[1]
やっと帰還命令が下りたレイシャはしかし、苛立っていた。
よりにもよってこんな嵐。
日を調整しても良かったのだろうが、交代要員として寄越した部下への引継ぎを優先した。
ネイビーの傘を掴む腕を、人差し指が小刻みに叩いている。
「あー」
待ちくたびれてつい声が出た。
帰りたくて堪らず早々に出て来てしまった。
こんなに雨が強まるならば、まだどこかで雨宿りしていても良かっただろう。
隣の黒いスーツケースは、街灯の淡いオレンジを受け、佇んでいる。
最低限の私物と、それを上回る大量の最新技術資料。
彼女は、指の動きを止めるとその持ち手を握った。
黒のレインコートの袖を、大粒の雨が叩きつけては一瞬にして水を滴らせる。
そこへやっと、ポケットが振動した。
2回の振動は、間も無く到着の合図である。
傘をやや持ち上げ、船着き場の遥か向こうに広がる漆黒を凝視した。
徐々に高鳴る鼓動にやがて、エンジン音が被さる様に近付いてくる。
このボートを見るのも久方振りだ。
天気さえ良ければ最高のナイトクルーズの中、1杯やるつもりでいたというのに。
無灯運転するそれはやがて、雨水の輪郭を露わにする。
同じく黒のレインギアを着用した男女2体が現れるなり、彼女はげんなりする。
「ちょっと何であんたなのよ…」
「その時の拠点内任務事情で派遣者は決められる。
そして指名も特に受けていない。
仮にお求めの2体の指名をされていた所で受諾は不可能だ。
定期メンテナンスは最優先だからな。
俺とシャルは先に完了した理由で、あんたの迎えに回された」
「長い…まだ解決してないの…」
若干高い声で長々発言する彼に、レイシャは疲労を滲ませる。
ひと先ずスーツケースを突き出すと、シャルと呼ばれる1体が船縁に乗り、片足を陸に掛け、軽々回収した。
その後、後方のプラットフォームに来ては彼女に手を差し伸べる。
レイシャはその手を取ると、慎重に飛び乗った。
迎えに現れた2体もまた、先日寄越した2体と同型である。
操縦する彼の背丈は平均よりやや低く、少々小柄な4台目。
製作及び必須機能の設定は博士が実施したが、その後の性格反映やメンテナンス等は研究員が行う。
他のRとは異なる保安官。
その扱いを、研究員に慣れさせる目的で託されている彼。
研究員の遊び心故にスパイクを利かされたダークワインレッドの髪型は、少々非行少年っぽさと、最年少の様が出ていた。
船内を移動しながら、彼女は溜め息を漏らす。
そして着席もしない内にエンジン音が鳴ると発進し、体が大きくよろけたところを咄嗟にシャルは支えた。
「ジェレク!」
ボートは前進し、船着き場をUターンする。
角度や速度が変わっても、未だ着席していないシャルは平然と姿勢を保ち、レイシャを見下ろしていた。
速度が上がると、叩きつける雨音が勢いを増す。
「一体何をメンテしたの!」
エンジン音と雨音を上回る声を張り上げる。
「ボディーチェック、各所バッテリー点検、AIシステム環境チェック及びアップデート。
新型に向けてのサンプルレーザー搭載は失敗」
低い、落ち着いた大人の声で説明するシャルに、レイシャは耳を疑った。
「新型になる予定なの!?」
「目元一帯の環境不備、自動放熱、
自動冷却の遅緩、皮膚への過剰負担、
表情制作環境不備、AIデータ容量不足の理由から、
新型切り替えは再度延期だ。
新規骨格製作の進捗は達成間近ってとこだな」
ジェレクが背中で語るのを、レイシャはレインコートのフードの縁を握りながら、今度は深々と溜め息をつく。
まるでコンピューター上に流れる暗号の様に、戻ってからのタスクが脳内を高速に巡り始めた。
そんな中、目の前でじっと足を組んで佇むシャルに目を向ける。
アッシュブラックの前下がりの髪。
顎ラインまでの毛先が、絞られたフードの隙間からはみ出て強風に揺れていた。
サングラスを着用している彼女は、貫禄がある1台目。
最も実験とアップデートを繰り返してきている。
「外して。どうなってるの」
察して指示するなり、彼女はサングラスを外した。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




