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訳有りそうな女性を拾った。

 


 俺の能力についてわかっていること。

 誰がどんな言語を話していようが、意味を理解し、相手に合わせた言語で会話することができる。


 ただ、複数人を対象とした実験で、俺は単一の言語しか話せないことがわかった。

 例えば、エルフ語を話すエルフとアメリア語を話すヒュームの二人に対して同時に話かけてみたとしよう。

 すると、どちらか一方は意味を理解できない、もう一方の言語で話しているように聞こえるらしい。

 エルフ語を話しながらアメリア語を話す、といった腹話術的な能力はないようだ。


 ではその無意識に変換している対象言語はどうやって決まるのか。

 仮に大勢に演説したとすれば、その大勢の中で使用している割合が多い言語を選択する。

 ではさっきの二人を相手にした場合はどうなるか。

 これは推測になってしまうが、世界でその言語を扱う人口が多いほうが優先されるらしい。

 それについても例外はあって、話したい方の言語を意識していればそちらの言語で話すことが可能になる。



 俺からしてみれば、全て日本語に聞こえるし、俺自身も日本語を話しているつもりなんだけど。



 他にも、知らない文字を読むことができるし、書くことができる。

 読む場合は簡単だが、書く場合は少しだけコツがいる。

 とは言っても、なんとなくこの言語で文字を書きたいと念じるくらいの気楽な切り替えだ。



 最近はある程度の法則を掴めてきていて、とにかくあらゆる言語に精通する能力であるらしい。



 そんな不思議な能力を理解して、仕事に役立てている今日この頃。



「それで?前回お願いしていた翻訳は済んだのかね?」



 やけに硬い言葉遣いで俺にそう告げるのは厳格な印象のあるおじさま。

 白髪の目立つ髪をオールバックに纏めた体格のいい彼はフレッドと名乗った。

 この街の町長とでもいうべきか、肩書だけは立派なようだが俺は未だに彼が敬われている場面に遭遇したことがない。


「はい、この前の文献はこっちにまとめています」


 ふん、と鼻を鳴らして厭味ったらしく俺の作成した翻訳書をねめつけるように確認するその人を、俺はどうにも苦手に思っている。

 まあ、仕事と給金をしっかり渡してくれる点においては感謝しているのだが、如何せん高圧的というか、威圧的というか、ともかく若干怖い。


「…ほう、用ができた」


「はぁ、」


 なにやら顔色を変えながら、言葉短くそう告げて去っていく後ろ姿にほっとしながら扉が閉まるのを確認した。

 そうやって言葉の足らないのは今に始まったことではないし、気にしないのだが、次の仕事は振られないのだろうか。



 この街に来て早一か月。

 青月無の三日目ともなれば、この街での過ごしにもある程度慣れ始めており、今日はエメちゃんでも連れて街をぶらついてみるか、と腰を上げたその時。



「…ああ、明後日までにこれを頼む」


「…はい」


 Uターンしてきたフレッドさんに次の仕事を振られるのであった。




***




「あー、目が痛い」


「せいやにぃ、だいじょうぶ?」


「いま元気出た」


 ぽっちゃり幼女なエメちゃんの心配の声に何とか意識を取り戻す。

 仕事の内容は書かれていることをアメリア公用語を意識しながら書き写すだけっていう簡単なものなんだけど、如何せん量が多い。

 それもエメちゃんの応援を背に受ければなんのその。

 なんとか明後日までの納品目途をつけて本日の業務は終了である。



「ふぅ、お出かけする?」


「おしごとおわったの?

