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その建造物の前には、ちっぽけな船が到着していた。
それと同時に、奥から移動して来た彼等がゲートを開け、来客対応をし始める。
「“悪いなこんな時間に。
お宅の長が機嫌悪くしてないといいが”」
ここによく来ている様だ。
がたいの良い男と、真逆で細身の男が下船する。
彼等もまた、似た様な作業着姿で笑顔で話しているが、迎え入れる側はどうしても愛想が無い。
特に、誰かさんは。
「“ご心配無く。彼はそんな事気にしないさ。
航路や相手先の都合もある事だし。
それに貴方がたは、お得意さんだからね。
言われていたサンプルと原薬、用意してるよ”」
接し慣れている彼のアクションを、背後で建屋の壁に背を預け、ただただ無言でモニターする男。
「“こいつ新入りなんだ。
あんたにも紹介しておくよ!”」
がたいの良い客人は、連れて来た新人を指しては気さくに壁でモニターする彼に声をかける。
しかし、その彼は小さく1度頷くのみ。
それを覆う様に、作業着の彼が気さくに客に手を差し出した。
「“よろしく。
ここの研究員をしてるショーン・テイラー。
あっちの彼はビル・エジャートン。
許してやって。
どうしようもなく内気で、大人しいだけなんだ”」
巧みに接客しては、自然とその新人と握手した。
その手元にビルの目が光っていたが、特に何事も無く手は解けた。
「“お陰さんで、また新たに抗体医薬品の開発が進みそうだよ。
遺伝子治療なんかも、いずれは実験できそうだ。
タンパク質管理や生物情報の取り纏めなんかも相変わらず、どこの研究所とも比較にならないくらい質が良い。
クローズされた時はどうなるかと思ったけど、再開してもらえて安心したよ”」
「“そう言って頂けて何より。
歴史が長いから、失くすのは惜しいし。
変わらずうちの原薬が安定していて良かった。
今後も貢献できるように努めるよ。
ちょっと待ってて”」
そう言いながら、そこの建屋に入って行った。
別に渡すものもあった様で、数秒してからプラスチックボックスを手に再来する。
簡易的な事務所であり、一時的な保管庫といったところか。
流れで、持参したファイルも手渡す。
瞬きしない顔を適度に逸らす。
それは違和感無く、自然な仕草と言える動作だった。
その横から、新入りの男がある物を突き出す。
それは、毎度お馴染みの土産だった。
「“これ、いつものだけど、好きだって聞いてるから”」
「“ありがとう!皆喜ぶよ”」
優しく受け取ると、声をやや高めに、気さくに返答してみせる。
表情があれば、より際立つだろう。
「“じゃあもう行くよ!あんたもまたな、ビル!”」
新入りもまた、愛想良く彼に手を振るのだが―
「“………気をつけてな”」
その態度は、指示通り放ったまでと言った様子。
相変わらず顔つきは終始冷酷で、目は鋭かった。
その任務は、僅か5分少々で完了した。
ショーンの今回の対応も、問題無し。
排気の臭いに包まれながら、離れていく音と共に体は振動した。
喉の苦しみにターシャは何の抵抗も、救援を求める事もできず、涙が零れだす。
「っ!」
背中に激痛が走った。
シャルはまた、ターシャを引き摺り始める。
それはもう止まる事は無いと瞬時に悟るも、空いた片足や両腕を振り、抵抗する。
「痛いっ!放してっ!」
喉の苦しみからは徐々に解放され、力任せに彼女の腕や足を僅かに蹴るも、それを痛む様子も、焦燥すらも放たない。
「ねぇシャル、彼女自分で歩けるわよ?
放してあげたら?
ターシャ、何かしたの?」
「何かしたのはそっちでしょうがっ!
あたしは被害者よっ!どうなるの!?
あんなとこ戻りたくない!」
「そう?私、何かしたかしら…。
ドクターと話すといいわ、まだ仕事してるみたいだし。
そんな怖い所じゃないわ、ターシャ」
体勢からくる疲労にアマンダの言葉が覆い被さる事で、何をする気も起こらなくなった。
段々、直ぐ後ろを歩く彼女に目が潤む。
薬剤器具を運搬しながら同行する彼女は、真っ直ぐ行き先の玄関を見ていた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




