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何も無い所で立ち上がるのが未だ困難で、壁に這いつくばり、右手を受話器に伸ばす。
支える片腕と胴体が、壁を滑り傾き始める所を食い縛り、垂れ下がる線に震える指先が僅かに触れた。
それと同時にバランスを崩したが、受話器は触れた指先により乱暴に落ち、壁沿いに音を立てて揺れる。
バタバタ身を起こすとそれを掴み、またも苛立つ。
数字ボタンが本体に付いていた。
「何なのよっ!」
壁を盛大に叩いては、再び虫の様に上半身だけで壁に這い蹲ると、ドアの方に体を傾ける。
「誰か!いませんか!」
しかし声はどうしても掠れ、大きく発する事ができない。
病室にしては備えが悪過ぎると、肩で呼吸をしながら再び辺りを見渡した。
足を立て、膝に手を付くとまたガクガクと音を感じる程に下半身が揺れる。
そのバランスの取り方も少しコツを掴んだ頃、壁に手を付いて立位を取る。
そのまま伝って受話器を耳に当て、適当に1桁の番号を押す。
しかし無音が続き、更に自分が知る番号を数種類押すも一切変わらない。
「何よっ!」
漏れる苛立ちと共に受話器を叩きつけ、そのままドアノブに手を掛けた。
落ちた握力でかなり重く感じるそれを、なんとか下げる。
手前に隙間が出来たと同時に体ごとドアにへばりつくと、徐々に押し、開いていく。
視界に飛び込んだそこもまた、一面真っ白な壁と廊下が真横に伸びていた。
視線の先には点々と、ここと同じ様な白いドアが並んでいる。
病院にしては余りにも静かで、人気が無さ過ぎる違和感に恐怖した。
電話が繋がらないのならば、直接誰かの元へ行く他無い。
ドアを伝い、部屋を出て壁に張り付く姿勢になる。
静かに閉じる音が立つと、長い廊下を伝っていく。
素足の音と自分の忙しない息遣いだけが、尾を引いている。
前進を続けると、2枚扉が現れた。
先程のドアとは違い、それは見るからに分厚く頑丈で、重みも感じさせる。
密閉する様な造りなのか、横の壁には恐らくIDか何かを翳す機械が設置されていた。
「……どこなの…」
看護師1人の姿すら無い。
ふと、左手を壁に付いて足を止める。
何かの間違いか、夢なのかと疑い始めた。
先程よりも立位がより保てるようになっている。
そのまま、額に手を当てる。
そもそも自分に一体何が起きたのかをやっと考え始め、眉を顰める。
「事故……?」
大雨の中、正面から眩し過ぎる光が、信じられない勢いで近付いて来た事を思い出した。
しかしそこからどうなったのか、それが分からず今に至る。
その間の記憶は妙な事に、アマンダの声しか残っていなかった。
「…………危ない…?」
それは何故なのか。
あらゆる形や音量で、彼女のその声が暗闇で繰り返されていた。
そこへやっと、遠くから声が聞こえてきた。
それに目を見開くと、歩幅が大きくなる。
「あの!誰か来て!」
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




