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百足姫遭遇戦

 現場となっている深夜の通りは騒然としていた。

 

総合病院の前には警察車両が並び包囲網を作っていて、警官たちが深刻な顔を並べていた。封鎖帯の外では、明日が土曜なせいか深夜まで騒いでいた若者たちが集まり、野次馬となってスマートフォンのカメラを向けていた。

 

“アラサカ”副長と麾下急増のZセルメンバーであるライニ、鹿目を含む三名が現場に降り立つと、翻ったアラサカのジャケットが人波を切り裂いて進む。タクティカル祓魔師の中でも民間人の犠牲を厭わないと有名の者たちは、流石に野次馬側も避けるのだ。

 

まっすぐにZセルは現場の指揮本部まで素通りする。現場の警察官たちは止める立場なのかもしれないが、彼女らの功績と評価がそれをさせない。指揮をとっている責任者らしき刑事は、指揮所に入ってきた侵入者たちをにらみつけ、無線を叩きつけるように切り、怨嗟の声を漏らす。

 

「くそっ、もう腐れ民間タクティカル祓魔師が嗅ぎ付けてきやがったか」

 

その声には複雑な心情が滲んでいた。事態の早急な解決は見込めそうだが、民間タクティカル祓魔会社を派遣した部署の介入を許すことになる。しかし、アラサカの象徴たる副長は微細調整そういうことには興味がない。

 

「状況はどうなっている?」

 

Zセルの中でも比較的まともな精神性を持っている鹿目は、心配そうに夜空を背負って立つ総合病院を見詰めている。刑事はその入り口をアゴで示しながら、渋々といった様子を取り繕いながら状況説明を開始。

 

「何とか逃げ出した看護士が、病院内で界異が出現したと通報してきた。まだ宿直の看護士たちと、入院患者たちが取り残されている。境界対策課の即応部隊が駆けつけてくれたが、突入後連絡が途絶している」

 

刑事が説明している間に、ライニが憂慮するような表情と仕草で左手に装備している“マウリティウスの聖槍”を弄って現場の残留呪量値を測定していた。境界兵器は界異そのものを使用しているため、界異の第六感ともいうべき未知のセンサーを使用できる。

 

「総長、ご報告いたします。院内は短期間で急速に穢れによる異界化が進んでいる模様です。連絡が取りにくいのはそのせいでしょう。測定呪量値からして相当に強力な界異が出現していると思われます」

 

「お前らの手は借りない、この程度の相手は我々が解決する」

 

「不可能だ。現場に出ていたお前は知らないだろうが、即応班は同時に起きた新宿での事件に出払っている。境対から対応できる練度の分隊の応援を要請しても早くても一時間はかかる」

 

刑事の強がりを副長は鋼の声で打ち砕いた。余所者を現場に入れた事でキャリアに瘢痕が残る事と、事件の早期解決の両天秤に迷う刑事の後ろで雑音にまみれた無線端末が繋がった。

 

「……ザ……ザ……た、たすけて…………」

 

「落ち着け!内部の状況はどうなっている?」

 

「我々の……装備では……対応できません!敵はディ――」

 

声は言い切られることなく、轟音と絶叫が代わりに響き、誰かの断末魔が長くながく続いた。

無線機からは砂嵐の様な音が聞こえるだけになった。鹿目が遠慮がちに刑事に提案する。

 

「あの、差し出がましいかも知れませんけど……猛烈に俺たちが行った方が良い気がしてきたんですけれど……」

 

無感動な副長の視線と、表情だけは憂いを維持しているものの退屈そうなライニの視線が刑事に向けられる。間もなく刑事の首は縦に振られた。

 

 

 

照明の電源が落ちた院内の内部は仄暗く、鬼火の様に非常灯が足元を照らして無機質なシルエットが闇に浮かび上がっている。警察とタクティカル祓魔師の先遣隊に破砕された、防火扉の残骸を照らす投光器の光だけが有効な光源だった。

 

玄関のタイル床を静音呪術が施されたブーツで音も無くZセルは侵入する。闇はアラサカ程高度に機械化されたタクティカル祓魔師の障害にはならない。装備にある暗視補助式の一つを起動させるだけで良好な視覚は確保できるからだ。

 

