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隙間から辺りを窺うと、そこは橋から見下ろした中庭で、4基に囲まれた麓である。
夜の潮風に、芝生が揺れる音が立つ。
頭上を見ると、7本の連絡橋が淡い白光に縁取られ、各々の塔に渡されている。
状況と不釣り合いな美しさに、驚懼した。
自然と立ち上がり、辺りを見渡す。
石畳が中央を円形に占め、そこから4基の入り口に向かって、真っ直ぐ通路になって伸びている。
隣には、一番低い1基が灯も無く佇む。
その向こう側に広がる光景に、ターシャは目を奪われた。
点々と、家らしき窓から零れる電球色や、街灯が窺える。
怪しむ様に目を細め、勝手にその世界へ引き寄せられていく。
波の音が、延々と耳に入って来る。
私生活でもこんなに近くで海を感じる事は無い。
これは、やはり何かの間違いか。
ただの悪夢なのだろうか。
肌寒さを堪えながら、目にくっきりと飛び込んだ広場に驚嘆を漏らす。
「何………ここ……」
広々とした円形の敷地を、鉄柵が囲っている。
その内側に、小さな家屋が点々と存在していた。
通路は石畳が大半を占め、その隙間から芝生が顔を出している。
実に生々しい生活感があった。
誰かが確実にそこで生きている気配が漂い、鳥肌が立つ。
所々には植物もあり、自分の住む街の穏やかさと似た様子を思わせる。
中央には、下から淡い白光を灯された噴水までもがある。
敷地の更に奥の縁には、不気味なコンクリートの立方体をした建造物があった。
その横には、この敷地を囲う鉄柵よりもやや高目に作られたゲートが立つ。
その向こうには、船2隻分程の広さの船着き場が、街灯と共に見えた。
視線は再び、限りなく広がる漆黒の大海原に向く。
やはり、ここ以外に陸は、どこにも無い。
「ああ……」
混乱は再び起こる。
目が潤み、勝手に膝が落ちた。
ここは明るみだ。
僅かに残る正気を頼りに、直ぐ傍で林立する木々と、合間の茂みに身を隠す。
震撼させてくる環境に目を閉じ、何とか呼吸を整えようとする。
怖い。
精神が安定せず、膝に顔を埋め嗚咽する。
誰かに連絡する心積もりなど、今はあっさり崩れてしまっていた。
現状が、次々と不安へと誘い続けた。
そんな中、微かに声が聞こえた。
何やら賑わうそれに顔を上げた時、更に近くで足音がした。
咄嗟に木の裏で身を縮め、観察する。
視線の先には、その姿をレザーで占めたスレンダーな茶髪の女が居た。
露出した手足が寒々しいが、全く気にしていない様子でヒールを鳴らしている。
彼女が率いていたのは、少々恰幅のいい背の低い男だった。
ターシャは眉を顰める。
彼等が向かう先は、何やら店を思わせる小さな建屋。
その窓に目を凝らすと、青や赤の照明が点々と伺える。
ターシャは、2人がその建屋に向かってある程度距離を取った所、忍び足で尾行した。
男を率いていた女が、辿り着いたそこのガラス扉を開けた。
一気に騒ぎ声が立つそこは、明らかにパブだった。
少々身を引くと、そこから興奮する声が上がり、賑やかな場が直ぐ想像できる。
2人はそのまま中へ消えた。
見つかるのは御免だと、ターシャは踵を返し、反対側のエリアに向かった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




