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ここは広大な海が見える丘。
家から少し坂道を上り、汗が滲んでいる。
足元にそよぐ芝生に音を立て、言われた場所までゆっくりと進んでいく。
点々と並ぶ墓石からは、花弁が時に舞った。
重たい色に変色する墓石に、ふと目が止まる。
随分と長く、この地で眠っているのだろうか。
突如、先程まで無かった動悸がした。
ターシャの足は止まり、正面を凝視する。
そこには、海の方を向いて静かに佇む綺麗な墓石があった。
傍には元々植えられていた木が枝を広げ、木漏れ日が揺れている。
「あ……」
不意に零れた声はそのまま、薄く、細い涙に変わった。
足は勝手に、駆けた。
アマンダ・マクレーン。
そう彫られた真新しい墓石が、陽光を浴びながら海を眺めていた。
涙は次々溢れ、心は張り裂けそうになる。
記憶を疾走し始め慌てる胸を、しゃがんで只管擦って落ち着かせていく。
早い流れに乗って運ばれる雲は厚く、先程までの木漏れ日が徐々に消されては、殺風景で冷たい空気でこの場を覆う。
その冷えた潮風に身震いし、重い腰を上げ、海を振り返る。
遥か遠くまで広がるそれを見ては、途方もない孤独感が襲った。
やはり、1人で来たのは間違いだったのか。
心は再び、鉛に変わりつつあった。
怠く、重く、背や腹に何かが圧し掛かる。
閉じた眼を震わせ、そっと、彼女を振り返った。
じわじわと自然に伸びる手は、墓石に触れる。
また、風は雲を拭い木漏れ日を生み出した。
それを受ける場所と、そうでない場所との温度が、見えない斑を作った。
「………待たせたね…」
冷たい潮風は互いの間を擦り抜け、手にしていた花束が僅かに散った。
ターシャはそれをそっと彼女の前に置くと、震える手を組み合わせては、長く、長く、祈りを捧げ続けた。
帰りは来た道とは別の、海沿いの山道を下っていた。
途中で通過してきた家々では、天候を気にして洗濯物を取り込む主婦が目立った。
だが、呆然と彼等が目に映るだけで、意識は他所にあった。
葬儀当日、今よりも酷い精神状態だった。
友人が連絡をくれていた事も、アマンダの両親が訪問してくれた事も分かっていながら、全てを閉ざしていた。
あの場所で、彼女を愛する人達が集まり、その事実と向き合い別れを告げていたのだろう。
遺灰はどこに撒かれたのだろう。
何故這ってでも参列しなかったのだろう。
ターシャは、酷く後悔し始めた。
重く溜息をつくと、視界を切り替えようと海の方を振り返る。
朝の天気は嘘の様で、視線の先に見える灰色の厚い雲を見る限り、これから雨が降りそうだ。
夜中。
天気は、家そのものを反映している様だった。
ソファで顔色を悪くした娘に、母親は寄り添っていた。
その光景を、父親が静かに見守っている。
1人で行かせた事を後悔しており、小さく溜め息が零れた。
「あんたに一番会いたかった筈だから…喜んでるわよ…」
そんな優しい声にも反応できないまま、包まれても温もらない手を微かに震わせ、窓の外に顔を向けている。
「横になんなさい。もう11時よ」
彼女の背中に触れると母親は立ち上がり、点けたままの台所の電気を消した。
リビングに点々と配置されたスタンドライトのオレンジの空間で、今度は父親が隣に座った。
顔を窓に向け、固まったまま、動かない。
その後頭部を優しく撫でると、鼻を啜る音だけが僅かに立った。
「行こうターシャ。ここにずっと居ても仕方無いだろ?」
やっと、こちらを振り返ったその目は、濡れていた。それを指で丁寧に父親が拭うと、額にキスをしてそっと彼女を立たせる。
「母さんの言う通り、彼女は喜んでるさ。
偉かった。だからもう、それ以上責めるな」
肩を引き寄せ、手を握るとゆっくり娘を立ち上がらせる。
辿々しい足取りでやっとベッドまで来ると、毛布は優しく身を包んだ。
「父さん……」
目を合わせ、続きを静かに待ち構えるその顔は、今朝とは違って寂寥を必死に隠そうとしている。
「……ありがとう…」
だから週末に、と言われる事も無く、受け入れてくれた事が素直に嬉しかった。
大きな手がまた頭を撫でると、頬にキスをされ、寝る前の言葉が交わされる。
父親はドアまで来ると再び振り返り、笑いかけた。
部屋の照明が落ちると、そこにはただ、窓を引っ切り無しに叩く雨音だけが響いた。
………
……
…
MECHANICAL CITY
本作連載終了(完結)後、本コーナーにて作者後書きをします。
また、SNSにて次回連載作品の発表を致します。