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異世界に降り立ったみたい。

 


 よくあるフィクションの、よくある展開で、俺は異世界に転生した。いや、こういうのは転移と言うんだったか。



 どうやってとか、地球での生活はどうだったとか、そういうのはもう省略しようと思う。



 とにかくこの世界に降りたって、初めて出会ったのは鬼だった。

 それはもうでかくて、顔が怖くて、少し臭かった。



 肌は燻んだ赤をして、立派な一本角と下顎から天へと伸びるこれまた立派な二本の牙が印象に強い筋骨隆々の大鬼。



 あ、死んだと思った。

 いや、もしかしたらよくある目覚めた力でこれを打倒するのかもとも。



 けど、その見た目が凶悪な大鬼は少し腰が引けたようにおどおどとしていて。



「お、おで、こんなちっちぇえ生き物さ初めて見ただ...

 こ、こわくなかよ〜?ほれ、おでは敵じゃねえけな〜」



 だなんて、その凶悪な顔面を歪ませて一定の距離を取ったまま変に訛った言葉を発する彼の様子に、警戒するのも可笑しくなってしまった。



 言葉は通じるだかか〜、だの、無害だからよ〜、だの、身振り手振りで、まるで赤子でもあやしているかのようなその様子に居た堪れなくなりながら。



「あの、大丈夫です、通じてます」


「っ...そ、そうだったか〜、よかっただ〜」



 照れた顔の大鬼に不覚にも少しの萌えを感じながら、会話に踏み切った。



 まあ、目の前の大鬼を見て此処が俺の知ってるところの地球とは全く別の場所だろうとは察していたものの、一縷の望みに掛けて根掘り葉掘り質問を重ねて。

 ああ、やっぱり異世界かと一度全てを飲み込むことにした。



「ほぇ〜、人間ってのはこんな小さかっただか〜

 おで、初めて見ただ〜」


「いや、この世界に人間ってのが居るのであれば、ですけど

 人間って珍しいんですか?」


「ん〜、おで里から出たことねえだか、わかんね

 話は聞いたことあったかけど...」



 体長四、五メートルはありそうなその巨体をしておきながら、言動一つ一つは人畜無害を絵に描いたようなそのチグハグさに、すっかり心を絆されてしまった俺は、周りの景色を確認できるほどには余裕を持つことができた。



 地球では見たことないくらいの太さ高さを兼ね備えた木々たちや、頭ほどはありそうな身をつけた果物や葉の数々に、別世界だなあと改めて。



「んだ?お腹空いただか?

 これは酸っぱくて敵わんぞ〜、これがよかがよ〜」


「あ、ありがとうございます」



 この実はなんだと質問してみれば、こっちが甘くて美味しいぞとニコニコして差し出してくれる目の前の大鬼に、俺の知ってる人間よりよっぽど優しい生き物だと感動しながらありがたく頂く。

