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金髪美人に出逢った。

 



 身の丈ほどはある刀、というよりは大太刀といったほうがいいだろうか。

 アザミさんの身体から推測するに三メートルほどはあるその美しい刃を怪しく光らせながら、構える相手はこの東の里の長であるアカさん。



 ここ、大広場にて、里の全員が静かに見守るのは、身の丈ほどの大太刀を構える彼女と、二対の刀を鞘から外して堂々と立つアカさんが対峙している場面だった。



 女の大鬼の中では一回り大きく、男の大鬼と並んでも見劣りしないくらいの巨体を持つアザミさんであったが、大鬼の中でも一際でかいアカさんと比較してみれば、まるで大人と子供くらいの差は感じられる。



 なぜこんな状況をみんなで見守っているのかと言えば、エメちゃんのためであった。



 俺がエメちゃんのもう一つの人格から、過去と想いを知り、アザミさんに協力を仰いでから、彼女の行動は早かった。



 まるで最初からそうするために準備していたかのように。



 あっという間に話をつけて帰ってきたと思えば、彼女は昔から頼んでいたらしい自分用の大太刀を引っ張り出して、長へ決闘を申し込んだのだ。



 何がなんでそうなったのか、意味がわからず、反応するのに数秒を要した。



 この里、というよりは大鬼の掟だが、女が武器を持つ、狩りをするということは本来は許されない。

 にも関わらず、なぜか取り出した大太刀について質問してみれば、彼女は昔からその例外になろうと行動していたのだとか。



 彼女を突き動かすのはこの退屈な里から飛び出して世界を知り、己の強さを知ろうとする衝動。



 初めて会った時からやたらと珍しい俺たちを気に掛けていたのは、変わり映えのないこの里に唯一飛び込んできた変化と共にいれば、自分の願いも叶うはずだとどこかで確信していたから。



 普段の言動から薄々気付いては居たのだが、彼女は女性にしては珍しく野心と、それを達成することができるほどの力を持っていた。



 俺たちが来る少し前には、里の男連中にただの一度も負けたことがない彼女の発言力は、大鬼の掟を破ることに少しの寛容さを引き出すことに成功していた。



 曰く、長であるアカさんを越えること。



 ただその一点を条件に彼女の自由は保障されるのだと、なんともギラついた表情で説明された。



 そして、唐突に出現した千載一遇の機会は、彼女の我慢を一瞬で崩す威力と魅力を備えていたらしく、エメちゃんの話を聞いて半日足らずで決闘が始まった。



「…考えは変わらないだか?」


「もちろん!」



 重々しいアカさんの言葉とは対極の、やけに楽しげな笑顔と明るい返事をするアザミさん。

 昨日の闇付きに受けた怪我はすっかり回復している様子。



「そもそもこいつが里さ来た日にでも決めてたんだがや

 珍しい人間との生活にすっかり時間が経っちまったがや」


「…そんまま話忘れてくれたんがなかやと、ほっとしとったがや」


「んなわけなかが!

 “ウチ”は最初っからこうなるんは知ってたが」



 アザミさんの一人称の変化に、少しの違和感を感じた。



「…もう名を捨てた気でいるがや?

