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夜は昼に比べ冷え込んだ。
彼女は死別とは無関係なのに、殺風景で温度も知らぬこの部屋で、その若過ぎる遺体に若干思考停止させられる。
まぁ、少々残念といったところか。
この奇妙な情の粒子は時折、歪な何かを象る。
自分は未だどこか、普通の人間なのか。
安置室からそっと出ると、彼女は自前の黒いノートパソコンを片手に、フロアの最も端にあるエレベーターへ向かう。
遺体を搬送する際に使用する既定ルートは既に、無人である事は確認済みだ。
廊下の使用頻度が圧倒的に低い時間帯。
潜伏中に洗い出した決定的なタイミング枠。
今である。
宿直スタッフだけになるのと、巡回ルートがありがたい事に常々決まっている人間が居る。
時に患者の都合で変わる事はあっても、そんな事は知れていた。
これから自分達が映る予定であるガードの弱い防犯カメラの録画は、仲間に仕込まれたハッキングで容易く録画を阻止している。
空間が静かに揺れると、止まった。
扉が開くなり延びる暗い廊下を、EXITと浮かぶ緑と、火災ベルの位置を示す為の僅かにくすんだ赤だけが照らす。
ただそう言う時の為に設けられた導線だが、病院であるだけにその独特な臭いがこびりついている。
奥に佇む両開きのガラス戸に向かって歩いた時、徐々に2つの光が迫って来た。
彼女は足を速め、手早く2枚扉を開き、ロックする。
そこからすぐ出た先の道路で、1台のブラックパールが街灯の光をボディに受け、ギラつかせた。
その車はUターンし、バックでこちらに迫り来る。
テールライトが、あの日屋上に居た時と同じ姿をした彼女を赤に染め出した。
エンジン音が止むとライトは切れ、前の両席扉が同時に開き、閉まる音が太く1発、胸を打つ。
「お久しぶり。元気だった?」
「3週間と4日、11時間47分。
ええ、久しぶりレイシャ補佐官」
女は彼女に少々目を合わせ、挨拶した。
一方、男は反応せずバックドアを開ける。
無言のままの、深いマッドブラウンの短髪をした彼は、深夜でありながらサングラスをかけている。
彼等が羽織る黒のレザーコートは、こちらに射し込む僅かな街灯で光沢を放った。
そこから淡々と1つの黒い袋が乗せられた担架が引き出される。
その勢いでレイシャは大きく脇に寄せられ、彼は院内の通路へ消えていく。
後の女がバックドアを閉めては、レザーブーツのヒール音を響かせながら追った。
ダークブラウンにウェーブがかった髪を揺らし、2色の頼りない照明だけの廊下に、彼等は溶け込んでいった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。