三名の視線は室内をそれぞれ分担して照らし出し、互いの死角を補っていた。手振りのみで互いの情報交換を済まし、隊列を整えて奥の廊下へと進む。今回のZセルの中では生存能力と近接戦闘力が最も優れる副長は先行し、手札の多いライニと小技やサポートに優れる鹿目を後方にした二等辺三角形の様な配置で進む。

 

黒不浄ではないペグとしての能力も持つ補助刀を、鏡の様に使いながら通路の先を確認しながら進む。Zセルの全員が侵入直後から感じていた血臭が強くなったのを感じる。角を曲がって突き当りのタイルの床面には、壁に寄り掛かる様にして崩れ落ちて事切れているタクティカル祓魔師が二名、床に倒れて死亡しているものが一名。スリーマンセルで挑んで返り討ちになったと考えられた。二名は互いを抱きしめる様にして息絶えており、床に倒れているものは背中に多数の傷があった。

 

副長と鹿目が周囲を警戒している間に、ライニが手早く死体を検分する。ライニの境界兵器は素材の界異の性能を損ねることなく所持しており、こういった場面に適している。

 

互いを抱きしめ合っていた二人は、公式なタクティカル祓魔師の標準装備である狩衣〈ジャケット〉の制服が力づくで引き裂かれていた。内臓が引き出されて、薄暗い廊下で凄惨な湯気を上げている。二人とも肝臓が抜き取られていた。

 

床で倒れている死体は背部と両足に引っかき傷が集中していたが、致命傷ではない。涙痕と両手で喉をかきむしった姿で絶命していた。死因は呪毒と判定が出る。ライニは次に、死体の傍らに落ちていたカラビナORZ90を眺める。持ち主のタクティカル祓魔師の敢闘を示すように残弾は残されておらず“ぐりん”とライニの眼だけが動く。カラビナORZ90が向けられていた方角を一瞬で計算し終えたのだ。予想射撃方向は、奥にある金属製の防火扉。それは中から大きく歪んで開いていた。扉の向こうに突き立った祓串が揺れている。

 

副長とライニは視線で意思を交換。手振りを交えて鹿目と採用タクティクスを共有。脚を勧め、全くの同時に三名で突入。素早く転がり散開し素早く四方を確認する。

 

防火扉の先は三階までの吹き抜けのホールになっていて、エスカレーターと転落防止の透明なレールが取り巻く解放感がある空間だった。非常灯の鬼火に照らされて異形のシルエットが空中に浮かび上がっている。 

 

それを無理やり表現するなら、超巨大化した百足に似ている。ただし、その体躯は数多くの枝分かれをしており、クモヒトデの様なシルエットを形成しているがその凶悪さは表現しきれていない。四つの頭部と思われる器官には、それぞれ巨大なアゴ、スピアのような毒針、ヒグマよりなお大きいかぎ爪、大鎌の様な器官が付属している。長大な全身を覆う漆黒の装甲の隙間から見える、蒸気のように穢れを吐き出す器官が昏く紫色の光を放っていて、それらが3っつの長い尾へと連なっている。 

 

戦わずともわかる程の圧倒的な気配を放つ界異だった。

 

「折角常世に戻ってきたというのに、つまらぬ祓魔師しかおらぬと思っていたが……」

 

出現しているだけで周囲を異界に変貌させてしまうほどの穢れは、卓越した被呪耐性を持つアラサカメンバーでさえ息が詰まる程だ。悠然と絵画の“八岐大蛇”のように尾と首を戦闘態勢に移行させつつ、その界異は喜悦に複眼を光らせていた。

 

「我の姿を直視しても悲鳴の一つもあげぬか。善きかな、よきかな……ならば相応の舞台を用意しよう。埃を払うから退いて待て」

 

「総員退避っ!」

 

突入後、初めて言葉を発した副長の叫びに即座にライニと鹿目は反応。鹿目は飛びのきながら対呪術保護フードを降ろし、ライニは腕と結合した槍を攻撃に備えて折りたたみつつ遮蔽物の影に潜り込む。界異の四つの頭と三つの尾の先には膨大な穢れと概念呪印が組み立てられていた。そして――

 

次の瞬間、破滅の火が垂直に立ち昇った。それらは病院の天井と屋上をそれを形成していた構造物が存在しないかのように貫通。その全てを陽炎のように蒸発させて駆け抜けていった。爆音と轟音が打ち消し合い、大部分が夜空に流れたとはいえ、周囲の気温は痛みの錯覚を覚える程に瞬間的に上昇した。


