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ヘンリーは無表情のまま見届けると、その場に背を向け引き返す。
その先に居た部下とターシャは、端へ大きく寄って通路を開け、俯く彼をそっと見た。
閉じていた彼の目は、薄く開かれる。
その目は、何も無い正面を睨みつけた。
憎しみによる眼振に、視界は揺れている。
いつからか、他人のくせし、母親ぶる様な口の利き方と態度を取り始めた彼女。
頭の固い、口煩くてならなかった祖父の側近。
祖父は勿論、父すらも優秀と評価し、部下からも信頼されていた。
あああの女のどこの何がいい、憑りつかれた様に庇いやがってと、思い出すだけで胸糞悪い。
そんな鬱陶しい記憶に、彼は短く強い吐息に合わせ、辛酸を消す。
そこへ、巨大な軋み音が焼却炉内に轟いた。
咄嗟に一同は振り向き、恐怖に後退る。
密閉された鉄扉が、激しく殴られ凹凸を見せ始めた。
「起動!?」
イーサンが驚き声を漏らすと、周囲は騒ぎ立てる。
聞きつけたジェレクが手元の液晶から大きく顔を向けた。
その反動で首が後方に倒れていく所、透かさず脇に居たヘンリーが右手で支える。
手早く適当な位置に合わせ、左拳で頭頂部を力強く叩き、無理矢理填め込んだ。
焼却炉からは、まるで猛獣の様な機械の悲鳴が低く上がると、更に扉は内側から連続的に強打され、複数個所が更に突出し始める。
「マズイ…出て来る!出て来るっ!」
焼却チームの部下達はとうとう、叫びながら階段扉を放ち、逃げ出した。
鉄扉は、けたたましい音を上げて放たれた。
シャルは、荒れ狂いながら縁に乗り出し、機械の叫びをその場に轟かせる。
その場は、大粒の火花と黒煙が立ち込めた。
彼女の骨格は部分的に熱され、半端に溶け出している。
縁から落下すると、上半身を這わせ、目はターシャに向く。
ターシャはそれに絶叫し、暴れ、男の手を振り解いた。
だが、その場で腰を抜かし、移動困難になる。
シャルは、破壊しきれていなかった腰椎の予備バッテリーで再起動した。
匍匐前進は、焼かれている事など無関係に、速い。
その場に残る数名は目を奪われ、一気に引き下がる。
そこへジェレクがその顔を蹴り上げ、前方に夢中になる彼女の視線を逸らせた。
彼女は翻りながらもノロノロと体勢を戻そうと、手足で宙を藻掻く。
ジェレクは胴体から掴むと、焼却炉へ投げた。
しかし、彼女が両足を激しく動かしていた事で、勢いが激減する。
そのまま入り口手前に落下し、彼女は立ち上がろうとした。
そこへ瞬時にジェレクが駆け、腹に蹴りを入れ、横転させる。
火だるまになるシャルに触れた事で、彼にも見る見る炎が纏わりついた。
「消火器!」
レイシャが放った途端、火災報知器が鳴り響き、スプリンクラーが一気に作動する。
上体に炎を巻くジェレクは、床で藻掻くシャルの両足を掴み、密閉扉の縁に強引に乗せる。
しかし彼女の右膝が縁に立てられ、そのまま蹴り、ジェレクを派手に押し倒した。
そのまま再び匍匐前進でターシャに迫り来る。
ターシャは咄嗟に床を転げ、翻った。
それと合わさる様に、シャルはターシャを拘束していた部下の足首を、熱された鋼鉄の右手で掴んだ。
人体への燃え広がりは凄まじく、彼の足は見る見る炎に包まれ始める。
熱さと恐怖に悲鳴が上がり、その情景にターシャは驚愕しながら叫ぶと、床を慌てて這って階段扉に向かった。
そこへ
......("TAA…SHA,C…LAU…DIA\);
「ター…シャ・ク…ロー…ディア」
「!?」
……command = input
("Transport the corpse safely.: ")
………("I…will…I……will…brin……g…
…her……saf……f…f…ly…TASHA,C…LAU…DIA\);
「無…事…に……連れ…て……来る……」
乱れた羅列に変わるコマンドに沿って放たれたのは、ターシャの名前。
それに留まらず、無事に連れて来ると繰り返す機械の声だった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




