1st Stage
ここは、お笑いトリオ『シンゴーキ』の3人が同じ屋根の下で暮らすマンションの一室だ。3人の固い絆は、仕事のない苦しかった時期から仕事が充実している現在に至るまで変わることはない。
そんな俺の名前は、シンゴーキのメンバーで最年長の赤井しんごだ。お笑い界における俺の経歴は、トリオの一員である青田すすむと黄島ただしの2人と大きく異なる。
今は放送作家に転向しているけど、俺には養成所時代からコンビを組んでいた相方の男・赤沢ショーゴがいた。鳴かず飛ばずで解散したお笑いコンビ『アカズクロス』だったが、その時に実際に遭遇した出来事があった。
こんな内輪ネタにしかならないことを書くなよと突っ込まれるかもしれないだろう。それでも、下積み時代のことを書き記すことでお笑い芸人としての原点を見つめ直したいと俺は考えている。
その当時、俺はいわゆる事故物件と呼ばれる江戸川区のコーポの一室を住処にしていた。築20年ほどの建物とあって、本来なら家賃が高いところを月4万円程度で入居することができた。
もっとも、そのコーポの家賃が安いと言っても、その頃の俺の収入は多くがアルバイトによるものだ。近くのスーパーで朝から昼過ぎまで平日の週5日勤務で、手取りの月収は12万円というところか。
残りの時間は、相方と2人で行うコントのネタ作りと事務所主催のお笑い定期ライブへの出演がメインとなっている。テレビのネタ番組に時折出ることもあるが、これといったレギュラー番組はまだない。
この日も、定期ライブを終えた俺は地下鉄の最寄駅で降りると、真夜中の一本道を歩きながら自分の住処へ向かっていた。
「明日もバイトを終わってから、地下鉄で新宿へ行って……」
次の日の予定を脳内で思い起こしていると、後ろから誰かにつけられているのではと気になったのですぐに振り向いた。
「あれっ、誰もいないぞ」
気のせいだと思って再び夜道を歩いているが、23区内の住宅地にもかかわらず街灯がほとんどないことに不安を感じるばかりだ。明らかに街灯らしきものは、俺が暮らすコーポをはじめとする集合住宅が集まる一角にいくつか見かけるに過ぎない。
こうしてコーポの一室へ戻ると、俺はシャワーで体を流した後で寝間着を身に着けてからネタノートに目を通すのが寝る前のルーティンとなっている。
「このネタは、赤沢がどう演じてくれるかな」
コントのネタ作りは、『アカズクロス』時代から一貫して俺が担当している。数多くのネタを作っても、相方が気に入ってくれなければ元も子もない。
この日も、ネタを思いつくとすぐにボールペンを取り出してノートに次々と書き記した。
「明日もバイトがあるので、そろそろ寝るか」
居間に敷いた布団の中へ入った俺は、コント日本一を決める『コントグランプリ』でのグランプリ獲得を夢見ながら眠りの中へ入った。