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彼は元バーテンダーらしい。
体格は膨よかで若干の色白。
しかし黒一択の格好の影響で、僅かに引き締まっても見える。
その頃の腕前がどうだったのかは皆無だが、技術の反映はまずまずといった所である。
以前はどうも、カクテルの濃度を全て同等にしてしまい、困り果てていた。
オプションが効かなくてどうすると、ああだこうだやかましくコード内容を交わし続けるのもまた、彼等にとっては最高の時間だった。
メンテナンスから無事戻って来た彼は、早速オーダーを受けたカクテルをビルドやシェイクしたりするのだが―
「え。
何かもっと凄い事してくれるんじゃなかったの?」
「フレアバーテンディングのプログラムは間に合わなかった、と」
店内入り口の柱に背を預け、レアールが報告を入れる。
「何だそれ!?
コピーするだけにしてやっただろ!?」
ショットガンカクテルを片手にぼやく男。
そのプログラミングを依頼していた張本人だった。
「厳密には、コードが複雑過ぎてやる気が出ない。
てめぇでやりやがれ阿保が、と」
「…あっそ」
失笑しながら、大層つまらない表情でそれを口に流し込んだ。
3種のウィスキーが入り混じり、喉から胃へ一気に重く流れ落ち、いつまでも喉や食道を焼き続ける。
高い度数を何発も入れられるプログラマーの彼は、その間でも平気でコードを巡らせる強者だ。
「相変わらずド偉いスキルだってのに、何でここに居るんだ?
自分から売り込んだのか?」
バイオ研究専門の男が訊ねると、その彼はつまらなそうに鼻を鳴らして言った。
「んな訳。
気付きゃ血が流れてる様な生き方してた俺に、自分を売り込む気力なんざ無ぇ」
そう発言する彼の露出する箇所には、点々と怪我の跡が在る。
受けたものが大半だろうが、自傷行為と取れるものもあった。
「あああちらさんは大層お偉いもんだぜ。
出しゃばりゃぁ叩かれる。
いざ発揮すりゃぁ手柄横取り。
反発すりゃぁ暴力。
察に乗り込んでも証拠がねぇだ何だだ。
それを集める最中バレてああもう…一生やってろ。
気付きゃ縁の上だの、レールの上だのに立ってた。
とっとと殺せってな。
けどそれすらできねぇ。笑っちまうだろう…。
今思えばよく、あそこまで他人の名誉の為に自分を抑制してたもんだぜ。
人生どうでもいいと思える十分な理由だ。
向こうの空気も、顔も、まっぴらだ。
俺はこっから出ない。そう言ってある」
途中、その目の色は失われていたが、言い終わりには今の己に戻っている。
手にしていた酒を一気に流し込み、もう過ぎた事とでも言う様に、どこかを見て小さく笑った。
バーテンダーはただただ無言でオーダーを聞き入れ、改善された技術が正確に反映されている事を証明し続ける。
3つの全く違うグラスを淡々と並べる前で、シェイカー、メジャーカップが丁寧に操られ、差し込む照明を弾いた。
立つステア音は、忘れられがちに流れるジャズに混じる。
直に3人分の全く違うカクテルが注がれ、以前に無かった手早さに女達は圧倒する。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