 舐められたもんだが〜」


「長を舐めてんじゃなかよ

 ただ、ウチ自身のココが負けないって教えてくれたが」



 ぽよんと胸を叩く彼女は、尚も楽しそうに笑みを浮かべる。

 その様子にアカさんも言葉は要らないとばかりに二対の刀を構える。



 嘘みたいに雰囲気が一変すると同時、キィンと、小さな音が鳴り響いた。



 気付けばアザミさんの身体は宙へ浮いており、アカさんの頭上から大太刀を振り抜いたかのような姿勢。

 そのまま、空中にも関わらず難なく身体を捻って再度その得物を頭上から振り下ろす。



 それをなんなく後ろに引いて躱すアカさんと、ズンと音を立てて着地するアザミさん。



 仕切り直しとばかりに構え直して、数瞬。



 俺の動体視力では二人の姿を目で追うことも難しい剣戟の音だけが耳に響く。



 何が起こってるのかがわからない。



 断続的に鳴る刀と刀がぶつかり合う音に目を凝らしても、何やら凄そうな身のこなしを朧げに捉えるばかり。



 何故モノホンの武器を使って殺し合っているのか。

 強さを証明するんだったら他に手段はあるんじゃなかろうか。


 そんな今更な恐怖感や焦燥感に当てられるほどには、二人の闘いから本気を感じ取ってしまった。



 このままではどちらかが死ぬまで終わらないんじゃなかろうか。



 漠然とした予感に、それがただの思い過ごしではないことを、溢れる血を見て確信する。



 いつの間にか二人の足元には夥しいほどの血が模様を描き、どちらの仕業なのか地面に剣跡が刻まれ、尚も続く。



 一目で見てただの怪我では済まされない量の血の匂いに、頭がくらくらして、倒れそうになるのをグッと堪える。



 甘く見ていたんだと思う。


 彼女に助けを求めれば簡単に頷いてくれると思っていたし、他の大鬼たちもすぐにでも許可をくれると思っていた。



 それがなんだ。この光景は。



 尚も響く剣戟の音と飛び散る血に、俺からお願いしておいて、やめてくれと叫びそうになる。

 けど、その叫びを口にしてしまったらきっと俺はみんなに嫌われてしまうんだろうと、周りの真剣な表情の大鬼たちを見て察した。



 これは口出し無用の真剣勝負なんだと理解できてしまった。



 止むどころか寧ろ苛烈さを増していく戦いの様子に、一体いつになれば終わるのかと、祈り目を瞑る。



 数分とも数時間とも、気が気ではない途方もない時間を過ごして、音は止む。



 恐る恐る目を開けてみれば、そこには倒れ伏したアカさんと血だらけのアザミさん。



 もしかして、と嫌な想像が脳裏に浮かぶ。



「…ウチの勝ち!」


「…こんのお転婆娘が〜

 はぁ、誰に似たんだか」



 決闘が始まる前と同じニコニコとした笑顔で声高々に告げるアザミさんと、呆れたように溢すアカさんの言葉に最悪の想定は外れたのだと胸を撫で下ろす。



 そうだよな、仲間内で殺し合いなんてするわけないよな。



 俺の考えすぎか、そもそも剣の心得もない一般人な俺からしたらこの闘いが大袈裟に映ったのかもしれない。



「「お、長〜!!!」」


「ね、ねえちゃん!!!」



 ドッと、今まで静かに見守っていた大鬼たちが割れんばかりの大声で倒れたアカさんへ駆け寄る。



 同じく、アザミさんへ向かうイチカさんと数名も顔色を白くさせて駆け寄っていく。



 包帯、水、薬なんか諸々を塗りたくって巻きつけての大騒ぎは、慌てた様子とは裏腹に非常に丁寧に慎重に素早く行われた。



「…やっぱ、ですよね」



 みんなの様子に、さっきの決闘が本気で危険なものだったんだろうことを再認識した。





 幸い、実力が拮抗していたのか、致命的な怪我もなく、大鬼の持ち前の異常な回復力のお陰か次の日には二人とも起き上がって談笑していた。



 流石に今回の事件は些細なことではなかったようで、周りの大鬼たちは安静にしていろと口煩く二人の身体を心配していた。



 それからは俺とエメちゃんとアザミさんの送別会と称しての宴が始まり、夜は更け、日が昇る。



「アリ、ガト!」



 いつかの北の里で披露した感謝の言葉も、幾分か達者になったエメちゃんは、前と同じくにこやかに、元気一杯にそう告げた。



 ベニさんやイチカさん、他にも知り合いになった大鬼たちから別れの言葉を受け取って、俺たち三人は里を後にする。



 ベニさんも付いて来たがっていたが、イチカさんを娶って日が浅く、長の許可は降りなかった。

 他にも数名付いて来たがってくれてはいたものの、やっぱり里を出る許可は簡単には降りなかった。



 せっかく仲良くなれたみんなとの一時的なお別れに、何も感じないわけもなく、少しの寂しさを引き摺りながら、お世話になった一人ずつにしっかりお別れの挨拶を交わした。



 これが最後じゃないのだと、またねの言葉もそこに添えて。



「いってきます!」



 柄にもなく大きな声で叫んでの出発は、緑月無の五日目の朝だった。




 ***





 何もかもが大きなこの森を、三人で歩くこと数時間。



 現代っ子な俺からすれば、里ではやることがなかったと言ってしまえるほどに退屈だったため、毎日この森を駆け回っていて、少しは体力がついたと思っていたのだが。



「…おめ、セイヤも乗ればいいがや

 疲れたがよ?」


「..はあ、はあ、っい、いえ!

