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関わり方にコツを掴めてくると、相手から近付いて来る様になった。
結果がやっと目に見え、笑う事も少し増えた。
だが独りになると、それを1μも喜べていないと気付く。
周囲が好むのは、表向き用に作り上げた自分。
有りの儘で居る事が許されていないと感じると、居場所を見失った。
人付き合いに変化をやっと見せる俺を、家族はわざわざ評価しなかった。
昔から、顔を合わせれば研究の話や、接待が殆ど。
祖父と父の職業柄、様々な役職者と対面する。
そんな場でも口を挟む俺だったが、それをしなくなった事で、家族は安心していただろう。
“今は出て来ないでくれ!
あいつらには兄弟いない事で通してんだ!
対面されたら、厄介なんだよ色々!
変に音立てんなよ”
友達と対面させたくないと言う弟にも、一時的に従った。
彼だけが、家族や周りに受け入れられている。
それにだけフォーカスしてしまった俺は、後に、これまでの反動が合わさり彼の首を掴み襲い掛かった。
居合わせていた祖父は止めきれず、別室に居た父が割り込み、俺を突き飛ばした。
そうでなければ、正気を取り戻せなかった。
それ程、己のコントロールが効かなかった。
これを機に家を出て、弟と疎遠になった。
しかし彼は、その後も俺に対する態度と行動は、変わらなかった。
それどころか、勝手に口座を特定して中身を持ち出す始末。
自由奔放なそいつが、許せなかった。
― ねぇ!大きくなったらじいちゃんの研究所に行く!
僕も薬を作って人を助けたい!
あと便利な道具も作って、皆を喜ばせたい!
いいでしょ!? ―
幼少期から、実験や物作りに没頭する俺の夢は、海洋バイオテクノロジー研究所の舵取り役として叶えられた。
引退する祖父の後任をするとなると、やっと光が差したと思えた。
ずっと好きだった場所を貰える事で、長く仕舞い込んでいた事が溢れ出た。
それが、残った祖父の組織にとって厄介な物になった。
管理や技術、設備に古さを感じ、時間と手間がかかるシステムを改良したかった。
それを話し合いながら試しても、新しい方法に慣れる事が困難を理由に、退職する部下が次々出た。
継続して勤める側近のシャルは、以前のやり方に戻せと日々俺を強く説得してきた。
だが、これまで仕舞い込んで来た欲やストレスが、発作を起こした。
そして、気が付くと病院に居た。
丸2日寝込んだ俺は、体に沁みついた激痛で目を覚ました。
残された断片的な記憶は、部屋が一瞬、白い光に覆われた事。
その先に立っていたシャルの顔。
そして、俺に触れていた警備員の顔だった。
父から当時の内容を淡々と聞かされるが、どうしても腹落ちしなかった。
当時俺は、煩く説得してきた彼女を絞殺しかけた。
騒ぎを聞いて駆け付けた警備員が、逮捕術で俺を抑えた。
海外客とも接点が多いこの職場は、有事に備え、沿岸警備隊にほぼ近い、訓練を受けた警備員が配置されていた。
いつか、ほんの一瞬だけ話した事があった彼。
気さくで、やっと自ら興味を持った存在だった。
また会ってみたいと思っていたその再会が、最悪の形になった。
死ねだ殺すだと吠えながら暴れ続け、制御不能になっていた俺を見た現場は、パニックだった。
父の口から事細かに聞く事が出来ず、退院後、断片的な記憶を頼りに自ら調べ、発覚した。
職場の祖父の部屋で見つけた、レーザーピストルの資料。
彼は、片手間で製品開発もしていた。
知り合いの銃器開発者と、製品化を進めていたものだと分かった。
無防備にそれが保管されており、線幅が太さ最高数値にセットされたまま暴発。
俺は、警備員に抵抗しようと腕を伸ばした時、放たれたそれに接触した。
白い光の向こうに立つ、シャルの顔。
そいつが、奪った。
しかし、彼女に対して殺人未遂を犯した俺の話など、聞いてはもらえなかった。
今でも残っているのは、半壊した体に、疼き続ける数多の激痛と発作である。
“お前は…生まれるのが早過ぎたのかもしれんな…”
自分はもっと、未来で生まれていたならば。
いつからか、そんな事を思う様になっていた時に、祖父の口から零れた。
俺が、斬新で未来的な発想力を持っていると感じての事だろうが、精神状態が最悪である時に、聞きたくはなかった。
家族の中で、まだ、俺に近付いてくれていた存在。
俺が抱える厄介なものも、幼少期の内だけであり、成長するにつれ解消されると彼は思っていた様だ。
だが結局、信じ難い事ばかり起こす。
いつだって俺は、トリガーだった。
いい報せを持ってこられなかった俺は、彼を困らせただけだった。
トラブルの件を耳にしていた祖父が、死ぬ前にくれた言葉。
それは、心底寂しかった。
俺が歩幅さえ合わせられていたら、折り合いを付けられていたら、腕を失う事も無かっただろうと言う。
一族の都合によるものという理由で、研究所の稼働を一時止めていた最中、祖父は亡くなった。
俺の体や精神状態、これまでの実績を理由に、父は研究所を完全閉鎖する判断をした。
長である俺の名前を使ってだ。
療養中だった俺に、その後の始末のみを指示してきた。
書類にサインをし、物を取っ払うだけの単純作業だからだ。
俺が使い物にならないと見切った父は、それ以来接点を持たなくなり、遠ざかっていった。
それで大いに構わなかったが、祖父の葬儀が終わった夜、部屋で耳にした2人の会話は忘れない。
“物は捨てて存在していないにしても、資料がどこかに残っていないかと思うとね……
警察は何も…?”
“何とか頷いてもらえたさ。
そうでないと汚点が残る。
築き上げてきた物に、影響が出るのは困る。
それなりの取引をし、向こうも受け取った。
先の為ならばこれくらい、どうって事無い”
“なら…いいけど”
俺に向けた凶器を、彼女は消滅させた。
父は、名声と会社を守るべく、警察と裏で取引をした。
その時、俺の中で何かが崩壊した。
残り続ける苦痛と憎しみに呑まれ、気付けば策を編み始めていた。
殺すだけなど容易い。
呆気なく消してなるものか。
いい加減、役に立て。
そこで、不意に思い出した。
ある時、ゼロの試運転中に突然出会った、似た様に苦しむレイシャを。
その口から零れた、彼女の想像を。
閃いた俺は、実行した。
その後も、その後も、発動すれば止められなくなった殺意に、すっかり呑まれた。
………
……
…
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。