 じゃあおでかけする!」


 その満面の笑みに心を洗われながら支度をする。

 なんだか小躍りをしている幼女を視界の隅に捉えながら、今日は何を食べるんだろうなと思考を巡らせる。

 …いつまでもお気に入りの串焼き肉はマストだろうなと頬を緩めながら。



 やってきました屋台道。

 いつも通り、店主の期待に満ちた笑顔を確認しながら今日もエメちゃんは人気者だなと自分のことのように鼻が高くなる。


 よくわかっていないながらも笑顔を振りまくエメちゃんは、今日もナチュラルに値引きされた商品を受け取りながらウハウハの様子である。

 …後ろのほうから視線を感じて振り返れば、こちらもいつも通り、アリサさんにルビちゃんを連れたエルモアさんの二人が尾行するかのように付いてきている様が見て取れた。


 最近ではそのほかにも襤褸を纏った子供たちが路地裏から視線を投げかけるようになってきたこともあって、苦笑いが零れる。

 何があったか詳細は知らないが友達になったらしいことは本人の口から聴いたため、深く考えずに視線を受け流す。


 そうやっていつも通りな人気っぷりを感じながら歩いていると、人だかりを発見した。

 何やらよくない雰囲気を感じて警戒する。

 人だかりは何やら一人を囲んで凶弾するかのような、攻撃的なものを感じてエメちゃんが居る手前離れるべきかと思案するも、ルートを変更する前に彼女は気づいたらしい。


「んー?なにしてるんだろー?」


「…そうだね、危なそうだし遠くから見てよっか」


 俺はこの世界の人間と比べても体が弱い。

 この世界の平均的な男性は筋骨隆々の逞しさを持っているし、女性にしても魔法なんて不思議パワーを使いこなすために俺なんかよりはよっぽど役に立つ。

 それをこの街についてから嫌というほど実感しているために、危険なものには近づかない処世術を身に着けたわけであって。


 まあ、彼女にとってそんなものは関係ないらしいが。


「どうしたのー?」


「ちょ、エメちゃん?!」


 今に隣で手をつないで歩いていたというのに、するりとその手を振りほどいて人混みへと駆け寄った幼女を慌てて追いかけることになった。

 ああ、いつの間にか顔見知りの住民と会話しているし。

 なんなんだその溶け込み具合は。無敵か。


「あら、エメちゃんの保護者かしら?

 …子供にはあまり見せるべきじゃないわ

 なんだか揉めてるみたいよ、言葉が通じてないみたいでややこしいけど」


「言葉が通じない、ですか?」


 人のよさそうなおばさまがエメちゃんを庇うように人混みの中心へ視線を通さない位置で教えてくれた。

 うん、なんだか俺にうってつけの状況らしいし、ちょっと首を突っ込んでみるかな。


「エメちゃんはおばちゃんと話しててね

 …すみませーん、通してくださーい!」


 ずんずんと人だかりを押しのけて中心へ近づくと尻もちをついているお世辞にも綺麗とは言えない、粗末な服装のフードを被った女性と、それを見下ろして人の悪い笑みを浮かべるがたいの良いおじさん。

 それを止めようとする人間と、もっとやれと言わんばかりににやにやしている人間とで両極端だった。


「亜人が俺様の服を汚しやがってよぉ

 この服もう着れねえよ、どうしてくれんの?」


「ご、ごめんなさい」


「ああ?

 ここは人間様の街だぜ?せめてアメリア語くらい勉強しないとな?」


 …大体わかった。

 この女性はこのおじさんにぶつかったか何だかしたわけだ。そしてアメリア語が分からないと。

 それをいいことに強気に出たおじさん連中がたかろうとでも考えているのか、言葉が通じないのにどこに話を持っていこうとしているのか、甚だ疑問ではあるが。

 それにしても俺様って、物語でしか聞いたことねえよ。


 丁度女性の背後側からその場面に出くわした俺は亜人だと蔑まれている彼女の容姿がわかっていないため、少し回り込んでみる。

 …初めて見る種族だ。


 大枠では人間と変わらない見た目だが、瞳の色が赤くて病的に肌が白い。

 八重歯と言っても通じそうな牙に、綺麗な銀色の髪。

 そして何より印象的なのは右目に縦一線入っている痛々しい切り傷。


 初めて見る人種かもしれない。

 異世界に来て日が浅い俺からすればみんな奇抜な見た目をしていて判断がつかないが、亜人などと蔑称を使っているくらいだし、言葉も通じないことからしてみても珍しい種族なんだろうなと。


「す、すみません!

 うちの連れです、クリーニング代出すんで勘弁してください!」


「ああ?クリーニングだと?

 こんな汚ねえのにぶつかってクリーニングで済むわけねえだろ!舐めてんのか!

