持ったアリと言えば概ね正解である。キチン質の外骨格で全身を装甲された二足歩行するそれは、概ねの造詣としてはアリと言えるが、しかし左右に分かれて打ち鳴らされる牙の上には青白い人間そのものの顔が続いている。額の触角を揺らし、紅く光る複眼を持つ界異だった。その手には粗末な鉄製の武器を握っている。それが無数に蠢いている

 

「いきなりのお出迎えに、俺チャン的には感謝感激、死に腐れ!」

 

逃走か一瞬迷い、地理もわからない異界での遁走の判断は早すぎると結論。突撃してくる界異に取り合えず応戦を選択、“蟻”たちは無言。ただ、その全身甲冑と掲げた武器がこすれる音だけが響く。火を頂く“千変万化”の灯りだけが、暗闇を切り裂いていく。

 

“千変万化”が蟻たちの装甲を両断し緑色の体液がまき散らされる。切断された上半身と下半身はすぐには機能停止せず、それぞれ影の中で蠢いていた。斬撃は余り有効ではないとみて、“千変万化”を槌に変形させて次の蟻の頭部を粉砕。続いて進軍してくる蟻が汚れた剣で突いてくる、それを槍杖にもどして刃で返して弾き、旋回して頭部に叩き込む。蟻の人面から脳漿が零れ落ちて地面を汚す。

 

その間にも続々と仲間の死体を踏み越えて蟻たちは迫ってくる。まるで機械のような進軍できりが無い。

他にめぼしい装備が残っていないのが痛かったし、分身を試みようにもこの蟻どもの知覚範囲は広く危険すぎるのも不毛な消耗戦を強いられている原因だった。何より、この号級の界異が群れる数として当初見積もっていた数を大幅に越えている。

 

「俺チャン、意外にピンチかもねぇ……」

 

無数に這い上がってくる蟻の群れに再び千変万化を構えた時、横手の迷宮の壁が崩れる。其処に空いた穴から声が聞こえてきた。

 

「この声が聞こえるか?こちらに逃げ込めっ」

 

境界災害中のこういう声は危険なことも多い、しかし此処で不毛な消耗戦を続けるよりは声に従ってみたほうがいいと判断で即決、横手の穴に身を躍らせる!

 

穴を抜けると奇妙な空間に出る。想像していたよりも広大な空間だ。遠く見上げた先にあるのは白亜の壁、建物で言うと7階建てはある高い天井には水晶がさかしまの塔のように垂れ下がっている。内部が発行しているのか、先程までいた迷宮の通路と違って視界は良好だ。青白い光が伽藍を照らしている。潜り抜けてきたはずの通路があったであろう場所に貼られていた、簡易的な構造結界の札が蒼い燐光を放って燃え落ちていた。

 

視線を降ろすと大理石の床が広がる。美しい平面の上に二人の人影が見えた。そして、その二人の事を楓呀刎々斬は知っていたし、その二人も当然お互いの事を知っていただろう。

 

「とりあえず助けられた事はサンキュって言っとくわ。あと……どうなってるのか教えてもらえると、もうちょっとしっかり喜ぶけどどうする?」

 

助けられた形であるはずの楓呀が、何故か偉そうに質問する声が響く。最初に反応したのは髪の毛で片目を隠し、怪しく笑う偉丈夫の方だった。黒不浄を手にしているものの、その装備は狩衣ではなく裏の人間が使う穢装装備と呼ばれる、穢れで穢れから逃れる武装である。かなり軽装ではあるが明らかに呪詛犯罪者の装いであった。

 

「ちょっとぉ、やっぱり助けなかった方が良いんじゃないのぉ?フクチョーさん。」

 

そう男が“フクチョウ”と呼びかけた女は男と比べればかなり小柄だ。長身の呪詛犯罪者と比べて30cm近い対格差があり、何の武装も帯びていない。ややダサいと言わざるを得ない謎のトレーナーと地味なスカート、ご丁寧に度なしの眼鏡までかけている女。だたその眼は鋼の硬質さを宿しており、呪詛犯罪者として超危険人物であるはずの“黒不浄狩り”の死火と、ミワシ遊撃隊隊長である楓呀を前にしても一片の恐れも目に宿していない無感動な目を向けていた。

 

