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【Warning】
※尊厳死から発展する上層部の発言に
不快感を催す可能性があります。
「本当に植物人間だったのか?
奇跡だろう。偉く動けるのな」
イーサンの発言にレイシャの瞼が僅かに痙攣し、ヘンリーに向く。
彼の冷ややかな眼差しはターシャに落ちたまま、腑に落ちない発言に首を傾げた。
「……奇跡だ…?……ぬかせ…」
言い終わりには、鼻で小さく笑い飛ばす。
「脳や脊髄等といった神経刺激療法の反復は時に、意識回復の為の能力を引き出す可能性があるとされている。
実際に数字も出ている。
その例に値する奴が、目の前に居るって事か…」
数字が存在するならば、可能性がある事は普通と考える様だ。
「四六時中介抱に張り込み、経管栄養を続け、取り憑かれた様に関節可動域訓練をし、血栓予防に努めまくったか…
ど偉いもんだな……」
黒い左手が脇のボトルに伸び、手に取ると喉を潤してはまた、彼女にジリジリと目を落とす。
ターシャは、未だ顔がはっきりしない男に、険しい表情を向けている。
重く圧し掛かる様な声が這うこの場には、時折、微かな電流の音も混ざっていた。
「己の時間も全て我が子に注ぎ、飯もままならず結果自分達は見るからに骸骨化…
その結果が齎した覚醒はおめでたいだろうが生憎、ここは未だ一方通行…………
返却不可だ……」
ホルダーにボトルが乾いた音を立てる。
そのまま彼は、黒い左腕でデスクに体重をかけた。
「死の決断理由は大方…
金は盛大に飛び、頼れる人脈は狭く、肩身も狭い。
それでも尚努力するも、医師からの覚醒不可能の判断に絶望。
その後も微々たる数字に縋り、延々介抱を続けるのか…」
目を逸らし、声無く引き攣った表情を浮かべては、首で小さく否定する。
「人生という視点に置き換えた時、膨大で限り無い時間と労力を費やすそれは馬鹿馬鹿しい選択だろう。
故に、賢い両親は決断した。
嘸かしお前が大事だからこその判断か。
実に模範的だな。
死なせる事もまた、権利。
潔い。
理想的な人生設計に無駄が無く、お前に下されたそれは、親にとって最高の利益だろう」
最後はまるで、死が清々しいのか、歪な明るさを乗せて放たれた。
ターシャの息は震える。
恐ろしいそいつから目を大きく伏せ、瞑った。
無理にでも、呼吸を整えようとした。
何でもいい。
何か言ってやると、混乱する精神を安定させようとする。
その時、不意に記憶が紡がれ始めた。
この話が事実ならば、あの夜、事故で植物人間になったという事かと整理がつく。
更に、いつか家族で備えたリビング・ウィルの存在が過る。
彼女はそれに、自分にもしもの事があれば、迷わず解放する様に記した事を思い出した。
だから両親は、判断を下したのかもしれない。
ならば、大いに構わなかった。
だが、自分は今、正真正銘生きている。
それは、両親の懸命な介抱により齎された、奇跡であると思いたい。
それに
「…………危ない…」
前まで、暗闇でリピートされていた親友の言葉が蘇る。
ここで再会した彼女は、それを言う事は無かった。
しかし今、頭の中でその言葉は煌々と光り、どこかへ導こうとしている。
再び目覚め、ここまで動けているのは、きっと意味がある。
時折、木霊する彼女のぼやけた声。
今はそれをただ、信じたくなった。
何が何でも、この環境と、この者達をどうにかせねばならない。
ターシャの目は突如、見開かれた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




