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タイプは滞っていた。
一向に増えないコードの列に対する苛立ちは、時に、舌打ちや溜め息に変わる。
それが堪らず、イーサンはつい離席し、スマートフォンを見る。
予定の来客が通過したと、ビルからの報告が届いていた。
一時この時化た空間から逃れようと、ドアに向かった時、背後で大きな回転音がし、肩を竦め振り返る。
新型System Real/Rayが眠る球体型鉄格子が、背面に転換した軋み音。
複数に区切られた目標の内、7割域に達したあの日から、あまり進展していない。
それは試験起動をさせる数値だが、未だ何かを叩き込みたいのか、ここに眠っているままだ。
作業に区切りを設ける案は、似た特性を持つ部下により提示されたものであり、レイシャがすぐに取り入れた。
昔から、周囲が見えず、聞こえなくなる程極端に没頭するヘンリーは、突然疲労が襲う事はしょっちゅうだった。
体の方から限界を余儀なくされ、やっと体調の異変と向き合う。
区切りを設ける主な理由だった。
レイシャが不在中のある日、監督が彼を訪れた所、操縦デスクで意識が飛んでおり、騒ぎになった事がある。
その件から至急、イーサンを昇格させたのだ。
そんな彼はこの夜、今度はキーボードに突如倒れた。
補佐2人に慌てて起こされ、追い出される様に早上がりをさせられていた。
しかし結局、煩わしい報告で起こされている。
捗る訳がないのに、起きている以上は僅かであれ、着手するのだった。
操縦席足元のペダルが踏まれた事で、方向転換した新型の背面が露わになる。
開いた皮膚から窺えるのは、背骨に似た金属骨格。
右の縦型ハンドルの操作に合わせ、向かって右のアームが滑らかに胸椎の一部に触れ始める。
細い先端で、器用に噛み合わせを上下に解き、隙間を開く光景は、まるで椎間板をこじ開けている様だ。
ハンドルに付くクラッチレバーで、先端の動作速度を調整している。
アームはそのまま頸椎に上がり、指定した一部でまた、同じ動作が行われる。
左側の同ハンドルの操作で、反対側のアームが作動。
先端で薄いプレートを摘まんでは、解放した隙間に仕込んでいく。
その後、再び同じ操作で骨組みは整えられる。
左ハンドルの傍に設置されているサイドスティックを握り、微妙に体の角度を変えた。
僅かに手前に倒すと、操作に合わせて手前に頭頂部が傾く。
骨格の納まりに異常は無い様だ。
両脇のアーム操作用縦型ハンドルはやがて、大きく奥に倒され、クラッチレバーの弾き音が2度、暗い部屋に響く。
作業にロックがかかると、ヘンリーはやっと機器から手を離し、両肘をデスクに付いては組んだ両手を額に当てた。
今、この部屋は最悪の空気で覆われている。
レイシャの手もずっと止まっており、キーボードの横にはスマートフォンが投げ出された状態で佇んでいた。
イーサンは逃げる様にノブに手を掛けるが―
「…いつ着く………」
底を這う様な声がふと、空気を震わせた。
「15分くらい…かな」
彼が返答すると、座席が軋んだ。
ヘンリーは疲労を最大に放出しながら、首や肩を回す。
そして重い腰を上げ、隣のデスクに開いていた黒のラップトップのエンターキーを押した。
切り替わった画面は、カメラの映像を4分割で映す。
右下画面には中庭、シャルがターシャを引き摺りながら、アマンダと共に枠外へ消えた。
その左画面に、サウスのロビーで彼等がエレベーターを待ち始める姿が映る。
ターシャを連れて来る。
それに拘るシャルに目を細めた。
その映像を覗きに、補佐2人が彼の脇にやって来る。
「どうするんです…?」
ヘンリーはいつの間にか口にしていたボトルを離し、顰め面を向けていた。
こいつがどうせ連れて来るだろう。
その妙な執着がどれ程のものか、単に見たかった様だ。
睨みつける表情のまま、端の彼等に気付かない程度に、彼は引き気味に小さく笑った。
まるで、気色の悪い奴だと言いた気に。
俯いたまま、フラフラと方向転換する。
イーサンの肩に軽くぶつかっては、再び操縦席の前で止まる。正面の部屋に灯るスポットライトの光が、僅かに彼の顔を照らした。
「……見物…」
そしてまた、そこに眠るアンドロイドの背と向き合う。
手はふと、正面のキーボードに触れ始めた。
広がる大画面に表示されていた作業進捗から、別のデータへシフトする。
目の前のアンドロイドの遺体データが開かれると、またシフトした。
数回、データの往復が続く。
現れたターシャの遺体データと被る箇所に、彼は目を凝らし、小首を傾げた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




