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ビル内での大騒ぎが嘘の様に、ここは静かで、極めて穏やかだった。
追手が来なくなったこの隙に、ターシャは目を拭い、強く一息吐くと、辺りを警戒しながら早歩きする。
整えられた林立する木々や植物。
今が何時なのかは分からないが、空はインディゴに染まりつつある。
パブがあった方面とは違い、こちら側には家屋が並んでいた。
敷地内の端に沿って進んでいると、目に飛び込んだのは、見渡した際に確認できた白い土台を持つ噴水。
連絡橋に据えられている照明と同様か、吹き上がる水を淡い白に灯している。
そこで目に留まったのは、1人の男。
咄嗟に家屋の物陰に身を隠し、様子を窺う。
清掃しているのか、網で浮遊物を掬い続けている。
その隣には剪定鋏が立てかけられていた。
ここ一帯の手入れをしているのだろうか。
そこの広場はまるで、週末に家族が寄って集る場所そのものにすら思える。
足先から身震いし、目を背ける。
先程より少々冷静になったとは言え、未だ情報処理ができず、不安は膨らむばかりだ。
髪を雑に掻き、険しい表情をしていた時、迫る足音がした。
噴水の男がこちらへ向かって来る。
身を引っ込め口を塞いでは、しゃがんだ。
気配を消そうとしたが―
「誰だ?」
肩が大きく上がり、震えながら見上げると、男の影がふと彼女を覆った。
どこででも見かける中年男性。
髭が生え、中肉中背。
灰色の作業着に剪定道具をベルトに固定し、網を手にこちらを見下ろしていた。
「研究員か?」
そのワードが奇妙でならず、思い切って立ち上がる。
「あの!ここは何!?
あたしは何でこんな所に居るの!?」
彼に疑問をぶつけると、数秒、間が空いた。
「何って?バイオ研究をしているんだろう?
知らない顔だ、新人か。
こんな所で微生物の採取か?」
またも意味が分からない。
「何なの、それ……家に帰りたいの!
どう連絡したらいいの!?」
「あそこが家じゃないのか?俺はここが家だけど。
連絡か。電話は支給されてないのか?
ここで働く者は皆そうだが、無いなら上に相談してみろ」
彼は、奥に聳え立つ1基を見上げたり、手前の家屋を指したりしながら話す。
ターシャは目を見開き、口を開けたまま、首は勝手に横に振られている。
欲しい答えが出てこず、恐ろしくてならなかった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




