[20]
ターシャは突然の事態に悲鳴を上げ、体勢が崩れる。
そのまま震えながら、正面の2人の光景に目を奪われた。
その後ろでは、レイシャが彼の豹変に驚きのあまり立ち竦んでいる。
目を見開き、小さく彼の名を呟いた。
そして、反射的に数歩前に出た時、ヘンリーと目が合う。
緩まっているその眼差しに、彼女は止まった。
乱れた精神状態でイーサンが放つ力は、ヘンリーでなければ抑制は困難だった。
レイシャは両方の拳を震わせ、足元のターシャをジリジリと睨みつける。
ヘンリーは、未だ発作で暴れる彼の耳元に近付き、静かにと言う様に、口から小さく息を漏らした。
抑える左腕にもう一度力が加わり始め、前のめりになる彼を背凭れに更に押さえ付ける。
「…ろっ…すっ…!」
冷や汗を流しながら、苦し紛れに囁いた。
その声にヘンリーは再び、今度は短く先程と同じ息を漏らす。
そのまま、彼の右脇へ回し込んでいた手で、体を叩き始めた。
それはまるで、秒針を刻む様に、体内へ程良い振動を届ける。
つい、何かと意識がそちらに向いてしまう力加減で、6回刻まれ、止まった。
やや天井に向く姿勢で、黒い腕に抗えないまま、彼はどこか別の所に視線を向けていた。
ターシャは眉を顰め、ただ、眺めていた。
初めて見る、恐ろしい光景だった。
ヘンリーの手が止まった時には、酷く荒れていたイーサンの動きは治まり、肩で激しく息をするに留まった。
先程までの流暢さは失われ、別人の様である。
彼の視界はやっと安定し、ふと我に返るなり、己の失態に絶望する。
目を覆っては、何かを必死に呑み込む様に、沈黙し続けた。
ヘンリーは、正面の壁と手元の彼に、視線を往復させるだけだった。
そして、彼の胴体に回していた腕を解くと、去り際にその左肩をそっと叩いた。
ターシャは静かに、そのまま元の場所に戻るその男を目で追う。
彼女には理解できなかったが、端の椅子に佇む彼はもう、先程の様に話す事無く、今は顔を突っ伏し、震える手で髪を握っていた。
そこへ後方から鼻で笑う声がし、肩を跳ね上げながら振り返る。
「ご立派な娘様に拍手よ。
人を発作に追い込む天才は実に逸材ねぇ。
お友達に伝えてみてはどうかしら?
あんたの為にこれだけ言ってやったと。
味方してもらえるかしらねぇ」
「黙ってっ…」
未だ恐ろしい光景が身に染み付いており、その一言を放つだけで精一杯だった。
「所で…
自分がここに居る事からお察しが付かないのね、ネズミちゃん。
安っぽい、薄っぺらい、陳腐な表現なんてしないで頂戴」
蔑んだ目を浮かべるレイシャの声に、ターシャは震えて振り返る。
レイシャの目は痙攣し始め、小さく歯を鳴らした。
ターシャが映るそこには、黒い砂嵐が、ある記憶を象り始める。
「恐ろしいですって……」
悲しみで溺れた真っ黒な過去が象られては、早々に亀裂が入る。
あの時、不意に送り付けられた“また会おう”に、血の気が引いた。
表舞台に立つ世界で誹謗中傷に耐えられず、友人は自殺した。
そんな、痛く、恨めしくてならない画は、不意に砕け散る。
レイシャの拳は、更に震えた。
分かっていながらこの生き方を決断したにせよ、結局腹が立つ。
今でも大切に想っている筈の友人に向かって放つ、そいつの言葉に。
未だ理想に繋がる結果を齎せていない、現実に。
自分達だけが、異常な目で見られ続ける事に。
「……止めろ……今更……」
元の場所でヘンリーが、顔を伏せたまま、囁きに近いトーンで言葉を落とした。
怒りに全身を覆われかけていたレイシャもまた、彼の発言により徐々に抑えられていった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




