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…
……
………
「ちょっと飛んでったらどうすんのよ!」
「渉ったら仕舞う!」
ターシャは仕事の資料を片手に、横断歩道に向かって走った。
カウントダウン表示は、半ばを通り越そうとしている。
「待って!私スニーカーじゃないんだから!」
普段穏やかな高い声を、アマンダは忙しなく放ちながら必死にターシャの後を追っていた。
花の装飾が細かく光るベージュのパンプスに、真っ白なロングスカートは、まるで人形を思わせる程だ。
横断歩道に入ると、前方から来る人との衝突を避けながら進む。
ターシャはふとアマンダを振り返ると、男性と肩をぶつけた。
それは激しく、手にしていた資料が瞬く間に道路に散らばった。
「うわ最悪!」
「もう言わんこっちゃない!」
慌ててしゃがみ、2人は必死になって資料を掻き集める。
しかし衝突した男性は、何も言わず立ち去った。
「何あいつ!1枚くらい拾ってよ!」
「もういいから!信号変わる!」
彼女は手にした束を持って立ち上がり、ターシャを急かす。
渡り切ると同時に自動車側の信号が変わった。
アマンダは、ギリギリの所でターシャに追い付いていた。
止まっていた車が動きだして間も無く、突風が吹いた。
それは、ターシャの手にあった1枚を、奪った。
「あっ!」
頭上に舞ったそれに手を伸ばすが、道路の方に飛んだ所を見て諦めた。
しかし、後方のアマンダが咄嗟に踵を返しその紙に、手を伸ばした。
大きく2歩引き返した所で、それを掴んだ―
「アマンダ!」
言い終えるまでに、目前から彼女が消えた。
巨大な衝突音と共に、声は掻き消された。
手前車線を走っていた大型トラックは、彼女を撥ねた。
車の流れは瞬時に落ち、周囲が騒ぎ始める。
救急車やパトカーを呼べと叫び声が飛び交う中、ターシャは何の認識もできないまま、人混みの中で棒立ちになった。
人々はぼやけ、擦れ、自分の横を煙の如く静かに擦り抜け、視界が螺旋の如く回る。
親友の笑顔が渦に消えてはまた戻る。
救急車の音が遠くから聞こえてきた。
目の前でそれが停まると、群衆に救急隊員が大きく割り込んでいく。
ターシャは無意識にそれを追いかけ、乱暴にそこを掻き分け、割り込んだ。
瞼を失った。
何処からともなく血を流し横たわる彼女の変わり果てた姿が、飛び込んだ。
「行こ……行こ、ほら…!」
駆け寄っては、彼女の赤く染まる肩に触れた。
だがその体は、全く動いてはくれない。
「君、少し離れるんだ!」
現れた複数の救急隊員に体を軽々引き離され、寄越された担架に彼女を持ち上げている。
「待って……」
再び近付こうとするその手は、周囲の人だかりにより遮られる。
「待って!あたしの友達なの!」
担架に飛び付こうとした所、警察が不意に止めた。
「行く所があんのよ!連れて行かないで!
アマンダ来て!」
そんな中、彼女の赤く染まる左手に目が行った。
飛ばされたデザインの原紙が、挟まっている。
「……何してんのっ……何してんのよっ…!」
担架は救急車の中へ吸い込まれていく。
「心肺停止状態だ!」
「知り合いなら来て!」
女性の救急隊員がターシャに気付き、呼びに来た。
しかし足が竦み、背筋が凍り付く。
「嫌……嫌…嫌嫌っ!」
(そんなところ行きたくない!)
膝から崩れ落ち、両腕を抑え縮こまった。
真っ白な彼女の頬と腕に伝う血が見えた。
その時、車内に風が吹き込んだ。
手にされていた用紙は軽やかに舞い、外へ飛び出したと同時にバックドアは閉められた。
呆気なくそれは、道路に落ちる。
血痕が滲む、皺が寄った原紙。
また吹き飛ばそうと、乾いた微風が音を立てた時、乱暴に掴んでは悲鳴の如く泣き叫んだ。
………
……
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MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