 さっきのより少し小ぶり、とは言っても掌からはみ出すほどはある葡萄のような見た目と感触の果物を渡され、ぱくり。



「うわっと」


「だはは、ちっちぇえと大変だな〜」



 かぶりついた瞬間から溢れ出す果汁に俺の一張羅であるパーカーがベタベタである。

 けど。



「...あっまい」


「だろだろ〜

 そこら辺一杯に生えとるだか、好きなだけよかが〜」



 なんて会話しながら、現代の品種改良で辿り着いた甘味を凌ぐほどの果物に心を奪われていると、遠くからズンズンと地を鳴らして近付いてくる何か。



 浮かれてた俺はあまりの大きな気配にビビりにビビって初対面な大鬼の側にそっと近寄り身構える。



「大丈夫だ〜

 これはきっとイチハだかよ〜」



 のんびりとした大鬼の様子からしてきっと彼の仲間か何かだろう。

 それにしてもこんだけでかいと移動してるだけで圧迫感があるんだなと。



「ベニ〜おっそ〜い、何やってるだか!」


「ああ、イチハ〜、こっち来てみんかが〜」



 現れたのは薄紫色の肌をした、小ぶりな角を二本も携えた大鬼。ベニと呼ばれた赤鬼とは違ってこっちは牙が控えめで八重歯と言っても通るくらい。

 赤鬼と比べると少し身体の線が細く、小柄だが、俺からすると十分にでかい。



 うん、でかい。

 いや、もちろん身体はでかいのだけど、何よりその揺れる二つの山が。



「な、なんだか、この、ちいせえ〜

 ベニ!?なんだかこれ!?」


「落ち着かんが、びっくりして大変だかが〜」



 角と色と大きさに目を瞑れば、人間の中でも通用しそうなルックスをした女性の大鬼。

 イチハと呼ばれたその紫鬼がその凶悪な二つの山をブルンブルンと振り回して大袈裟に驚く様子は、さながら女性が初めて猫でも見たかのよう。



 何の素材をしているのか、麻のような質感の布を雑に胸と腰に纏わせてアクティブに驚くものだから、今にもずり落ちてというかずり上がってと言うか、大変なことになりそうである。

 あ、見えそう。



「おめ、またでかくなっただか?

 その調子じゃ全部出ちまうがよ〜」


「っ..な、ばっか、ば、ばっかぁ〜!!」



 どごん、ばきゃん、と凡そ生き物からは出ないであろう轟音を響かせて赤鬼に腕を叩きつける紫鬼。

 心なしか頬が赤くなっている様子に、その格好でもちゃんと恥じらいはあるんだなとどうでもいい教えを得た。



「何すんだか!

 まったくも〜、昔は一緒に裸で走り回ってただ〜

 何をおめ、いっちょ前に恥ずかしがって〜」


「何年前のことだかが!

 ベニはほんと、そういうところがよくないが!」



 うん、俺もそう思うよ。

 大鬼の男女のあれこれには全くこれっぽっちも知識はない俺からしてもベニさんの反応は間違いだって思う。



 もはやどっちが赤鬼かわからないくらいに顔を赤くしているイチハさんに同情しながら、この痴話喧嘩はいつまで続くんだろうとぼんやり観察していると、彼女と目が合った。



「そ、そう!こんちいせえのはなんがかや!?」


「おでも初めて見ただよ〜

 人間って言っとるだ」


「人間?は〜、イチハも初めて見ただ〜」


「ど、どうも」



 急に話がこっちに戻ってきてドキドキしながら返答する。

 一人称が自分の名前なんだっていうどうでもいいことを思った。見た目は綺麗めのかっこいい女性?が子どものように自分の名前で自己を指しているっていうギャップにやられた。



「はっ、これぶどうの実だかが?!」


「なんだ〜、おめも食べたかっただか?」


「ち、ちっげ!

 ベニが食わせただか!?

 人間が食っても大丈夫なんだか!?

 前にワンコロがこれ食って吐いてたの見たがよ!」


「え」


「...だ、だだだだ大丈夫だかがが?」



 滝のような汗を流して心配する二人の様子に、俺も思わずこのまま死んでしまうんじゃないかと冷や汗が背中を伝う。

 冷静に考えて、味も見た目も似た果物を知っているとはいえ、地域どころか世界を越えた先の知らない食べ物を容易く口にした事実に遅れながらも気付いた。



 なんて考えなしだったんだろうか。大鬼が食えるからといって人間が食えるとは限らないのに。



 がくぶると三人で震えながらどうしようどうしようと慌てること数分。

 心なしかお腹が痛くなってきた気がする。いや、気のせいかもしれない。...いったい症状はいつくるんだ。



「あ、あの、ワンコロってのはどのくらい食べて、どのくらいで吐いてたんですか?」


「どうだっただか...よう食うなとは思っただが

 身体の大きさの倍は食ってただかな?

 その後すぐだったかように思うがよ」


「それは...食べ過ぎて、とかじゃなくてですか?」



 沈黙が空間を支配する。

 胃の中に自分の体積以上を詰め込んで吐いたってこと?

 よくそんなに入ったなと感心する一方で、毒とかじゃないんじゃと一筋の光も見えてきた。



「そ、そうだったかもしれねが...」


「で、でもほんと毒だったら危ねえだかよ」


「...ま、食べたものは仕方ないです

 どの道何か食べないと死んじゃうんですから、ご心配ありがとうございます」


「だ、大丈夫だか?