ホール上空を貫通していった魔術の余波で、断面から溶解した構造物の滴が泡を立てながら滴っていた。貫通し綺麗な大穴が開いた天井から、切り取られたかのような夜空が映っていて夜の外気が入り込んでくる。もし一瞬でも回避が遅滞すれば、いかにアラサカのタクティカル祓魔師の被呪耐性が高い者で構成されていたとしても、一瞬でセル事壊滅していたであろう威力だった。 

 

「完璧に避けたか。ひとまず褒めて……」

 

界異が言い切る前に影から斬撃が襲い掛かる。大太刀の黒不浄を抜いた副長は、火の概念魔術の余波を利用して既に忍び寄っていたのだ。 

 

不意を突かれた界異だが、超反応で奇襲を大アゴで受け止め防ぐ。圧倒的な穢装等級を持つであろうその生来武器は特級タクティカル祓魔師が使う黒不浄の攻撃を容易く無効化。しかしほぼ同時に下から影すら残さない高速の無影脚が副長から放たれ、矢のように大アゴを撃ち抜いていく。

 

たまらず黒不浄を放した大アゴの頭部に追撃が加わる前に、界異は体を捻り周囲を薙ぎ払いながら落下。その身体を蹴って副長が巻き込まれるのを避けて距離を取った。

 

入れ替わるように墜落地点に左右からライニと鹿目が挟み込むように肉薄、ライニのマウリティウスの聖槍が迅雷の如く闇を切り裂き大アゴの頭部を狙うも、更に高速で閃いた爪で受け止められる。翻る様に大鎌と毒針が嵐のようにライニに降り注ぎ、腕部装甲としなやかなステップで受け流す。避けるのが不可能な攻撃を、界異を挟んだ鹿目が多目的ワイヤーと黒不浄によって、妨害することで軌道を幽かにずらし対応していた。界異は再突入してきた副長に備え体制を立て直す。

 

円弧を描き突き出された毒針を副長が流麗かつ迅速に黒不浄で迎撃、そのまま下に流して動きを封じる。副長のジャケット肩部装甲を蹴ってライニが飛翔、即応した界異から大鎌の横なぎが飛ぶが、脚を畳んで回避。更に大鎌を蹴って“弾”を消費。弾丸型の結界用具を聖槍から排莢しつつ、マウリティウスの聖槍が杭打機のように加速し界異の大アゴの頭部に命中。亜神と推測される程の界異の穢れの守りを打ち破り、大穴を穿つ!

 

急所と思われるか所への攻撃を受けつつも、かぎ爪による反撃。闇色の斬撃が空気分子を焦がしながらライニに迫る。反射的に補助の黒不浄を引き抜き迎撃したライニの防御をものともせず黒不浄を砕き、右肘の装甲で受け流そうとする行動を許さず切断。勢いを僅かに減じただけの斬撃がその細い首に肉薄する。カバーに入った鹿目がライニの足首をつかみ取って引き込む。かぎ爪はマウリティウスの聖槍が発した黄金の余剰エネルギーの軌跡を蹴散らしながら、ライニの頭上を通過していった。

 

即座にライニへの追撃に使用するはずだった大鎌が鹿目に降り注ぐ。体をひねって直撃を避けるが刃はアラサカ社製のボディアーマーを砕きつつ疾走。血煙が舞う。更にかぎ爪が反転して戻り、鹿目の腹部に迫るも、副長の大太刀が迎撃。危険だが黒不浄の背に片手を押し当てて亜神の剛力を押しとどめる。穢れと穢れの刃が凄まじい音を響かせて吠え猛った。

 

翻った大鎌がかきむしる様な動作で、極めて近い間合いの副長の脚部を狙う。副長はかぎ爪を弾く反発力を利用して後方に退避、そのタイミングを呼んでいた毒針が容赦なく襲撃。鹿目が黒不浄で弾こうとするが逆に軽々と弾かれてしまった。副長は大太刀での防御が間に合わないと判断、御神刀をタクティカルホルスターから引き抜き迎撃。受け止められた界異は毒針の頭を旋回、御神刀の神霊防御を毒で脆弱化されてからの武器破壊。貫通し、左肩をボディアーマー事撃ち抜いた。そのまま毒針の頭部を振り回そうとする界異に対し、副長は右手による貫き手の点欠。尋常ならざる加護出力を持つ副長の急所への直接攻撃に怯んだ怪異を、腕を引き抜きながら投げ飛ばす!

