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久しぶりの明かりに、開いた目はすぐ細くなる。
その隙間から観察する限り、辺りは異様に白い。
窓は無く、脇にカーテンすら無い。
背中がやけに冷たく、硬い。
肌には半端に被さる何かが、僅かに動いた際に乾いた音を立てた。
状況がよく分からないまま、首を起こすと突拍子もない悲鳴が上がった。
黒い寝袋の様な物が体の両側に広がり、下半身を半端に覆っている他、何も纏っていない。
足先から頂点まで、まるで一気に電流が迸ったかの様に震え上がった。
漂う微かな薬品の臭い。
自分以外に誰も居ない奇妙な部屋。
隣には空のステンレス製の台。
それを目に、自分がその上に居る事を認識した。
上体を起こすとフラつき、咄嗟に左に捻れ体を支える。
しかしそこに付いた右手に上手く力が入らず、派手に転落した。
「たっ…」
冷えた床に四つん這いになると、一緒に落ちた黒い袋を慌てて引っ張り、体を隠す。
「……病院?」
誰かを呼ぶにも手段が見当たらない。
隣の台に手を付き、立ち上がろうとするも、また膝を付く。
しばらくまともに動かしていなかった足に、思う様に力が入らない。
だが、そうも言っていられない。
表情を険しくさせ、持っていた黒い袋を一度放し、両腕を台に付いては最大限の力を絞り出す。
ただ立つだけの事が辛く、体が重い。
しかし徐々に体は持ち上がり、気張る声は勝手に漏れ、次第に大きくなる。
まるで崖から上がる様に、台の向こう側へ手を伸ばし、縁を掴んだ。
上体を台に預け、屈した姿勢で、彼女は半端な立位を必死に保つ。
上がる息を一旦整えながら、壁に目を這わせていく。
白が広がる空間で、不安に息を震わせていると、ドアを見つけた。
その横には受話器が据え付けられている。
それに目が開くと、徐々に上体を起こし、ほんの僅かな歩幅で伝い歩きし始める。
右足にかかった黒い袋に視線を下ろすと、バランスを慎重に保ちながらそれを拾い上げ、前を覆う。
誰かと会う前にせめて着る物が欲しいと、更に台の下や周囲に目を向けていく。
そしてやっと、段ボールが見つかった。
向かいに並ぶ台の足元を目指して、通路まで伝い歩きする。
ガクガクする足は言う事聞かず、苛立ち、仕方なく四つん這いになると、全身震わせながら冷たい床を進む。
寒気も込み上げてきた。
その蓋を開けると、黒いシーツの様な物がただ入っているだけで服は見当たらない。
それでも無いよりはと、引っ張り出す。
喉の奥から震えながら、誰か来ないかと時折ドアに目を向けた。
物音1つしない空間に不安が増幅する一方、2枚のシーツを手にする。
大きいそれを2つ折りにし、上半身、腰から下と分けて結ぶ。
体を隠せた事に安堵するも、まだ状況は読めない。
再び床を這い、台の足元からそっとドアの方を覗く。
人が来る気配が無く、あの受話器を取るしかなさそうだ。
それに向かって勝手に手足が急ぎ始める。
ほんの僅かだが、這う力が先程よりも上がった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




