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*完結* MECHANICAL CITY  作者: terra.
#00. Boot
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 元々肌寒いその部屋で、身は、一層芯から冷えていく。




突然起きた家族の別れに滂沱の涙は止まらず、遺族は、しんとした空間をただ只管に濡らし、悼んだ。







挿絵(By みてみん)







 その隣室はブラインドが下ろされ、薄暗い。




隙間から僅かに入る射光が、外が晴れ間である事を示す半ば、液晶の光と混じり、レンズがそれを反射させる。

忙しなく細やかに打たれるタイプ音は、どこか興奮する様を漂わせた。




エンターキーが叩かれると共に彼女は椅子を軋ませ、大きく立ち上がると白衣は揺れ、小さなヒールの音が部屋のドアに近付き、止まる。




銀のノブに手を掛けるとほぼ無音でそこは開き、そのまま隣室のドアの前まで来て立ち止まる。







 確認の為、聞き耳を立てようと、左こめかみから首筋をなぞる様に伸びる細い金髪を耳にかけ、一時、息を殺す。




「では10日後に。

当日の詳細はまた、ご連絡頂けると」




 僅かに聞きつけた男性医師の言葉に彼女は即刻踵を返し、廊下突き当りを右に曲がる。




挿絵(By みてみん)




正面の窓から射し込む陽光が、白の床に長い影を伸ばした。




ポケットからスマートフォンを取り出すと、顔認証で解除されたロック画面から留まらず滑らかにダイヤル画面が表示される。

横に連なるドットは順に、点滅を繰り返す。




「遺体データ送ったわ。葬儀は10日後。これからエンバーミングに入る」




少々低く湿り気のある声に、陽光が次第に顔にかかる。

眩しい中、ふと眼鏡を外すと左突き当たりの扉を開け、階段を登る。




挿絵(By みてみん)




「ええ3時間前に搬送されてきたわ。

交通事故。

激しい頭蓋骨骨折に脳損傷。即死ね」




電話口の相手に軽快に状況を話しながらステップを踏み、それと共にアップに結んでいた髪を颯爽と解くと、行き着いたドアを盛大に開けた。







 ビル風が真横から吹きつけ、靡く物を片っ端から靡かせ彼女を屋上の明るみに迎え入れる。




「仕方ないでしょう。

朝まで一緒だった子どもが急に遺体で現れたら、誰だって告別式は最遅で組むでしょうねぇ」




鉄柵に背を預け、雑に靡く髪を後方に大きく退かすと、紺のタイトスカートのポケットから煙草を取り出した。

肩で相手の声を聞きながら、細い吸い口に微かに光るグロスの唇が触れ、ターボを効かせたライターは瞬時、甘い香りを立たせる。



「いいじゃない。

この膨大な時間を使って綺麗に可愛く作ってあげれば。

遺族も嘸かし喜ぶでしょうよ」



肩に挟んだスマートフォンを手に持ち替えると、風に揺れるネームタグを乱暴に掴んで胸ポケットに仕舞う。



「まだ帰るに帰れないの。

当日はレアールとビルを寄越して。

そっちは後の2人で間に合うでしょ。

葬儀のスケジュールが分かったらまた連絡するわ」




 彼女はそう言って一方的に通話を切ると、鉄柵に両腕を預け、排気ガスで汚れた街の空気を仕方なく吸い、小さく吐いた。







高層ビルが並ぶその隙間に捻じ込まれた様に建つこの病院に、非常勤医師として勤め、余りの時間は本業に充てて生きている。

しかし、力を買われ常勤医師にならないかと誘いが来る様になり、拒否する面倒が続いていた。

成り済ます場所を替えようと考えていた最中、美味しい材料が搬送されてきたのだ。

以前は酷い肥満体の男で、見るからに脂っこく扱うのに億劫だった。

あんな人間をアンドロイドに替える価値がどこにある。

もう少し選べばいいものを。




 胸でブツブツ呟き思い返しながら、テンポ良く煙草を吸う。




しかし空気の悪い都会は好ましくないと、視線を建物に沿って左に向けた。




挿絵(By みてみん)




そこに広がる大海原はここでの唯一の目の保養だ。

漁船の出入りが小さく見て取れ、汽笛が時に身を震わせる。

更に遥か向こうに広がる水平線を見つめる。

その先にある本拠地が、ここに入り浸って半年も経過していないのに既に懐かしい。




心底歪んだルールの上で成り立つ組織。

しかしそこの空気は特別美味い。

ここみたく目障りに犇めく程の人気も建造物も無く、彼女にとってはそこが最高のリゾートであり、居場所だ。




 胸で別のスマートフォンが震えた。

煙を口から横に流したまま、しばらくその画面を気怠く眺めては、煙草を手に持ち再び身を翻す。




「どうもドクター」




内容は先程の遺体の死後防腐処理の依頼である。

手慣れている彼女はそれを容易く捌く。

それは至極当然、変換作業工程の初期処理だからだ。




「過去の患者のデータ処理を。

ええ、もう済みましたので向かいます」




先程の電話とは違い、彼女の声は僅かに高く、柔らかかった。

電話口の相手が通話を切るのを聞き届けてから、通話を切るといった動作の使い分けも行う。

その後、携帯灰皿にまだ残るそれを押し付け、手早く仕舞った。




来た道を今度は緩やかな足取りで戻り、重いドアは閉まる。







 帰りたい。

こちらの世界は居心地が悪く、落ち着かない。

当たり前だ。

何せ自分は、自分達は、ここでは普通ではない。

歪んだ思考だと、どこかでは分かっていても止められない。

何故なら、開発に犠牲なんて付き物だろう。




誰にも、邪魔はさせない。




させるものか。




















MECHANICAL CITY


本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。

また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。




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― 新着の感想 ―
[一言] 一気に雰囲気が変わりましたね。 SFの映画のワンシーン、始まりみたいで良いですよ。 死体を……化する事も気になるし。ファンタジー要素も組み込むのなら、どんな風にするのかも楽しみ
[良い点] まるで幻覚夢のように始まる画像と文章の始まりが、世界に一気に引き込んでくれる。 [気になる点] 彼女のターボライターには、香水でも垂らしているのだろうか…。 ライターの香りまで拘る女はきっ…
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