 腹痛くねえだか?」


「今のところは大丈夫です」



 なおもハラハラとした表情で心配されるとなんだかこっちが申し訳無くなってくる。

 周りが過剰に騒いでいると当の本人は落ち着いてくるものなんだろうか、なんか大丈夫な気がしてきた。焦って何かできる訳でもないし。



 初めて見た時は何とも迫力があって恐怖すら感じていたはずなのに、少し触れ合っただけで優しい大鬼のイメージに塗りつぶされてしまった。

 二人して何とも人間らしいというか、訛りも相まって田舎のおじいちゃんおばあちゃんと接している気持ちになる。


「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ

 だっておいしかったですし」


「んだか?」


「んだんだ」


 少し引っ張られて思わずそんなことを口走ってしまう。

 あ、やべ。



「...す、すみません、ばかにしてるとかじゃなくてですね」


「何を謝ってるだか〜

 人間ってのはおもしろいな〜」


「んだ、そっちのほうがよかが」



 ニコニコと楽しそうに笑う二人を見て、自然と口角が上がってしまう。

 この世界で初めて会ったのがこの人たちでよかったと、俺は神様に感謝した。

 いや、そもそもこんなとこに送り込んだのも神様になるから、マッチポンプ?



 なんて考えていると、二人の案内で里に向かうことに。

 こんなに心優しい二人が暮らしてる里なんだからと、心配する思考なんて毛ほどもなく、馬鹿みたいに付いていった。



 そんな脳みそお花畑なこの時の俺は知る由もなかった。

 まさか、あんなことになるなんて。



 ***



「ちっちぇ〜!」


「次おでの番だったが!」


「順番なんて決めてなかが〜、早いもの順だかよ」


「外にはこんなんがいっぱいおるがか?」


「初めて見たが〜」



 大鬼の里では絶賛人間ブームが起こっていた。

 ぐわんぐわんと視界が回り、入れ替わり立ち替わりで抱き抱えられ、頬を突かれ、匂いを嗅がれ、服を捲られ。

 大鬼の人間人気に対して人間の数が圧倒的に足りない。



 されるがまま、猫カフェの猫はこんな気持ちなんだろうかと現実を逃避する。

 いや、猫カフェのルールは結構しっかりしていると聞くし、こんな雑な触れ合いはきっと怒られる対象だろう。

 まあ、ここにはそんなルールなんてものは存在しないんですけど。



 もうやだ、さっきのウキウキを返してほしい。

 こいつら俺の気持ちなんて二の次なんだ。物珍しい生き物に我を忘れてやがる。

 最低限気遣ってくれてはいるのか、怪我することなく、数十分に渡ってたらい回しで済んでいると言っていいのかどうなのか。

 少し離れた位置でアワアワとしている二人の大鬼の姿を見て溜飲を下げる。



 たまに大きな二つの山に包まれること以外は苦痛の時間。

 あ、柔らかい。じゃなくて、いい加減誰かストップを出してくれる人は居ないのだろうか。

 そろそろ振り回されるのしんどいんだけど。あと若干臭う。



 ああ、このままボロ雑巾にでもなってしまうんだと全てを諦めて悟りを開きかけたその時、唐突に救世主は現れた。



「何やっとるだか!

 こんなちいせえ生き物寄ってたかって振り回してから!

 没収!」


「「「あ〜」」」



 一際大きな声で割り込んできた何者かに、俺は抱き抱えられて九死に一生を得た。

 あと後頭部がすげえ柔らかい。



 誰だろうかと顔をあげて確かめてみれば、イチハさんに似た美人さんで薄桃色の大鬼。後頭部の感触通り女性。

 彼女は地面に胡座をかいて俺を抱き抱えており、自動的に体操座りのような格好に。性別が逆であればまあ見るシチュエーションかもしれないが。



 身体のでかい女性に全身を覆われるという何とも得難い経験をしてしまった俺は、さっきまでのストレスが全て発散されてしまった。

 すごく、ドキドキするんですけど。



「こんのちいせえのはアザミが引き取った!

