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…
……
………
雷鳴と共に飛び起きた。
大量の汗が全身から滲み、酷い頭痛が襲う。
泣き腫らした目に触れる指先は震え、そこから涙が伝った。
早い鼓動に合わさる息遣いが、土砂降りの豪雨の音と共に部屋に響いている。
時々、白い雷光が部屋を照らし、巨大な音を轟かせた。
しかし、そんな音や環境を他所に、涙で濡れた顔を乱暴に拭うと、ベッドから激しく飛び出した。
体はフラつき、真っ直ぐ歩けない。
乱れる呼吸は当時をより蘇らせ、心臓は今にも悲痛で破裂しそうだ。
そこに、親友の笑顔の残像がチラつく。
「っ!」
部屋のドアの前で膝から崩れ、頭を振った。
俯き、彼女の映像を消そうと更に横面を叩く。
こんな事なら墓地に行くのではなかったと、後悔してしまう。
壁を支えに立ち上がるとドアを開け、階段の手摺りに掴まっては、震える体と手に目が留まる。
只管、求めない動きを取る自分の体に心底恐怖した。
そんな中、まるで崖を伝う様に階段をそっと下っていく。
リビングのカーテンの隙間からは、雷光が時々入り込み音を放った。
「熱い…」
汗を拭う。
勝手に、どこか冷たい場所を求めてしまう。
下りて来るなり不安定な足取りで、玄関に向かった。
かなり酷い嵐だがきっと、自分を洗い流してくれるのではないか。
右手が、鍵とチェーンロックを解除しようとする。
そこへまた、あの笑顔が浮かんだ。
しかし次は、あっさり消えていくではないか。
「どこ……どこに居るの……どこに行くの……」
闇に溶けると共に寂寥が襲う。
震える手が未だチェーンロックを解除できず、焦燥感に駆られ乱暴になる。
そしてやっと、金具が音を立て解除されるや否や、消えゆく彼女を追って激しく、雨の中へ身を投げ出した。
空咳を零し、四つん這いに泣き崩れる。
またも事故の瞬間が再生され始める。
「ああもう止めてっ!」
頭を抱え立ち上がると、呼吸を乱したまま家の敷地外まで強引に駆けた。
熱から解放され、僅かな肌の癒しを豪雨は与えるが、まだ足りない。
暴風が時折吹く、嵐の真夜中。
段々、何から逃げ、何を追っているのか分からなくなる。
靴も履かずにただ、鉛の様なアスファルトを蹴り続ける。
厚い雨水の膜を張る道路に落ちる小石を踏んでも、痛みを感じない。
当ても無く走り続け、訪れたのは海沿いの山道。
脇に広がる漆黒の上で、細い稲妻が深夜の空を四方八方に破る。
後に雷鳴が轟いても、駆け続けた。
傾斜が徐々に疲労を呼び起こし、その影響で冷静さを取り戻し始める。
服は雨を吸い、肌に密着して重い。
海側に立つガードレール沿いでやっと立ち止まり、バランスを崩しては道に数歩出た。
(ああ……帰ろう……)
熱が冷め、自分の行動を疑ってはやっと、そう思えた時―
視界が、僅かにオレンジがかった白光に覆われた。
刹那、凄まじいスリップ音にブレーキ音が高鳴る。
更に物体同士の衝突音が轟く中、肉と骨が砕けそうな程の衝撃が重なると、全身を迸った。
体は数回地面を弾き、ガードレールに頭部から激しく衝突。
一帯が、砂嵐から闇と化す。
猛烈な激痛は意識を瞬時遠ざけ、生温い何かが、顔や体を伝った。
しばらく時間が経過してしまった後、暗い鉛の傾斜を伸ばした山道が、サイレンの音と共に赤々と染まる。
ガードレールには、前方が大破し歪んだ中型スポーツバイクが煙を上げていた。
その傍で意識喪失し、血を流すターシャを、救急隊員がタンカーに乗せる。
たまたま道を下って来た車両の運転手が通報を入れたのだ。
「ターシャ!ターシャしっかりしろ!」
両親は、自宅から娘が居なくなっている事に気付き、辺りを探し回っていた。
そんな中、騒がしいサイレンの音にまさかと思い、疑いながらも現場へ向かった。
そして、信じ難い光景が目に飛び込むなり、父親が必死に娘の名を叫ぶ。
しかし、彼女が目を開ける日は中々来なかった。
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