 

頭と尾を合計すればアフリカ象並みの巨躯であるはずの界異を投げ飛ばすという荒業に、その場の全員が目を見開いた。 


「な、汝は本当に人間か……?」

 

間合いが開いたが、界異は困惑していて追撃に移ることは無かった。副長は界異のつぶやきに反応せず、Zセルを集合させ態勢を立て直す。一瞬の攻防でアラサカの精鋭が満身創痍になっていた。

 

「フフフ……強い、強すぎる」

 

「ライニさん、よく笑っていられますね……」

 

「腕なんて後で繋げれば良いだけですから。でも、今のうちに焼いて止血をしておきますか」

 

ライニは笑顔のまま左手の断面を、聖槍に宿している縁の呪火で焼き焦がし止血。歴戦のタクティカル祓魔師でも苦鳴を上げるであろう荒療治に眉一つ動かさない。一方で鹿目も重傷だった、肩口に受けた大鎌の一撃による出血が全身を赤く染めている。副長は毒針を受けていたが毒の影響を殆ど受けていないが、左腕の貫通傷からの出血を止めることは出来ていない。

 

「ライニ、分析は終了しているか?」

 

「はい総長。あれは通常の界異ではありません。基本的に強力な界異は三次元生物の枠にとらわれない、圧倒的な肉体能力や特殊能力を用いて戦います。でも、それだけなのです。同等の力をもつ我々タクティカル祓魔師が培ってきた技術の敵ではありません。でもあの界異は違う、我々と同じように戦うための技術を身に着けています。古代のクラシカル祓魔師たちがアレを見たら、神の一つとして数えていたに違いありません」

 

「だとすると、俺たちよりも生命力が高いアイツの方が有利……ってコトですよね」

 

「大アゴの頭を初手で潰せていたのが幸いだった。だが、押し切るには策が一つ要るな」

 

副長は鋼の眼をホールを見る。その視線にはカップ式のコーヒー自動販売機が幾つも並んでいた。

 

「アレを使おう。後は私が蜘蛛を斬る要領でやる。支援せよ」

 

ライニと鹿目が顎を引いた直後、驚愕から覚めた界異が突撃を開始。初手、毒針を大太刀で絡めとり、自動販売機に導く。毒針は自動販売機を紙屑のように破砕し中からコーヒーが溢れ落ちた、同時にライニが矢のように界異の懐に飛び込んでいく。即座にカギ爪で迎撃、しかしその攻撃は何故か一瞬だけ遅かった。合わせるように聖槍が繰り出され、かぎ爪の頭を破壊。憤怒の咆哮を上げて大鎌が瀑布のように降り注ぐが、ライニは即座に側転を連発して回避。追撃に毒針が放たれるが副長の黒不浄で阻止、強靭な手首の返しで再び界異を転ばせるが、大百足の界異は超反応で起き上がりながら大鎌の横なぎで反撃。しかし、再び一瞬の行動停止。その隙をついて副長は後方に回転しつつ、サマーソルトキックのように大鎌の頭を蹴り上げる。

 

血しぶきを上げながら再度大鎌で追撃するも、鹿目の黒不浄でやすやすと受け止められる。圧倒的だった界異の剛力が明らかに減じていた。副長が放たれる毒針を踏みつけて、黒不浄の大太刀を界異の胴に叩き込む。赤い鮮血が驟雨のように降り注いだ。


「終わりだ――化生土蜘蛛斬り作法。一太刀振るうこと四手」


静かな声と共に、巨体を制御し超反応を可能としていた三つの尾が切り落とされた。

 

「初手は脚斬り。退くを断ち」

 

竜巻のように黒不浄が旋回し、全身のバネを使って穢れの装甲を切断していく。大アゴの頭と、かぎ爪の頭が落ちる。もはや声は剣劇が発生する瞬間ではなく、結果が観測された場面で聞こえてくる。


「続く目潰し。動きを封ず」

 