 文句があるやつはかかってき!かわいそで見てられんがよ!」



 しんと静まる大鬼たち。

 あ、この人も一人称が自分の名前なんだとぼんやり。

 さっきまでの勢いが嘘みたいに静かになった周りの大鬼の様子を見るに、彼女は結構発言力がある人物なのかもしれない。



「ね、姉ちゃん、そのちっちぇえのは誰のものでもなかがよ」


「なんか、イチハがやるんがか?」


「いや、だからよ、そんな物みてに扱うのは失礼がよ!」



 ばちばちと火花を散らす二人。

 やめて私のために争わないで。

 なんて言ってみたり。



「そ、それに助けたみたいにしてたがよ

 イチハ見てたがよ!遠くから羨ましそうに見とったが!

 どうせ、独り占めしてみんなと一緒!撫で回して困らせるが!」


「な、な、そ、そそんなことばせんがや!

 アザミが引き取って大事にするが!」


「人形みてに言うがや!

 お客さんそんなふに扱って嫌われても知らんがよ!」



 まるで拾ってきた犬猫を育てるか育てないかで喧嘩する母と娘の構図。

 いつまでこうしてればいいんだろうと、いい加減疲れてきたところ、どしどしと大きな足音がたくさん近付いていることに気付いた。



「あ、長らが帰って来ただ!」



 ニコニコとした表情で足音の方へ向かうベニさん。

 さっきまでのオドオドしてたベニさんは何処。

 なんて考えていたが、その長たちの姿を見て俺は絶句した。


「いや〜、なかなか骨のあるやつだったがや〜」


「「んだんだ」」


 他の大鬼と比べて一回りはでかい、ベニさんよりも真っ赤な大鬼が豪快に笑うその腕には恐竜の頭。

 その頭だけで軽く三メートルはあるだろうか。

 後ろにゾロゾロと続く十数人くらいの色とりどりの大鬼たちがそれぞれに分割した恐竜だったものを運んでいる。

 そして、それぞれが背や腰に立派な刀を帯刀している。



 見た目はティラノ?

 それにしても分割しててもなお存在感がえげつないその大きさに、俺は生涯大鬼とは喧嘩しないでおこうと密かに決心した。


「なんだおめぇら、広場さ集まって喧嘩だか?

 ん?な、なんだそのちっこいのは!?」


「父ちゃん、このちっちぇえのは人間らしいがよ

 聞いてくれ!里のみんな人間さひっちゃかめっちゃかにして大変なんだがや!」


「おお、ベニ、おめぇが拾って来ただが?

 ちゃぁんと責任さもって育てるがよ?」


「お、長!人間さワンコロかなんかがや思ってねえが?

 お客さんだがや!一人で森さかわいそだったからに」


「客ぅ?イチハおめぇ、そなこと言ってもおらさ人間語知らねえがや?」


「あ、言葉はわかるんで大丈夫です」


 ぎょっと、広場に集まった大鬼たちの驚く気配がする。

 いや、散々俺のことこねくり回してた君たちはやっぱりイチハさんの説明聞いてなかったな?

 一生懸命説明してる最中も楽しそうに俺を振り回す様子から薄々察してはいたけど。珍しいのはわかったから話は聞いてほしい。ちゃんと意思疎通できるから。



 ようやく、場が収まるとこに収まってくれたようで、俺で遊んでた大鬼たちは背中を小さく丸めて謝ってくれた。

 なんとも感情豊かな種族である。



 この里は東の里と呼ばれているらしく、西南北それぞれにも大鬼の里が存在していて、全部で四つの里があり、今日は四里合同で若い者たちを集めて狩りをやっていたんだと。

 一番でけぇの手柄にして来ただや、とはこの里の長であるアカさんの談である。



 その後、ちらほらと自己紹介を受けて、色、角それぞれが多種多様な大鬼たちに共通している訛りと優しさに、さっきまでのもみくちゃにされた過去を水に流してしまおうと思えた。



