Final Stage
俺たちは、この日の定期ライブのスケジュールを見ると自分の出番がくるのを待つことにした。その間も、俺はネタノートを開いて新たなネタの書き込みに余念がない。
すると、俺のネタノートを赤沢がじっと見ていることに気づいたので言葉を掛けることにした。
「赤沢、コントでどんなネタを演じたい?」
「いや、そのことではなくて……」
「違うのか?」
「そのボールペンが気になってなあ」
赤沢は、俺を連れて楽屋の外へ出ると周りをキョロキョロと見回していた。誰もいないことを確認すると、赤沢は俺の耳元で小声で話し始めた。
「なあ、そのボールペンなんだが」
「だから、俺のボールペンに何でこだわっているのか」
俺たちがひそひそと話しているその時、楽屋に1人の男が中へ入ってきた。芸名の通りであるのか、顔立ちからして陰気で引っ込み思案なものがにじみ出ている雰囲気が俺たちの目から感じられた。
「根来ライか……」
「赤沢、根来ライと何かあったのか?」
ここで、赤沢は一旦間を置いてから再び口を開いた。
「赤井のコーポに根来ライが引っ越してきたのは知っているよな」
「ああ、そうだが。正直に言うと、あいつとはつき合いたくないけど」
「引っ越してきた際に、何の手土産を持ってきたか?」
「手土産って、もしかしてこのボールペンのこと?」
俺は、自分が持っているボールペンを赤沢に手渡した。赤沢は、ボールペンをペン先から後端までじっと見ながら確かめている。
「ああ、やっぱりなあ」
「そのボールペンに何かおかしいところがあるのか?」
「これはボールペンの形をした盗聴器さ」
赤沢が発した3文字の言葉に、俺は思わず唖然としてしまった。その証拠は、赤沢の手のひらにはっきりと示された。
「こ、これが盗聴器の中身?」
「そうだ。USB端子がついているのが何よりの証拠だ」
俺にとっては、自分が使っていたボールペンが盗聴に使われたことにショックを隠し切れない様子だ。しかも、隣人からの贈り物だったのでなおさらのことだ。
「そうは言っても、これが盗聴器と普通は思わないだろうし」
確かに、このボールペンが盗聴器と思う人は限りなくゼロに近いだろう。盗聴器と見破ることができたのも、赤沢がアルバイトで行う盗聴器の調査員としての仕事がそのまま生かすことができたというのが大きい。
「このボールペンが盗聴器と知って、芸人の中に相当落ち込んでいるのがいるみたいだな」
「これも根来ライが送ってきたやつ?」
「ああ、祝い事に対する手土産で手渡しているのがこのボールペンだからな。このボールペンが盗聴器と知って、顔面蒼白となった芸人は何人も知っているぞ」
楽屋前で密かに話しているうちに、俺たちは出番が近いことに気づいたのですぐにステージへ向かった。
それから数日後、複数人の芸人たちを巻き込んだボールペン型盗聴器にまつわる騒動はあっけない幕切れを迎えた。
張本人の根来ライがマンションの一室に侵入した疑いで逮捕されたのだ。根来は、合鍵を使って誰もいない室内へ入って電池を交換しようとボールペン(実は盗聴器)に手を伸ばした。
しかし、玄関へ入ってきた住人である芸人と出くわしてその場で取り押さえられることとなった。警察の取り調べで住居侵入を認めた根来であったが、肝心の侵入した目的は何も答えようとはしなかった。
その後、事務所から契約を解除された根来の消息は10年以上を経過した現在も不明のままだ。
この日、俺たちシンゴーキは街ブラ番組のロケで江戸川区へやってきた。そこは、俺がかつて住んでいたコーポへ向かうための道である。
そのコーポが姿を現したのを見て、俺はスマホに表示されたあるニュースのことを思い出した。そのニュース記事は、山奥の森で白骨死体が見つかったという内容だが……。
「死後12年って、まさかあの芸人のことだったりして……」
白骨化した遺体が、疑惑を残したまま消息を絶った芸人なのかどうかは分からない。いずれにせよ、自分の推測でそんなことを考えるのは野暮なことだ。
「この先に、赤井がシンゴーキ結成前に住んだ部屋があるということだが」
「まあ、貧乏時代の思い出が詰まった場所ということで」
同じ住処でともにする仲間と語り合いながら、俺が暮らしたかつての住処のほうへ足を進めている。