 これでも男ですから!」


「せいやにい、だいじょぶ?」



 アザミさんの覚悟を見たあの決闘で、何かを刺激された俺は呆れた彼女の視線をものともせずに、自分の足で森を行くことに意固地になっていた。



 ガラガラと、食料に水にエメちゃんを乗せた荷車を難なく引いて俺の少し先をゆっくり歩くアザミさん。


 方や息を切らしてその後を必死に追う、運動不足な成人男性の図。



 たった数ヶ月ほどの運動なんて、この森を庭にして生きてきたアザミさんと比べれば微々たるもので。


 もうすでに限界近い自分の情けなさに、今日一日くらいはと歯を食いしばる。



 心配とも呆れとも取れるその生暖かい視線を受けながらも、決して強引に担がないくらいには、俺の気持ちを少しは思い遣ってくれているのだろう。



 完全にお荷物過ぎて心が痛い。



「…乗ります」


「…よぅがんばったがや」


「せいやにいはここね!」



 足に違和感を感じ始めて、日が天辺を昇った辺りで俺の心は折れた。



 迷惑かけてすみません。



 ゴロゴロと転がる馬車ならぬ、大鬼車は意外にも衝撃は少なく、最初から乗ってればよかったと思った。



 こんな森の中をこんな少ない衝撃に抑えているのは何なのかと質問すれば、魔法だと言われた。



 説明されて確認すれば、確かに車軸が浮いている。

 この世界の不思議な力によって初めて感じた便利であった。



 エメちゃんに笑顔で指定された動物の毛皮が敷かれた特等席で、さっきまでとは明らかに上がった速度で流れる景色を眺める。



「ねえねえ、いまからどこいくのー?」


「…冒険だよ、冒険」



 あれからエメちゃんは普段のエメちゃん、幼女モードのままであり、お姉さんなエメちゃんとは会話ができていない。



 どうしたものかと頭を悩ませたが、どこかで記憶や思いでも共有しているのか、特に疑問も抱かずに里のみんなと離れることを嫌がることもなかった。



 たのしみだねー、とあの決闘中はしっかり眠っていた彼女にどう接していいのか、最近の悩みである。



「そろそろ着くが」


「ありがとうございます」



 見えてきたのはこの幼女を拾った北の里。



 お姉さんモードのエメちゃんと会話も叶わない状況で、どこに向かっていいのかわからない俺たちは、初めてエメちゃんを見つけた人から情報を聞き出すことにしたのである。



 一通り歓迎されて、当たり前のように宴が始まる。



 エメちゃんの魅力もその一つだろうが、きっと大鬼たちは宴くらいしか楽しみがないんだろうと思った。



 久しぶりに会った北の里の大鬼たちは、エメちゃんに一通り構い倒してご満悦の様子。



 まあ、幼女なエメちゃんは長旅に疲れて直ぐに寝入ってしまったが。



 それでも満足なんだろう、楽しそうにエメちゃんの寝姿を観察しながら俺の質問に答えてくれた。



 どうやら、彼女はここから更に北の森で見つけたらしい。



 手がかりのない俺たちは、とにかく北へ向かってみることを決めた。




 ***




「な、なんだかこいつら!?

 なんて言ってるだ!?」


「オーガだとかなんとか!

 敵と思われてます!」



 森の中でのひと月程の旅も、大きな事故も起こらず終わりを迎えて、舗装されているような、人の手が加わったであろう痕跡が漂う立派な道に出たことで、ほっと息を吐いたのは少しの間だけだった。



 凹凸の少ない道を前に多少の無理はできると、アザミさんが全力で引く荷車に生きた心地がしない俺と、対照的にテンションぶち上がりのエメちゃん。

 遠目に何かが居るとアザミさんが言ってすぐに、何やら怪しい格好をした人間の集団とかち合った。



 第一村人発見とばかりに話しかけようとした俺は、キィンと甲高い音に何事かと周囲を見渡すが、大太刀を抜いたアザミさんの、あいつら弓放ってきやがったとの言葉に背筋が凍った。



