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「貴方は安置室に居るはず。
何故ここに居る」
その低い声に、体は更に震えた。
女は窓枠に両腕を置いた姿勢を取っている。
ターシャは最悪の状況の中、肩で激しく息をしてはベッドの壁を伝い、裏側のドアに向かおうとする。
「脱走は許されない。
貴方を無事に連れて行く」
そう言い放つなり、颯爽と姿を消した。
ターシャは即、ベッドから飛び降りては目の前のテーブルを玄関ドアに滑らせる。
しかし、背後のドアが放たれ、そちらを振り向く間も無く後頭部を掴まれ、テーブルに捻じ伏せられた。
苦痛の声が漏れる中、咄嗟に付いた両手はいとも容易く背後で掴まれ、固定される。
「アマンダ」
彼女は声に顔を向け、数秒静止する。
その後、悲鳴を上げるターシャを眺めながら立ち上がった。
「安置室?
シャル、ターシャ生きてるわよ?」
しかし、彼女はその言葉に反応を示さず、ターシャを激しく手前に引く。
そして玄関を遮るそのテーブルを軽々真横に蹴り飛ばし、破壊音が轟いた。
そのままドアを蹴破り、ターシャの後ろ髪と両腕を掴んだまま足早に家の敷地外まで前進する。
握力が強く、激痛の声が次第に大きくなる。
後にアマンダが出てくると、放置されていた薬剤器具を持ち上げ、同行しようとした。
しかし、シャルは急に足を止めた。
同時にアマンダも止まると、視線はこの広場に設けられた船着き場のゲートに向く。
その向こうから、照明が徐々に近付いて来た。
ターシャは激痛の中、それを薄っすらと捉える。
やがて、端から足音が聞こえてきた。
少々早い足取りで通り過ぎたのは、やや灰色の作業用ジャケットに、同色のキャップを被った男。
細めの黒縁眼鏡をかけている。
その背後には、シャルと同じ黒ずくめの姿をした、茶髪の男が付いていた。
両者共に黒のファイルを数冊と、薬品運搬ケースを手にしている。
彼等が進む先は、この家のすぐ近くにある立方体の建造物。
刹那、ターシャは前方に軽く投げ出され、大きく前屈みによろめく。
急な事に戸惑いながらも、何とか姿勢を保つ。
だがまた、強引に正面を向けられ喉を突かれ、その衝撃と苦しさに背中から派手に転倒した。
激しく咳き込み、呼吸困難に両手が勝手に喉にへばり付く。
シャルはターシャの右足首を掴み上げると、死角が多い玄関ドア付近まで引き摺りながら戻った。
そして、先程通過した彼等の行き先を、じっと見据えている。
背中と後頭部を擦る石畳が痛過ぎるも、喉を突かれた影響で声が出ない。
頭元では、薬剤器具を手にして立ち尽くすアマンダ。
彼女もまた、建物の方を静かに眺めていた。
遠くからは船が止まる音がする。
喘鳴が零れる中、僅かに会話が聞こえてきた。
母国語ではないその内容は分からないが、実に流暢で慣れたやり取りに思えた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