大鎌の頭と毒針の頭が反応してはいたが、鹿目が投げ込んだAM10が炸裂。大百足の動きを遅滞させた瞬間、既にそれは落ちていた。

 

「次、糸払い。準備は整う」

 

全ての頭と尾を失った百足の胴体が八に分断され、血だまりに沈んだ。

 

「命を断ちて。これにて終い」


血ぶりをし黒不浄を鞘に納める。空気分子を灼く幻臭さえ漂う、凄絶な祓魔の剣であった。全員がとまっていた息を吐いた。全員が満身創痍のまま戦闘行為を続行したので、出血が酷かった。たまらず鹿目が支柱を背に座り込むと、右腕を失っているライニもその場で両ひざを付いて立ち上がれない。副長も肩で息をしていた。この女の息が上がっているのは非常に珍しい、それほどの激闘だったのだ。状況終了を告げようとした副長の手を制し、ライニが警告を発した。

 

「総長、目標はまだ沈黙していません」

 

即座に全員が振り向いた先には、大アゴの頭に小さな無数の脚を生やしてZセルの面々の前まで移動してきていた。聖槍で大部分が破壊された大アゴの複眼を明滅させながら、界異は言葉を紡いだ。

 

「天晴なり、人の子らよ……我を刃だけで祓滅するとは。見事としか、い、言いようがない」

 

界異の声は晴れやかでさえあった。

 

「だ、だが何故だ?我がこの常世で食った人間たちの知識によれば、何故汝らの様な英雄を、常世の人間たちは下賤な者として扱う?我が居た時代であったなら、な、汝らのような強者は敬われ讃えられていただろうに……」

 

ライニはその問いの意味が分からない、鹿目はその問いの答えを持たない。副長は応えなかった。界異は人間社会を理解しないが故に直線で問いかけてきた。

 

「な、何故危険を冒し、最前線で戦う戦士たちを軽侮する?何故汝らはそのような扱いを受けながらも、血を流し他者を護る?その不等式は不可解だ」

 

その問いかけに、副長一文字に引き締められた唇から静かな言葉が零れ落ちた。

 

「……生き延びるためだ」 

 

「汝が?汝ほどの祓魔師が生き延びることに苦労するほどの時代とは思えない」

 

「誰もがだ。私達はお前とは違う、独りでは生きていけない。騒々しく、いがみ合う事で何とか生を繋いでいる。お前に今日勝利したのも、お前が言う弱き者たちが積み上げてきた文明が一助となった」

 

副長は破壊されたコーヒーの自動販売機の残骸を眺めた。コーヒーは百足に対して即効性の、ある種毒性を示す。界異が戦闘中に動きが停止する場面がままあったのはこの作用によるものだった。

 

「あ、あらゆるものを利用する、か……なるほど。このまま大人しく滅するのも良しと思ったが……それならば、それならば。て、提案がある」

 

界異は真摯な目で問うてきた。

 

「わ、我を……使ってみぬか?汝らの走狗として」

 

息をのむ鹿目とライニを横目に、副長は鋼の声で答えた。

 

「……不等式が不可解といっていたな?なら今度はお前が天秤の釣り合いを取って見ろ。この病院で殺害した人間はお前がこれから救う人間で釣り合うとしてやる。だが、お前が殺したタクティカル祓魔師は三名いた。生きていればこれから多くの人々を救ったであろう者たちだ。どうやって釣り合いを取る?」

 

実質的な拒否の言葉であったが、界異はそのような機微を理解していなかった。それゆえに 


「その三名を黄泉がえりさせるというのはどうだ?」

 

「は?」

 

「その三名の肉体全ては不可能だが、魂ならばまだ間に合う。我の身体と一人分の肉体を触媒とし、死返玉〈まかるかえし〉の儀式を行えば理論上は三名とも黄泉がえりさせることが出来る。記憶は消え去るし、肉体も違ったものになってしまうが紛れもなく同じ魂を三つ、黄泉より現世に取り戻せる。肉体の主操作権限も我は手放そう。我が体躯を受け継いだタクティカル祓魔師は、現人神としてさぞ強い素質を持つだろうよ」

 

「……目的は何だ?」

 

「勝者の望みを、叶えてやりたいだけの事」

 

「――化け物め」


最後に笑っていたのは、敗者であるはずの界異だった。

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