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その手に恐怖し、反射的に屈むと彼の脇を擦り抜け、荒々しく床を滑って転倒した。
その拍子に、伸びていた手がデスクの下の銀ペダルに当たる。
突如放たれた機械音に、大きく肩が竦んだ。
上体を起こし、飛び込んだ光景にまたも瞼を失う。
「っ!?」
ガラス越しにある球体の籠が回転し、人体が露わになった。
それに腰を抜かし、擦り這いで後退る。
そこへ、襟首から急に引き上げられ、体が一気に浮いた。
革の冷たさが、背筋を這う。
ヘンリーは、空いた右手で彼女の両手を手早く背後に回し、左手で固定した。
「いっ!」
その力はまるで、シャルに掴まれた時の感覚と同じだった。
「縁と言えばこいつだ……」
右手で彼女の後頭部を鷲掴み、前方の人体に突きつける。
恐怖に涙ぐんだ一驚が上がった。
目前には、鉄格子の中で眠る、短髪のブロンドの男。
眼窩に沿って広がる真っ暗な両目の奥には、白光が灯っている。
「……お前を植物にした張本人だ……
起きたら…詫びさせてやる……」
「はっ!?」
理解不能な発言に、咄嗟に振り返る。
「有り得ないっ!本人なんかじゃないっ!」
彼はげんなりし、細々溜め息をついた。
頭が悪いと言いた気だ。
「分解された物を見た!
組み立ててる!そうでしょ!?本人な訳無い!
アマンダだって葬儀も火葬も終えてる!
あんなのっ…出来過ぎた人形よっ…」
言い聞かせる様に、またそれを願う様に、彼の発言を否定し続ける。
「…使えるもんは……全て使う……」
掠れた声で零れる異常な発言に、ターシャは激怒した。
「いい加減にして!遺灰だって撒かれてるっ!」
呼吸を乱しながら、彼を肩越しに睨みつける。
一体、どこを見て話しているのか。
正面のスポットライトを受け、僅かにその目は濃紺を見せる。
そのまま瞬きも忘れ、彼は口を開いた。
「知り過ぎたついでだ……
てめぇらは遺体の替えを焼き…
カルシウム材を撒いた……」
ターシャは堪らず絶叫した。
常軌を逸したそいつから逃れるべく、全身を揺さぶり、捻っては、激しく体当たりする。
彼は前のデスクに触れさせるまいと、暴れる彼女を勢いよく後方の床に投げ飛ばした。
衝撃と共に激痛が全身に迸る。
顔から落ち、打撲の跡が滲み出た。
彼は、片耳に受けた鋭い叫び声に一時目が眩む。
そして、彼女をジリジリと睨みつけた。
ターシャは瞬時、レイシャのローラーチェアに駆け寄り、彼に向かって投げる様に乱暴に滑らせる。
当然彼は、飛んできたそれを左手で容易く受け止めた。
ターシャはみるみる血相を変える。
「許さないっ…なんてっ…なんて酷いっ……
こんなとこぶっ壊してやるっ!
あんたが焼却されろっ!死ねっ!」
正面から飛ぶ涙ぐむ怒号にも、彼は怯まない。
そんな発言にも、すっかり慣れてしまっていた。
「……なら……連れてけ……」
左手が重く伸びた時、部屋のドアが放たれた。
廊下の灯が一気に差し込み、床に太い電球色の線が走る。
ターシャは声を上げ飛び上がり、現れた者達に震えた。
レアールとジェレクが、ガンベルトとマガジンポーチを装着した状態で入室する。
ヘンリーは2体を目にするなり、イーサンの席の傍の壁に向かった。
よく見ると引き戸になっていたそこを、微かな金属音を立て解錠し、滑らせる。
ターシャは掠れた悲鳴を零し、目を奪われた。
そこには、数種類の銃が重い黒光りを放って縦向きに並んでいた。
2体は吸い寄せられる様に、そこへ移動する。
ターシャは床で大きく身を引き、呼吸を荒げながら思った。
一刻も早く、ここの存在を外に報せなくてはならない。
こんな場所は、あってはならない。
壊してやる。
目の前の状況を見て、ただただそれらの感情は巡り続けた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




