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その手前の女に、元造形師の男が悪戯に笑った。
彼女の露出した腕にそっと、余りのダミー材料で造ったあるパーツを這わせ、揶揄い始める。
「!?ぎゃああああ!」
その叫声は猿に近い。
酔っているからこそ余計に、それは周囲の耳を激しく劈く勢いだ。
「るっせぇな!お前は声がデカイ!
大袈裟過ぎだ!」
「そんなもん見せられたら当然でしょうが!
何作ってんの!さっさと仕舞ってっ!」
見せられた生々しくできたそれを、見慣れている男達は平然と笑い、冗談交じりの暴言が飛ぶ。
一方女達は呆れ、目を逸らし失笑するだけだった。
「そんなリアル過ぎるもんばっか作ってるから、除け者にされんのよ」
「ここではお役に立ってる。
見る目が無かったのは向こうさんだ。
お前さんもここに居るって事は、似たり寄ったりだろ」
今度は苦さが特徴的なネグローニを片手に鼻で笑った。
「移動式公衆トイレからの成り上がりよ。
向こうで死ぬよりここで役に立って死ぬ、その方がまだ生きた心地がする。
全ての痛みを払拭できる訳では無いにせよ、向こうにいるより断然回復したわ。
私が居る前では、それ、出さないでよね。
うんざりなのよ」
要らぬ思い出に蓋をする様に瞼を閉じ、ホワイトルシアンが彼女の口に触れた。
別に、医学や科学等といった専門知識は皆無だった彼女は、体内に多くの傷を負った者である。
その横で彼は目を丸くさせ、肩を竦めて小さく笑った。
何かが抜きん出ているからと言って、必ずしも評価をされ、受け入れてもらえるという訳では無かった様だ。
居場所や人を点々としては、上手くいかず失敗をしてきた。
どこかで認めてもらいたかっただけなのだが、それが、向こうと呼ばれるこの拠点外の世界で、どうして見つけられなかったのか。
それは、自分達には忍耐力や適応力が無い、ただの我が儘な人間だという事なのか。
彼等はふとそんな事を考え、酷く痛かった日々を思い出しては急に、静かに、どこか遠くを見た。
― 必要の無いもんなんて…本当は無い………
本当は…だ…………
ただ…それを何処に置くかだ…… ―
この場所もまた、リスクしかない。
しかし、それでも良かったのは、ここでは役割があり、先がある。
負った傷を癒せ、また笑える。
ここでだけは、笑っていていいのだ。
そして、誰もくれる事の無かった言葉をくれ、居場所をくれた彼の傍に、居たくなった。
同じく、心身を壊される痛みを知る、1人の人間として。
レアールは胸に掛かる髪を取っては数秒、毛先を見て手放す。
その後ふと、ジャズ音だけになっていた空間に滑り込んだ。
「声がデカイ件について、来る際に小耳に挟んだ事がある」
部下達は彼女に目を向けた。
「以前は酷く眠れなかった。
あの女は、最中でも声がデカイ。
そこには何の色気も無く、ただ只管に雄叫びを上げるヒヒだ、と」
瞬時、哄笑が渦巻いた。
対象の女はそれに大層怒り、血相を変え、話題の声量を鋭く上げ始める。
「失せなレアール!何なの補佐官!
最低なコードね!」
「女でありながら、雄叫びを上げる。
嗜みの欠片も無いという事を、報告してあげたのよ」
対照的な色気を持つアンドロイドに馬鹿にされ、爆笑の渦が巻き起こる。
冷酷な表情のまま彼女はそっと踵を返すと、ドアの向こうの闇に消えた。
小刻みに鳴るドアベルもまた、その場の騒音にあっという間に呑まれてしまった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