 弁償だ!高かったんだこの服はよ!」


 どう見てもその辺に安売りされてる服である。

 大体いきなり勢いよく謝れば相手もなんだかんだ引いてくれるだろうって作戦だったのに、俺が謝ることを見越していたってくらいスムーズにごねやがって。

 こいつ、言葉もわからない見たこともない種族が一人で街に居るわけないと踏んで連れからたかろうって魂胆か。いい考えしてやがる。


 どうしたもんかと次の一手を考えていると、強気だった男のメンバーの何人かが顔色を変え始めたのに気付いた。

 こそこそとおじさんに耳打ちをし始める。


 なんだ?と疑問に思っているとさっきまでの強気が一転、変な笑みを浮かべながらごにょごにょ言い始めた。


「ま、まあ、今回はクリーニング代で勘弁してやらんこともねえ

 ああ、そうさ!俺の寛大さに感謝しろよ女!」


「は、はあ

 じゃあ、これくらいでいいですかね?」


「…ふん!しけてんな!」


 そんな捨て台詞?を吐きながら人混みをかき分けて去っていくおじさんず。

 なんだったんだ。


 ひと段落したのかと人混みも掃けていく。

 残るは俺とエメちゃんと件の女性。

 その痛々しい顔の傷が何とも悲壮感を漂わせる。


「あの、ありがとうございます

 あ、言葉勉強できてないから…どうしよう」


「あ、言葉わかります」


 泣きそうな顔で感謝を何とか伝えようとする彼女の様子に何の気なしに返した言葉がまずかったらしい。

 おどおどとした先ほどまでの表情は一転。

 剣呑な雰囲気を漂わせて、ゆったりとしたその粗末な服のどこかに隠していたのか、短剣を取り出して首筋に突きつけられた。


 …まったく見えなかった。


「…ほかに仲間は?

 余計なことを口に出したら、わかるな?」


 …やべぇ。とんでもない厄介ごとに出くわしたらしい。

 説明するにしても口を開いたら冗談じゃなく首と身体が離れそうだ。


「くっ、」


「助けられて刃を向けるとは何事か?」


「事情は知らないけど、私の恩人でね、拘束させてもらうよ」


 気づけば俺と彼女の間にはアリサさんが剣を構えて立っており、魔法でも使っているのか、エルモアさんが彼女に手をかざして後ろに立っていた。


「そのまま拘束しててください!傷付けないでくださいね!

 なんか俺の能力のせいで誤解されてるみたいです」


「なるほど」


 その言葉だけで大体の事情を察したらしいエルモアさんは、そのまま拘束することに苦はないみたいだ。


「あの!

 俺の能力のせいですみません!

 俺どんな言語を相手にしても会話ができる特異体質なんです!」


「…信じられない

 私たちの言語をヒュームが知っているはずがない!」


「それはそうなのかもれないんですけどね…」


 俺だって逆の立場だったら警戒してしかるべきだし。

 仮に言葉のわからない世界で急に日本語で話しかけられれば、警戒はするし状況によっては攻勢に出る可能性だってある。

 …それも明らかに訳有りそうだし。ええい、首を突っ込んだからにはもろともだ。


「…俺は魔法も使えないし力も強くないです

 気が済むなら俺を拘束してもらってもいいです

 だから気の済む方法があればどうぞ

 …傷付けるのだけは勘弁してもらえないですか?」


「…ふん、私よりやり手のこの二人がいる限りはあなたを拘束しようが意味なんてない」


「…ああもう!

 あなたね!こっちはいつだって殺せるんですからね!

 こうやって会話してるのが何よりの証拠になりませんか!」


「やはり私を追ってきたわけだ

 そうやって懐柔して何が望みだ!」


 言葉はわかるのに会話が通じない。

 初めてのタイプだ。

 八方塞がりとはこのことか。


「おねえちゃん、だめだよ!

 せいやにぃきずつけちゃ、め!」


「…エメちゃん?」


 今日何度目か。

 目を離したらすぐに危険に飛び込む困ったちゃんな幼女は本気で怒っているのか、ぷりぷりと頬を膨らませて一生懸命注意している。

 俺に刃物を突き付けたのを言っているんだろう。

 …全部エルフ語だが。


「…子供まで使って、この外道め!

 わ、私が子供に弱いとでもおもったか!」


「…んー?」


 ちらちらと、エメちゃんを見ながら叫ぶ彼女はどうにも子供に弱そうであった。


「もう!めっ!

 おおきなこえださないの!」


「くっ!」


 今までで一番の悲痛な顔をしている。

 なんかこのままエメちゃんに任せたほうがうまくいきそうな気がしてきた。

 現実逃避かもしれない。


「ほら!これあげるからね?

 なかなおり、ね?」


「た、食べ物で釣ろうというのか?」


 困惑気味にエメちゃんから差し出された夕飯前のおやつになる予定のクッキーを見て、愕然とした彼女は力なく項垂れた。

 何かが彼女のプライドを折ったらしい。

 全身の力が抜けてへたり込んだ。


「…もう、馬鹿馬鹿しい

 殺せ

 同胞の情報は吐かないし、そもそも私が最後の生き残りだ」


 なんか、ヘビーなこと言い出したし。

 すべてを諦めたようなその表情に言葉を投げかけることができないでいると、そこは我らがのほほん製造機エメちゃん。

 そんな大人の事情なんて何のその、取り出したクッキーを彼女の口へ運ぶ。


「おいしい?

 …いたいのなおった?」


 心配そうな顔をして、俯いた彼女の顔を見やった。

 ボロボロと涙を流す、素性の知れない訳有りそうなその女性はクッキーを口に含みながら、エメちゃんに頭を撫でられるがまま。

 しばらく、幼女が大の大人を慰める光景は続いた。


 


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