 二十人近くから質問攻めにあってるときはその存在感のデカさに圧倒されていたが、みんなベニさん同様コロコロと表情を変えて喋る姿に自然と緊張も解けていく。



 聞いたところによると、この里は五十四人が暮らしており、なんとも立派な丸太で組まれた城と見紛うほどの巨大な建物が、見渡す限りに二十は確認できた。

 大鬼からしたら普通の家なんだろうけど、なんとも綺麗に組まれていて見ているだけで楽しめる。



 しばらくはベニさんとイチハさん、あと俺を一層気に入ってくれたアザミさんの三人で里を案内してくれた。

 やっぱり、初めましての人はみんな同じ反応で少し面白かった。



 視界いっぱいに広がる農園や、体高だけでも三メートル以上あるんじゃないかと思われる牛に似た生き物の飼育場所、酒蔵から布屋を案内されて、全部でけえと、自分が小人になった気分で里を回る。

 牧場や農園もそこそこに、俺が一番興味を引いたのは大鬼に合わせて作られた立派な刀たち。

 さっきの狩りに行っていた面々は確かに腰や背中に帯刀していたのだが、鍛冶屋で実物を間近に見て心を掴まれた。



「すげかろ〜

 だどもちっこいのには使えなかが〜

 オラもちっこいの用の刀は打てねだかや〜」


「あ、いえ、見てるだけで満足です

 ありがとうございます」


「おめさちっこくてめんこいな〜」



 ニマニマとお爺ちゃんが孫を褒めるかのような様子に少し恥ずかしさを感じながら、刀鍛冶のムラさんの元を後にした。



 そうやって最初の広場に戻った頃には、日も傾いていて、自然豊かなこの里も相まってノスタルジーを思わせる風景。

 さっき案内してもらった酒蔵から、どかどかと大樽が運ばれて並んでいく光景は壮観であった。



 何をしているか聞けば、今日は特別な日らしく、狩った大物を肴に宴を行うらしい。

 何か手伝えるかとウロウロしていたら、小さくて間違えて踏んでしまうがやと、大人しくしておくように少し怒られてしまった。

 さっきの恐竜を丸焼きにしたり、果物や野菜を盛り合わせたりと準備がどんどん進んでいくにつれて広場に集まる人数も五十に近付いてきた。



 広場に着いた大鬼からどんどんと飲み食いを始める様子に、乾杯の音頭とかないんだなとぼんやり思いながら。

 大鬼はみんな俺を見つけては山盛りの食べ物飲み物を貢ぎにくる始末。

 開始早々にお腹が苦しくなりながら、断るのも悪いなと頑張って口に入れるが、限界はすぐにきた。



「なんだ〜

 おめ、そんなんじゃおっきくなれんぞ〜」


「ばっか、おめぇそういう大きさなんだがや〜

 無理して食べさせたらいかんが〜」



 やんわりとベニさんが仲介してくれるお陰で今まで保っていたものの、既に満身創痍の俺の胃はどうしようもなく。

 飲み食いは早々に離脱して会話に専念することにした。



 外の世界のことなんか聞かれた時には何て答えればいいのかわからず、実はここに来る前までの記憶があんまりないんだと口にすれば、こっちが申し訳なくなるくらいに意気消沈する大鬼たち。

 自然と会話は大鬼たち主体で、気になったことを質問する形に落ち着いた。

 どんなことして過ごしてるのかとか、何が好物かとか、狩りの武勇伝から子供に読み聞かせる物語まで。



 俺が退屈しないように話題をたくさん振ってくれているんだろう。

 一人ぼっちな俺が初めて出会ったのが心優しい大鬼でよかったと、改めてそう思った。



 すっかり暗くなったにも関わらず、空に星はなく、どうしてないのかと尋ねれば、お前はどこから来たんだと、目を丸くされながらも丁寧に優しく、子供でも知っているらしいこの世界の夜を教えてくれた。



 どうやら、月も星もない一日からこの世界は始まるらしい。

 一年に一度、こういう真っ暗な夜が訪れて、明日からは思い出したかのように星が輝くのだとか。



 だから特別な日なのかと聞いてみれば、それとは関係なく毎月四里合同で狩りは行うらしい。

 その中でも特別なこの星無の夜は、毎年月初めに訪れるらしく、ああ、全く別世界だなと、今日一番の心細さに襲われた。


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