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#08. Reboot 脱出
ターシャは泣きながら、ついシャルに手を伸ばしかける。
だが、見る見る炎に巻かれていく鉄の手に、引き下がった。
その光景が恐ろしくてならず、床を這い続け、階段扉を開くと転げる様にその場から出た。
…
……
………
深い水中から激しく飛び出す様に、息を大きく吸い込んだ。
肩で荒く息をしながら、スプリンクラーに濡れる髪を一振りする。
何パターンとあるトラウマの中、多く嵩張る声に、幼少期まで出るという最悪の札が出た。
だが、彼は堪えている。
部下に、これ以上は晒せない。
荒くなる息を弱め、無理にでも平然を装う。
左腕を掴む手に、血が滲む。
一瞬であれ、高速に圧し掛かってきた過去がうざったい。
俯き、表情を引き攣らせ、視界を邪魔する髪を雑に掻き上げた。
重い背中を引き剥がしては、通常の歩幅で歩いてみせる。
横からレイシャが近付こうとしたが、無言で払い退けた。
エレベーターのボタンを押す。
虚ろな目に疑問が浮かんだ数秒後、気付いた。
「停電よ…この様だもの……
電源の確認に行ってもらってる」
ヘンリーは、呆然と頷いた。
持ち場に戻ろうと階段扉に踵を返してから、足が止まる。
停電というワードが、徐々に彼の目を揺らし始める。
一時的とは言え、ブラックアウトした事になる全機械類。
階段扉からイーサンが現れるなり、ヘンリーは表情を一変させた。
現れた彼を脇に、扉から一目散に出て行った。
イーサンは目を見開き、固まる。
「偉く機敏だな…あんな動きすんのな…」
ふと、焼却班の監督が漏らした。
ターシャは1階まで階段を下り切り、階段下の奥に潜り込んで息を整えるのに必死になっていた。
全身が微かに痺れている。
喉も乾いた。
吐き気を催すのはこの状況に身を置き続けているせいもあるが、先程の焼却現場での薬品臭も影響している。
そこへ、頭上から激しい足音がした。
透かさず口を両手で抑え、身を縮める。
片目だけで窺うと、声が聞こえてきた。
「くっそあの女ぁ!」
「落ち着け。もう片付いた」
担架に乗せられ階段を下って来たのは、大火傷を負ったあの男と、焼却現場に居た防護服の連中だ。
下りて来る際に傾いた患者の体勢を一時整えようと、扉の前で彼等は止まった。
ターシャは限界まで階段の真下、奥に引き下がり、息を殺し続ける。
どうかこちらを向く事無く、そのまま出て行けと願い続ける。
「ぐああっ!痛ぇって締め付けるな!」
「止血だ!我慢しろ!」
脇には3人。
患者を整え終えると再び担架を持ち上げ、急いで扉の向こうへ姿を消した。
ターシャは息を大きく吐くと安堵し、距離を取る為少し待った。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。