 どうやら問答無用で撃たれたらしい。


 なんで?と疑問が脳内を埋め尽くすのも束の間、矢継ぎ早にヒュンヒュンと近くの地面に突き刺さる矢の数々に咄嗟にアザミさんの背後の荷車の影へ隠れる。



 雄叫びをあげながら近づいて来るのは確かに人間で、大鬼の里の刀とは比べ物にならないほどのボロボロな剣や斧を振り回す姿に腰が抜けた。



 それでも俺にできることは会話くらいで、必死に何を言っているのか耳を澄ませば、オーガだ、殺せ、ガキは傷つけるな、と物騒な鳴き声をあげている。



「エメちゃん、しゃがんで!」


「えー、うたげじゃないのー?」


「そんなわけないでしょ!」



 そろーっと荷車から楽しそうに顔を出すエメちゃんは騒がしい様子に祭りか何かが始まったとでも思ったみたいだ。



 不満げな幼女を何とか荷車に隠して、どうしようどうしようと焦る気持ちだけが募る。



「敵じゃありません!やめてください!」


「ああ!?そっちのは殺しちまえ!」


「な、なんでですか!?」



 必死の叫びも何の意味も持たないようで、問答無用な抜き身の殺気に漏らしてしまいそうだった。



「めんどうや〜、言葉が通じんのか?

 殺しちまっていいが?」


「い、いや、言葉は通じてるはずなんですけど!

 わかんないです!」


「ん〜?ようわからんが

 取り敢えず言葉はわかるんやが?」


「はい!」



 何でもないように、振り回される武器を捌きながら俺たちに飛んでくる矢も軽く弾くアザミさんは随分余裕そうだ。



 だからこそ迷う。



 普通はやられたらやり返さないと危ないんだろうけど、特にアザミさんの様子を見ても何でもなさそうにしているから。

 客観的に見れば襲われて危険な状況なはずなのに、アザミさんが強すぎて彼らの攻撃を物ともしていないため、何かうまい落としどころがないかと頭を働かせてしまっていた。



「殺さずに無力化とか!?」


「こんな弱えのに合わせるなんて無理だが

 間違って殺しちまうだよ」



 どうしたものかと頭を働かせても特に案は出てくることはなく、人間たちとの膠着が数分続いた頃。



「“咎人の鎖(ホーリーチェーン)”」


「…今度はなんだが?」



 鈴の鳴るような声とはこのような声を指すんだなと思えるほどに、やかましい喧騒の中でも凛と静かに響いた女性の言葉に呼応して光を放つ鎖がおよそ堅気ではないだろう彼らを絡め取った。



「大丈夫ですか?」


「…はい」



 その声に振り返って、…思わず返事をするのも忘れそうになる程に、彼女は美しかった。



 腰あたりまで伸びた綺麗に輝くブロンドの髪に、宝石のようなブルーの瞳。

 かっちりと着込んだ白銀のフルプレートに身を包み、同じく白銀の兜を小脇に抱えている立ち姿は物語の騎士のよう。



 そんなゴツい装備とは裏腹に虫も殺さなそうな優しく整った顔立ちが、絶妙なバランスで混ざり合っていた。



「..にい?せいやにい?」


「ああ、ごめん、どうしたの?」


「せいやにいがぼーっとしてるからよんだだけ」


「そか」



 あまりの衝撃にエメちゃんの呼びかけにも反応が遅れてしまった。



「あの、ありがとうございます!」


「いえいえ、困った人を助けるのが私の役目ですから」



 控えめに笑った顔がなんとも絵になる。



 ぽーっと、しばらく心ここに在らずといった状態で、アザミさんと助けてくれた彼女の二人が拘束した人間たちを一箇所に纏めているのを眺めていた。



「この辺は帰らずの森に近いですから、こういった野盗からの被害が多いんです」


「そうでしたか

 あの、よく俺たちを助けようと思いましたね?

 あ、ほら、アザミさんは強いですし、大きな身体もしてますし」


「ふふ、そんなの見ればわかります

 困っていそうだったから、手を出させていただきました

 …それに、オーガの知り合いもいますしね」



 オーガの知り合い?



