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薄暗いエレベーターはこの場で唯一強い光を放った。
担架に乗せられた黒の納体袋は微かに振動する。
「可愛くできた?」
少々不気味に微笑みながらレイシャが問う中、目的のフロアにあっさり到着した。
男は開き切る前に担架と同じ幅を認識したキッカケで押し進む。
「相変わらずねぇビル。愛想もクソも無い」
彼等にはただ、依頼していたダミーを寄越す様にとしか命じていない。
しかし、行き先もルートも既に把握している。
これまで成り済ましで勤めてきた複数の病院の仕組みも含め、完璧にプログラムされているからだ。
白い冷えた扉が先回りした女によって解放される事で、ビルという男は止まりもせず流れる様に中へ消える。
「それとも音声パーツを根こそぎ取られたのかしら」
換気扇が回る影響で廊下との温度差があり、レイシャは少々腕を擦りながら揶揄う。
「搬送作業に会話は不要だ」
やっと放たれた声は低くハスキーで、彼女はまるでこれが聞きたかったと言わんばかりの満足そうな表情を浮かべた。
博士を何とか説得し、反映させた理想の1つ。
前回寄越した別の指名者はなかなかにお喋り仕様で、今夜の彼等の様に静かに、またクールに事が運ぶ事は無い。
総じて、どれも任務は完璧に熟せるまでアップデートできたのだが、まだまだである。
「それ、いい加減修正しないとねぇ。
言ってやってレアール、そんなじゃ女が付かないって」
そんな発言もほったらかし、レアールと呼ばれる女は彼と納体袋を開き、手際よくそれを剥いでいく。
そこに現れたのは見事に瓜二つの遺体の、ダミー。
遺体は明日、葬儀場へ移される。
それまでの間、エンバーミング、つまり死体防腐処理が丁寧に行われ、必要な修復も完了していた。
薬品の効果で自然な組織の色が再現され、安定した艶もみられる。
まるで、ただそこで普通に眠っている若い女性。
僅かにダミーの方が血色が良く見え、声をかければ簡単に起き上がりそうだ。
「へぇ…あの子達も腕上げたのね」
自分の部下をふと評価し、それに少々見惚れる。
美しく可愛い彼女の死は、心底惜しいだろう。
冷たく見下ろす眼差しはしかし、呆気なく漏れた息から消える。
「全て焼き切る風習で良かったわ。
骨上げなんてされる様じゃ、ダミー製作も至難の業よ」
「何の為にだ」
ビルが初めて問いかけたそれに、レイシャは呆れる。
「そんな事には興味おありなの?知ったこっちゃないわ」
面倒臭がる返答を脇に、遺体の衣服は手早く脱がされる。
目を覆われる様な行為なんて関係無い。
まるでマネキンを着せ替える様な扱いでそれはあっさり裸体に変わり、ビルが納体袋に納めていく。
レアールは担架上のダミーに脱がせた遺体の服を着せていく。
ボルドーのシンプルなパーティードレスを着せられていたそれは、手っ取り早くチェンジを終えた。
レアールは軽々とダミーを抱えると、ビルの位置と入れ替わる。
ジッパーの閉まる音が担架上に響くと、僅か数分で作業は完了した。
ビルによりドアが放たれ担架は押されると、エレベーターへ速やかに直行する。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。