「要求自体は真っ当なものだ死火。いいだろう、簡潔に説明すると我々は現在、限定霊的明晰夢結界……つまり、夢の結界に閉じ込められている。という愉快な状況だ」

 

そう説明する女は一般人にしか見えない服装をしているが、裏の世界では悪名高いタクティカル祓魔師だ。金のためなら何でもする民間タクティカル祓魔師の中でも次元が違う戦闘力を持つアラサカ、その実質的な指揮官である女。名前は有るし公表しているが、この女を表す言葉は“副長”の方がしっくりくる。

 

「……ふーん、そんでこの穢れの濃度的に長居してるとヤバいし、さっさと抜けたいから協力しましょ♡ってことでいいワケ?」

 

「そういうこと。ついでに言うとアタシたちも見ての通り完全武装ってワケじゃないし、単独での突破は難しそうなのよねぇ~」

 

そう女言葉で囀る偉丈夫は『六狩』の所有者を殺し奪った呪詛犯罪者。不浄狩りの死火、その人だった。呪詛犯罪者という意味では楓呀と共通しているが、当然慣れ合う仲ではない。全員が名前だけはお互い知っていたが、たまたま敵対したことが無いだけの敵の敵同士だった。

 

「なるほどねぇ……まぁ、俺チャンも流石に現状で単独突破はきつそうだから異論はないんだけど。ちょっと質問していいっスか?」


経歴不明、正体不明のミワシ部隊『遊撃隊』隊長。だが、この部隊にはこの男1人しか存在しない。状況判断を即時に行ってサブウェポンを切り替えながら戦うのを得意とするが、現在は装備の関係上不可能。所持している界異に有効な武器は“千変万化”一つだけだ。立場や中身がどうあれ緊急避難的に手を組もうという提案自体に否というほど余裕があるわけではない。しかし、その前にどうしてもツッコミたいことが男にはあった。

 

「何かその、なんっつーか……二人とも随分“軽装”じゃない?」

 

その指摘に死火は不快そうに鼻に皺を寄せる。副長はその指摘を予想していたのか頷き、あっさりと言い放つ。

 

「それがお前を助けた理由だ。私は非武装状態、死火は黒不浄こそ所持しているものの狩衣かそれに類するものを所持していない状態でこの結界に囚われている」

 

「アッサリ!?え?ちょっとまって?それヤバくね……」

 

防性祭具の一つ“狩衣”は多層化された護符で編まれており、着用者を穢れから保護する。加護の作用により、物理的な汚れや経年劣化がほとんど表出化しないという特徴がある。欧州神祇官が装備するストラを参考に設計されたもので、実際のところ主だった機能は上半身部位に集約されている。境界対策課の祓魔師にとっての標準装備であり、ユニフォームであり、境界を超えてしまった時の命綱でもある。それが無いという事は死火も副長も、この異界の穢れに冒されているという事に他ならない上に、黒不浄の運用も覚束ないはずである。

 

「アタシだけだったら正直今ごろ美しくない化け物になっていたかもね。おお怖い」

 

そういって自分の身体を抱きしめる偉丈夫。彼の身長は190cmを超えているものの、そういった仕草をとっても不釣り合いに思えず、妖艶さすら感じかねない色気があった。

 

「私は本業は結界師だ。死火と自分の分の個人結界を展開する程度は、手持ちがなくともできる……が、長くは持たないな」

 

副長は伊達眼鏡の奥で憂慮の瞳を見せる。え、お前結界師だったの?みたいな表情を楓呀はフードで隠れた顔で浮かべていたが、見えていない筈の死火がその驚きに同意するように首肯していた。

 

「これでようやく突破戦力が揃った。これより推定脅威度Ⅴ号級境界異常“虚ろ森の支配者”の討伐作戦を開始する」

 

「え、アンタが仕切るの?」


「私は結界の専門家で、一時協力関係を提唱した発起人で、お前を救助した結界師だが何か意見が?」

 

「あ、いや、無いっス」

 

既に話がついているのか、死火は反論しないものの蛇のように目を細めるのを横目に、鋼の声がブリーフィングを開始する。誰一人納得はしていないが、誰もが互いの実力だけは知っているため余計な争いは避けられた。 

 

「必要な部分だけ口にする。我々にはあまり時間が残されていないのだからな」

 



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