 人里にもオーガが居るのかと質問しようとしたところで、アザミさんから視線を向けられていることに気づいた。



 この女は何を言っているんだとでも言ってそうな目である。



「ああ、彼女は助けてくれたみたいです」


「そんなの知ってるだ

 この人間たちはどうするだか?」


「ああ、

 すみません、あのー、あ、名前って?」


「私はアリサと言います

 最果ての街(ファンガス)で太陽騎士団に所属しています」


「アリサさんですね

 俺はせいや、こっちはアザミさん、この子はエメちゃんです」



 あらかわいいと、小さな幼女にニコニコと話しかける彼女だったが、終始キョトン顔のエメちゃんの様子に恐らく会話は通じてないだろうことを告げた。



「…そうですか

 言葉もわからないのに一緒に旅を?」


「あ、あー、いえ、俺はわかるんですけど

 …なんでだか」


「?、博識なんですね」


「そうかもしれません」



 自分自身でもよくわからないのだから説明のしようもなく、エメちゃんと出会ってから半ば確信していた俺自身の異常性を、アリサさんと出会って更に自覚した。



 異世界人だから、定番なら自動翻訳的な何かだろう。

 ようやく物語っぽくなってきた俺の秘められた力が解放されるのも時間の問題かもしれない。



「…セイヤ、それでどうすりゃいいだか?」


「あ、

 …アリサさん、この人たちは?」


「ええ、このまま街へ連れて行きます

 盗賊でもこの立地ならやることは山程ありますので

 貴重な労働力です」



 薄々気付いてはいたが、やっぱりこいつら盗賊だったらしい。

 アザミさんにジト目を向けられながら、俺はアリサさんの言葉をそのまま告げた。



 呆れたような表情はきっと俺の思い過ごしじゃないだろう。

 アリサさんの容姿に完全に見惚れて頭が正常に働いていない。



「では、いきますか」


「あ、俺たち身分証とかお金とか何も持ってないんですけど、大丈夫でしょうか?」


「…アザレアさんたちを思い出しますね

 大丈夫です、私が何とかします」


「あ、ありがとうございます」



 アザレアさんってのが誰なのかわからないけど、何とかなりそうだ。



 にしても、七人いるこの盗賊たちを運ぶのは大変そうだなと、他人事のように眺めていると、光の鎖を一纏めにして背負うアリサさん。



 170cmくらいしかないその身体に七人もの成人男性を担いでいる、というか引き摺っている姿は、まさにファンタジーだった。



「ほー、こんのちいせえのは力持ちだがな〜

 人間はいろんなんがいておもしろか〜」


「すっごーい!」



 アザミさんは感心したような、エメちゃんは興奮しながら、キラキラとした目を彼女に向ける。



 こういうところで改めてやっぱり別世界だなと俺は思った。




 ***




 一時間もせずに街へ到着した。



 大鬼の里で過ごした影響で、全てが小さく感じるが、大鬼の里とは違った雑多さに新鮮味を感じる。



 街の外周を囲うように作られた深い堀と聳え立つ壁は大鬼の里を経験した俺からしても見劣りしない。


 同じく大きな門はアザミさんも簡単に通れるほどに作られていた。



 石や木で作られた建物はしっかりしていて、道は石畳が綺麗に敷き詰められていて、海外旅行にでもきた気分。



 騒がしくも活気あふれる人々と、色とりどりの建物や看板に軽く目眩を起こしそうになる。



 その道行く人々は俺たちの姿をまじまじと観察しているようだ。

 俺たち、と言ってもその視線はアザミさんとエメちゃんに集中しているようだが。



「おう!アリサちゃん!またなんか拾ってきたのか?」


「またってなんですか

 拾ってませんよ、途中からご一緒しただけです」


「アリサねえ!オーガさんすきなの!?」


「すきですけど、すきだから連れてきたってわけじゃなくてですね」



 ズンズンと街を歩いていけば、おじさんから少女までに話しかけられて丁寧に返答するアザミさん。



 彼女は人気者らしい。



 彼女に集まって話しかける人は思いの外多く、捌き切るまで時間が掛かるだろうと視線を街の様子に向ける。



「せいやにい、あれなに?」


「あれはー、焼き鳥かな?」


「おいしい!?」


「うーん、この世界のは食べたことないからなー

 どうだろ」


「ん?嬢ちゃんこれ食いてえのか?

