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扉が開いた。
薄暗い空間を、淡い炎の光が小窓から差し込んでいる。
点々と壁に取り付く、消えた警告灯。
轟々と火が焚かれる振動は、恐怖の震えに入り混じる。
ここの温度は、これまで通過してきた所よりも温かい。
そしてそこに蠢く異様な人間の格好に、ターシャは小さく声を漏らした。
焼却実行は初めてで、その場は緊張で溢れかえっていた。
これから起こる事が結局気になった部下の男は、ターシャを掴んだまま流れで共に下車する。
レイシャはついて来る彼を振り返り、溜め息をつきながら睨んだ。
「ちょっと…
あんたはその子さっさと連れてってよ!」
焦燥に語気が強まる彼女に男は怯み、気になりながらもターシャを強引に引っ張り、踵を返す。
エレベーターに再び乗り込もうとしたが、扉は閉まり、上昇してしまった。
呼吸器付化学防護服を着用した、焼却チーム監督の手がビルに伸ばされる。
レイシャは、脇に置いていた自分の防護服を取りながら警戒する表情を浮かべた。
「薬部屋でやり合って薬品を浴びてる…
気を付けて…」
部下達は少々引いた。
監督はそれに頷き、更に近付こうとしたレイシャを止めると、ビルからシャルの足首を受け取った。
「貴方達はすぐ上でメンテを受けて…」
レイシャはビルとレアールにそう告げ、製造フロアの部下に連絡をした。
この塔に設けられた部下専用の製造室で、2体をメンテナンスする方向で段取りをしている。
この場の状況を考え、首の破損のみであるジェレクを一時残す事にした。
2体は無言で踵を返し、エレベーターに向かう。
そして間も無く、扉は再び開いた。
イーサンとヘンリーが現れ、待機していた者達は一時彼等と向き合う。
イーサンが先に出ていく後ろで、ヘンリーが降車するなりビルの右腕を掴んだ。
剥き出しのそれを、黒い左腕で細かく向きを変え舐め回す様に調べる。
その後、弾かれた両目に向いた。
暗い空間に灯る青白い眼光は、僅かに接触不良による明暗を見せる。
彼は、左の2本指をそこに突っ込んだ。
どこからか、ガラガラと音が立つ。
指先をもう少し入れ込もうと、肘を上げた。
薄い何かを形から感知すると、そのまま引っこ抜き、ビルの眼球パーツが現れた。
と言っても、表面だけを本人の物に再現したガラス素材である。
結膜、角膜、虹彩、瞳孔。
その全ての彩りや艶、カーブは、実物をそのままスライスでもしたかの様によく出来ていた。
器用に摘まみ上げたそれをしばらく眺め、直接ビルに渡す。
そのまま何も放つ事無く彼は通過すると、2体はエレベーターへ進んだ。
そこへ、焼却炉の密閉扉が重々しく開かれた音がした。
それについ、ターシャが大きく振り返る。
空間は部分的に、真っ赤な炎の色に染まり、熱波を感じた。
「………シャル…?」
ターシャは小さく囁くと、そちらへ前傾姿勢になる。
焼かれる。
焼かれてしまう。
散々破壊され、最後はゴミの様な扱いをされる状景に酷く心が痛んだ。
息は、徐々に上がる。
自分を必死に担ぎ、あの攻撃的な男から遠ざけていた、人。
彼女は嘗て人であり、自分と同じ様にどこかで懸命に働き、生きていたのではないか。
無事に連れて行く。
彼女が繰り返していたワードが、不意に過る。
散々乱暴をされていたにも関わらず、複雑な気持ちが大きく膨らんでいった。
顔はどんどん濡れ、床に滴る。
勝手に首が、左右に振られる。
「こんなのっ…酷いっ…」
ほんの小さく、震える息に紛れ出た。
誰の耳にも届かなかったそれは、轟々と鳴り響く炎の音に消える。
結局エレベーターは再び閉まり、上昇した。
そんな事も知らず、呆然と焼却現場を眺める男とターシャ。
シャルだったそれは何事も無く、開け放たれた炎の中へあっさり放り込まれ、閉ざされた。
骨格がすぐ傍で落下する音がすると、燃え滾る音は突如大きく変化する。
ただ、それだけだった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




