[3]
ボートは方向転換し、徐々に現場に近付いていく。
レザーのパンツにベスト姿。
下には黒の半袖シャツと、手には指ぬきの革グローブが嵌められ、保安官特有のスタイルを彼は露わにした。
ボートの縁に腰かけ、立てた片膝に腕を乗せている。
視線は、遺体が沈んでいるであろう場所。
激し過ぎる雨により、立てた髪から雫が滴り続けた。
真上を見上げると、シャルが発言した人体の影は微動だにせず、ガードレールに同化する様に倒れかかっていた。
「あれは要らないわよ」
ジェレクは少々前のめりになり、水面に目を泳がせる。
「3.2m前進」
言われるがままにボートは僅かに進行すると再び止まり、彼は立ち上がるとあっさり水中に消えた。
海に溶け込む様に、滑らかに浸水していく。
服から少々漏れる気泡だけが、彼の存在を僅かに浮かび上がらせた。
視界にふと表示された白枠は、周辺の岩々の輪郭を識別しては消えるを繰り返す。
浸水して間もない目標は、早くも現場から分析通りの早い海流に持って行かれ続けている。
そして、白枠で象られては赤に点滅した。
俯せに浮遊するそれに手を伸ばし、白と黒のバイクウェアの襟を後ろから引っ掴んでは寄せ付ける。
向き合う角度に転換すると胴体に右腕を通し、左腕で水を掻いて浮上する。
1分経つかどうかで彼が海面に姿を現した。
レイシャが縁から腕を伸ばすと、彼は、腕と首後ろから引き上げ易い角度で更に持ち上げる。
引き上げられた男性の遺体の手足は、あらぬ方向を向いていた。
ロングシートに大きく音を立てて引き上げられた遺体は、未だ出血をしている。
ボートが傾いたかと思うと、ジェレクが縁に上体を上げ、軽々乗車した。
それを確認したシャルは即刻発進する。
雨が叩きつける漆黒の海面に亀裂が大きく入り始めた時、レインギアの意味はもう成さないと諦め、レイシャはフードも被らず遺体の体勢を適当に整え始めた。
複数か所の開放骨折などお構い無しに、積み込んでいた予備の納体袋を取り出してはジェレクを振り返る。
「上、起こして」
真っ直ぐに整え寝かされた遺体の足元から袋を被せていく。
強風に煽られる中、足元から徐々に起こされた上体まで包み込む。
ヘルメットをしていたのだろうか、顔の損傷はそこまで無い。
半開した目は青く、ブロンドの短髪をした若々しい男性だった。
レイシャは一仕事終え大きく息を吐き、深々腰かける。
ジェレクはじっと縁に腕を掛けたまま、一点を見て静止していた。
雨の靄を強風が拭った時、拠点が薄く露わになった。
その姿を目にするなり、レイシャは安心する。
3基の頂点に灯る僅かな赤い光を観測すると、無線が入った。
“搬送班、遺体データを簡潔に”
ジェレクがふと、コックピットのシャルの背中に目をやる。
数秒経過すると、シャルがマイクをオンにする。
「男性、身長175.3cm、体重61.4kg、
普通体系、開放性骨折及び脱臼、打撲、出血、溺没」
“コピー。ウェストに搬送しろ”
シャルは右旋回し、速度を出す。
レイシャは背凭れから身を起こすと、見上げた。
嵐に溶け込む3基はやがて、自分を見下ろし始める。
その下では、低いもう1基が完全に周囲に同化していた。
渡された各々の橋の底から点々と灯る白い光は、雨の影響で霞がかり、雲を想像させる。
サウスの隣に連なるもう1基、West Gateが接近。
減速した時、ジェレクは立ち上がり正面を見る。
船内の者にセンサーが反応し、鉄が軋む音と共にそれは迫り上がった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




