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「そうねぇ…
帰るとなるとボートが要るんだけど、ここの誰かが一緒じゃなきゃそれはできない。
誰が出入りするにしても、目的は互いに確認し合う事が決まりだから、勝手に出たら怒られるだろうし、ターシャは運転できないから危ないわよ。
先にドクターと話した方がいいわ。
困ったら皆そうしてる」
ターシャはふと、テーブルの端に積まれた大量の冊子に気付いた。
咄嗟に1冊取り、目を走らせる。
そこには今、彼女が放った研究所とやらの詳細だけに留まらず、理解不能な人体模型の様な絵と、恐らくその仕組みが横に記載されていた。
他にもまだ綴られている。
別の冊子の背表紙には、任務であったり、組織図、生活等と記されている物が積まれている。
それらに見入っている間にも、彼女の話は続いていた。
「後、私は向こうにはもう居ない事になってる。
父さんと母さんには会いたいけど、今の貴方みたいに驚くでしょうね。
それ以前に、向こう全体がまだまだ受け入れられないわよね。
だから帰る選択肢はまだ無いのよ。
この先もっと世界の考えが変わったら、帰れる可能性はあるのかもしれない。
だけど、今はまだその時じゃない」
「ああっ!」
ターシャは苛立ってテーブルを引っ叩き、声を上げ、遮った。
ここまでもアマンダは話しながら、時折目を伏せ、器用に手を弄り、両手を座面の縁について体や足を揺らしていた。
実に優雅で、自然過ぎる態度はどうしても違和感しか無い。
「ねぇずっと落ち着かないわね?
酷く緊張してる。横になる?」
ターシャを覗き込み、淡々と尋ねて来る。
「落ち着ける訳ないでしょうが!
何なの!?さっきの話!
そんな生物学みたいな事、詳しくなかったじゃない!
意味が分からないわ!
そして受け入れられない!?当たり前でしょ!?
でも、でもあんたは何でか生きてるって言って目の前に居るから、あたしは一緒に出たいって言ってるの!
だってこんな所、あんたの居場所じゃない!
そりゃ…帰ったらどうするかなんて……
そんな事帰りながら考えるわよ!
とにかく、違う!何もかも、違う!」
気が付くと立ち上がり、泣きながら訴えていた。
酷く疲れ、息が強烈に上がっている。
体から湯気が立ち込めているのではないかと、自分でも分かる程だった。
「大丈夫?座って、ターシャ。
疲れてしまってるじゃない。
でもここ、水が無いのよね。
パブで貰って来ようか」
彼女もまた立ち上がると、肩を上下させるターシャの手を取りながら言う。
家へ連れ込む際と違い、その握力は優しいものだった。
パブだなんてとんでもない。
ターシャは激しく首を横に振って否定しては、彼女の握る手にただ、痙攣する瞼を向けて呼吸をする。
酷い動悸を落ち着かせるのに集中する事しか、今はできなかった。
「確かに私は詳しくなかったわね。
国語とか美術の方が好きだった。
ターシャ、私はここに居ないと騒ぎになる。
未来に向けて、ここでデータを残す生き方をする。
その為に必要な知識を今得てるとこ」
その異様な発言は突如、喉を掻っ切る。
彼女は積み上がった残りの冊子に手を置き、柔らかく言い終えた。
そんな動作や姿を見て、やっとターシャは真剣に意識し始める。
今になって気付いた。
彼女は瞬き1つしない。
また、声の抑揚はあっても、たまにどこか一本調子な部分もある。
それに一切、表情が変わっていない。
発言に対し、顔の表現が追い付いていない様子だ。
不安で視界が更に潤み始める。
脳は勝手に、見てきた記憶を引き出し始めた。
だが、それらはどうしようもなく受け入れ難く、また首を激しく振る。
心拍は上がり、その音は背けようとする記憶を揺さぶり続ける。
そして再び、それは漏れだそうとするのだが、必死に頭を抱えて蓋をしてしまう。
結び付けられない。
いや、結び付けたくないのだ。
しかし、疑うべきである。
最悪な事を、これから疑わねばならない。
そしてとうとう、異常な疑いが生まれた。
その内容は、怖くて堪らない。
とは言えその恐怖と彼女から、目を背ける訳にはいかない。
「ねぇアマンダ……あんた………」
恐々と震えながら尋ねようとした時、アマンダがふと外を向いた。
それに咄嗟にターシャも振り返る。
遠くから小さな人影が浮かび上がり、近付いて来るではないか。
恐怖のあまり、大きく椅子の音を立てて後退る。
「どうしたの?」
「隠れる!
私が居るって言わないでよ!絶対よ!」
慌てて辺りを見渡す。
身を隠せる所はベッドの下か、先程まで居た外しか無い。
それだけここには、身を隠せそうな場所は無かった。
ターシャは咄嗟の判断で、再び外へ飛び出し、そっと扉を閉めた。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