 ほれ、持ってきな、サービスしとくぜ」


「いいんですか?ありがとうございます」


「この街に子連れの新入りなんて珍しいからな

 挨拶がわりだよ」


「?」



 今にもよだれが垂れそうなほどに、焼き鳥のようなものを食い入るように見ていたエメちゃんの様子に、店主は笑顔でサービスしてくれた。



 ぱーっと、花が開いたように笑顔を浮かべながら、躊躇なくパクりと口にするエメちゃんは、言葉にならないのか幸せそうな顔でうっとりと焼き鳥に魅入っている。


 五本貰った焼き鳥は瞬く間にエメちゃんの胃の中へと消えた。



 よほどおいしかったらしい。



 おいしそー、ままーあれ買ってー

 そうね、たまにはそうしましょうか



 なんて、会話が聞こえたと思えば焼き鳥屋に列が出来始めた。

 エメちゃん効果恐るべし。



「嬢ちゃん!こっちも!」


「これは甘くておいしいわよ〜」


「新作だ!食ってくれ!」



 それを見た他の屋台の店主たちからもタダでたくさんの食べ物を貢がれるエメちゃんは、言葉はわからずともくれることはわかったようで、ニコニコとご機嫌にもらった端からパクパクと。



 たまらないとばかりに幸せそうな表情で、その小さな身体のどこに消えるのか、勢いそのままに完食してしまった。



「…しあわせ〜」


「よかったね」


「餌付けされてるだか?」



 周りの人達の視線も何のその、エメちゃんはおいしかった食べ物たちに想いを馳せている様子。



 食べて眠くなったのか、アザミさんの引く荷車に横になってスヤスヤと眠り始めた。



「ふう、すみません、碌に案内できず

 こっちです」


「いえ、こっちはこっちで堪能できてましたので」


「そうですか?

 ならよかったですが」



 ようやく解放されたらしいアリサさんと共に、街を案内される。


 と言っても目的地は決まっているようで、目に付く建物の説明をしながら、たどり着いたのは、一際大きな建物。



「アザレアさん、お客さんです」


「ああ?誰だ?」



 薄い赤色の肌に控えめな二本の角。



 扉を潜った先には、女性の大鬼が豪快に肉を食いながら、大樽で流し込んでいる姿があった。



「…母ちゃん?」


「ん?

 …おー、やっときたがか」



 アザミさんの言葉に、ああ確かに雰囲気は似ていると納得した。


 アザレア、という名前らしい彼女は少しだけ優しい表情をして、ぶっきらぼうに告げただけ。



「んで?

 そのちいせえ連れはなんがか?」


「エメとセイヤやが

 大事な友だち」



 大事な友だちである俺は彼女の真っ直ぐな言葉に少し照れた。



「…子は親に似るんだかな〜」


「?

 それより、母ちゃん話があるが」


「まてまて」



 ドンッと、大きな音を立てて大樽を地面に置くアザレアさんはニヤリと笑ってこう告げる。



「再会の宴といこうがや」



 大鬼はどこまでいっても宴が好きらしい。




 ***



 アリサさんはこれから俺たちの報告をするとのことで帰っていった。明日の朝に迎えに来るとのこと。


 お礼を言ってお別れをした後、やけに肉と酒が多い宴が始まった。



 話を聞いてみれば、アザミさんのお母さんであるアザレアさんは外の世界に興味を持って、当時の長を力で黙らせて旅に出た。


 十年前のことらしい。



 当時十歳だったアザミさんは、そんな自由な母を恨むことなく、寧ろ憧れて、いつか母に追いつこうと考えるようになったのだと。

 アザミさんって今年二十歳なのか。



 そんな母であるアザレアさんの見た目はアザミさんとそう変わらないくらいに若々しく、恐る恐る尋ねてみれば、何でもないように三十四と答えてくれた。



 へー、通りで若いんですね、と軽く流した俺だったが、計算すれば十四の時にアザミさんを産んだって事実が浮上して咽せた。


 愛し合うのに年齢なんか気にするのは人間くらいだってロックな答えを頂いて、世界の広さを知った。



 そして、本来の目的、今もまだスヤスヤと寝入っているエメちゃんのこと。



 この子の家族を探していると告げれば、ああ、だと思ったと返された。


 疑問だらけのその返答に、アザレアさんは目を細めながら。



「ウチは里を出てちいせえのを二匹拾っただ」


「…それってまさか」


「ああ、親子ってのは離れてても似るもんなんだがな〜

 最初に会った時にピンときたがよ」


「二人はこの街に?」


「もちろん」



 あっさりと、俺たちの旅の目的が見つかった。




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